2-9.ごめんね
眞中くんと、同伴の教員に連れられて、私はタクシーでホテルまで戻った。
私の様子があまりに悲惨だったからか、二人は私に何も聞かなかった。突然いなくなった理由も、うずくまっていた理由も。
眞中くんはあれからずっと私の手を握ってくれている。ただ側にいて、そうするのが当たり前のように、ぎゅっと。
思えば、先生以外の人と手を繋ぐなんて…振りほどこうと思わないなんて、眞中くんが初めてだ。
求めていた手とは違うはずなのに、一体どうして?
「…紗妃!」
ホテルに到着すると、玄関で佳穂が私を出迎えてくれた。
私の姿を見つけるなり駆け寄ってきた親友の瞳には、大粒の涙が滲んでいる。
「もう、…バカ!どこ彷徨ってたのよ!もう、もう、心配したんだからね!!」
震える声、赤く腫れている目から察するに、だいぶ泣いたのかもしれない。
「佳穂、私…」
「どれだけ心配したと思ってんのよ!」
「…ごめん。ごめんね。本当に、ごめんなさい…」
佳穂がこんな風に感情をむき出しにすることは滅多にないから、謝罪の言葉しか出てこない。
「ゴメンですんだらケ〇タッキーはいらないのよ!…いるけどっ!!」
本気で怒っているはずなのに、いつもの佳穂の口調が少し顔を覗かせてほっと安心した。
「うん」と泣きながら笑って、私達は抱き締めあう。
「…無事でよかった…っ」
その言葉が多分何よりの本音なのだと思う。それが伝わってきたから、胸が苦しくなった。
「原田」
しばらく私達を見守ってた眞中くんが私の名前を呼んだ。
顔をあげて振り返ると、視線でホテルのロビーを示している。
促された方を見やると、そこには教頭先生と君川先生がいて、私は佳穂から離れるとゆっくり二人のもとへ向かった。
ロビーに足を踏み入れると、そこは暖房が効いて温かくて、雨に濡れた私の体をさらに冷たく感じさせた。
教頭先生が渋い顔をして私に近づいてくる。でもそれよりも、私の視線はその隣の人に釘付けになっていた。
君川先生。今日の昼間、先生の隣に座っていた人。先生に抱きついていた人。そして、きっと先生のことが好きな人…。
「原田。自分が何をしたかは分かっているな?」
教頭先生の低い声に、私は頷く。それから深く頭をさげた。
「…ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「せっかくの修学旅行だが、見逃すわけにはいかん。反省文を書いて、明日中に提出。明日はコースからも外れて謹慎だ。一日中ホテルで、レポートを書いていろ。部屋は別室を用意する」
「そんな!教頭先生!」
「いいの、佳穂」
私への処分に佳穂が意見を言おうとしたけど、それを視線で制した。
これだけ周囲を振り回したのだ、処分があるのは当然のこと。最悪停学も覚悟していたぐらいなので、むしろその程度で済ませてもらって申し訳ないくらいだ。
「分かりました。ありがとうございます」
頷き、感謝を込めて教頭先生にもう一度頭を下げた。
それを見て、タイミングを見計らったように君川先生が教頭先生に声をかけた。
「先生、とりあえず体を温めないと。このままだと風邪をひいてしまいます」
「…原田。行きなさい」
教頭先生が促すと、君川先生は私に歩み寄り、気遣いげに微笑んだ。
「とりあえず無事に帰ってきてよかったわ。怪我はない?」
――パシン!
彼女の細い手が肩に触れた瞬間、私は強く振り払った。
君川先生を強く睨みつける私に、君川先生自身はもちろん、佳穂も教頭先生も驚きを隠せないけど、構わなかった。
優しくなんか、されたくない。
何より大事な私の居場所を奪おうとしているあなたにだけは。
先生は私のもの、なのに。
「原田、お前はせっかく君川先生が…」
「いいんです、先生」
私を咎めようとした教頭先生を、君川先生が首を横に振って止めた。
「きっと疲れてるんです。大崎さん、浴場まで連れて行ってくれる?」
君川先生の言葉に頷いた佳穂が、私の背中に手を当てて促す。歩き出す直前、私は眞中くんを振り返った。まだまともにお礼も伝えられていなかったから。
「…ありがとう」
短いながらも一言告げたら、眞中くんはふっと笑って。
私に手を挙げると「ゆっくり休んで」と優しく頷いてくれた。
***
時刻は夜8時半を過ぎたところだった。
お風呂から上がったら夕食が用意されていて、一般客もいる2階のレストランでご飯を食べた。
その間ずっと側には佳穂がいてくれた。何があったのか知りたがったけれど、頑なに口を閉ざす私を見ると、無理に聞き出そうとはしなかった。
その代わり、私がいなくなってからのことを色々教えてくれた。
私がいなくなったことに気付いた後、しばらく千沙と志保と辺りを探しまわったこと。
途中で眞中くんたちの班に会って、さらに出会った違う班の生徒たちも、皆で私を探してくれたこと。
一度ホテルに全員集められたけど、教頭先生に交渉して捜索に参加させてもらったこと。
そして私が見つかったって眞中くんから連絡がきて、皆で泣いて喜んだこと…。
その姿を想像するだけ申し訳なくて、思わず涙がこぼれた。
周囲の温かさが胸に沁みて、感謝と謝罪以外の言葉が見つからない。
散々迷惑をかけて、泣ける立場じゃないのは分かっているけれど…。
食事後、教頭先生の指示で1階のロビーに向かうことになった。
一通り落ちついたので、本格的に指導されるのだろう。
叱られると分かっているからか、レストランを出ると途端に憂鬱な気分になった。
でもそれを佳穂には気付かれたくなくて、努めて平気なふりをして廊下を歩く。
途中、宿泊フロアに向かう佳穂とエレベーターの前で別れるつもりだったのだけれど、佳穂はそれを拒んだ。
上の階にある部屋ではなく、私と一緒に1階へ降りると言い出したのだ。
「私も一緒に行く」
「でも、呼ばれてるのは私だけでしょう?佳穂まで怒られる必要ない」
「本当は、皆で紗妃を出迎えるつもりだったの。でも私達は部屋に戻ってるように先生たちに言われて。けどどうしてもって粘ったら、一人だけならって先生が許可してくれたの。だから私だけあそこで待ってたのよ。それなのにのこのこと部屋に帰ったら、私、皆に顔向けできない」
「佳穂…」
佳穂の言葉に胸がぎゅっと締め付けられた。それに続いて、止まったはずの涙が溢れてくる。
嬉しかった。勝手にいなくなった私に怒っても不思議じゃないのに。
私と同じ班という理由だけで、佳穂も千沙も志保も、きっと叱責を受けたはずだ。他の皆だって、観光を早めに切り上げることになって残念に思っただろう。
それなのに、こうやって私に優しい。だけど…だからこそ。
私は甘えずに一人で行かなくちゃいけないと思う。皆のその想いを、何より大事にしたいから。
「ありがとう。でも私は一人で大丈夫だから。部屋に帰って。明日もあるんだし、もう寝ないと」
「だから私は…!」
「うん、分かってる。でもね、ほら。怒られるところ見られたくないよ」
それはある意味本音だった。
一緒に行けば、佳穂はきっと教頭先生の叱責から私を庇ってくれるだろう。
そしたらまた私は佳穂に申し訳なくなって、自分が惨めになってしまう。
だから、一人で行かせて欲しい。
「でも…」
戸惑う佳穂に、大丈夫だから、となんとか微笑んだ。
泣き笑いの私を見て、佳穂の瞳に涙が滲む。
――ああ、ごめんね。
いつも笑顔が似合う佳穂にそんな顔させるなんて。こんな私、本当に親友失格だよ。
「ありがとう、佳穂。千沙と志保に、皆にも、お礼を言っておいて。それから、ごめんなさいとも」
「紗妃…」
「私がこのコースに佳穂を誘ったのに。明日が最後なのに、一緒に回れなくてごめんね」
言葉は最後、詰まって震えた。親友の顔がくしゃりと歪んで見えるのは、佳穂が涙を堪えているからなのか、それとも私が泣いてるせいなのか。
「じゃあね。おやすみ。あとで連絡するね」
「…紗妃!」
最後、強引に佳穂を振り切ると、私はエレベーターに乗り込んでドアを閉めた。




