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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
第二章

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2-5.束の間の恋人タイム

「二人で何をしている?他のメンバーはどうした?」


橋本先生がにやにや笑いながら歩み寄ってくる。

先生も複雑な表情を浮かべながら歩み寄り、私たちの前で足を止めた。


「あ、私たち…」


先生を視界に捉えた瞬間から、私は動揺を上手く隠しきれない。

――ひょっとして、今の告白聞かれていた?


「なんだお前達、まさかできてるのか?うるさく言うつもりはないが、場所をわきまえろ場所を。ねぇ、高上先生?」

「あ…え、えぇ…」


橋本先生が笑いながら先生を見上げると、先生は慌てて相槌をうった。

疑惑の視線が胸に突き刺さる。胸が苦しくなって、私ははじかれたように訴えた。


「ち、違います!皆、今ジェットコースターに乗ってて、私絶叫系苦手だから残ったんです。でも私一人じゃ心配だからって眞中くんが付き添ってくれて…本当に、ただそれだけです!」


もっと冷静で適切な言い訳は他にもあったかもしれない。

だけど眞中くんや橋本先生の存在に構っていられない程、私は必死だった。

どうしても先生には誤解して欲しくなかった。

決して故意で二人きりになったわけじゃない、私が好きなのは先生だけで、一度だって揺らいだことはない。そのことだけは信じて欲しかった。


「…そっか。分かった」


先生が優しく微笑み、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

その手はいつもどおり温かかったから、安堵で視界が緩んだ。


「ということらしいですよ、橋本先生」


先生が茶化すように橋本先生を振り返ったその時、背後から甲高い声が聞こえた。


「――紗妃!?」

声のした方を向くと、ジェットコースターの出口から佳穂たちが出てきたところだった。


「どうしたの!?何かあったの!?」

先生たちがいるのを見て慌てて駆け寄ってきてくれた佳穂。

佳穂の声を聞いた瞬間になんだかやけに安心してしまって、私は小さく息をついた。


「お、皆戻ってきたな。1、2、…」

他の生徒達が戻ってきたのを認めて、先生はいつもの教師顔で人数を数え始める。


「よし、全員いるな。集合時間までには必ず戻るように。では橋本先生、見回り続けましょうか」

「そうですね」


そうして先生は、「じゃ、残り時間せいぜい楽しめよ」といつもの調子で言い残すと、私達に背を向けて行ってしまった。


「…紗妃?」

固まったままの私に、佳穂が躊躇いがちに声をかける。

私はそれに何も答えず、離れていく大きな背中を暫く眺めていた。

できることなら、あの背中に今すぐ駆け寄ってぎゅっと抱き締めたい。

この瞬間、何も隠さず、心のままにただ素直に好きと叫べたらどんなに楽だろう――そんなことを、一人思った。



***



その日の夜、私は手元の携帯を眺めながら思わず微笑んでいた。

携帯の画面には先生からのメッセージ。もちろん業務的でなく、プライベートなものだ。

最初に連絡したのは私。今日の昼のことについて弁明したのが始まりだった。

『大丈夫。信じてるから』って返ってきたメッセージが嬉しかった。でもそれだけで終わらせるのがもったいなくて、結局それからやりとりが続いている。


先生はついさっき、職員会議が終わって自分の部屋に戻ってきたところらしい。

点呼の時間まで何して時間つぶそうか考えてる、と返事が届いたとき、背後から千沙と声がした。


「売店に行く人~?」

「はいはーい!紗妃はどうする?限定販売のお土産あるらしいよ」


佳穂に呼ばれて振り向いた私は、首を横に振って答えた。

限定品も魅力的だけど、私には先生とのメッセージの方が今はもっともっと魅力的だ。


「ごめん。私はいいや。今ちょっと、手が放せなくて」

そう言うと、皆がとたんに顔を合わせて。それから心得たように笑った。

「なによー、さっきから携帯ばっかり眺めてると思ったら!」

「彼氏?」

「……うん」

「きゃーっ、マジで!?」

「いいなー、私も彼氏欲しい~」

思わず顔が赤くなる。それを見て、もっと「羨ましいー!」と声があがった。

でも全部事情を知っている佳穂だけは、「しょーがないわね」とため息をついた。


「じゃあ皆行こうか」

「だね。紗妃お幸せに~」

皆を笑顔で見送っていると、その時千沙が「ああーーっ!」と急に声を上げて立ち止まった。


「やっば、担任に日誌持って行くの忘れてた!」


千沙が慌てて鞄の中から取り出したものは修学旅行の日誌。

それは修学旅行の間、所感を書いて毎日担任に提出することが義務付けられているものだった。


「なによ、千沙。バスの中で提出しなかったの?」

志保が千沙を呆れたようにため息をつく。

「うん、その時まだ書きあがってなかったから…」

「もう行かないと、売店しまっちゃうよ」

「でも買い物してたら出す時間なくなっちゃうかも。20時半には点呼でしょ?」

「ああ、しょーがない…買い物は諦めるかぁ…」


千沙が盛大に肩を落とした時、ある妙案が浮かんだ。

誰にとってもきっとラッキーに違いないそのアイディアを、私は弾む気持ちで口にした。


「あ、じゃあ私、持って行こうか?」

「え!?」

「私が提出してくるから、買い物行ってきて」

「え、でも紗妃…いいの?」

「うん、大丈夫、大丈夫」

「……ほんとにほんとにいいの?」

「もちろん。ほら、行きながらでも連絡はできるし」

そう言ったら、戸惑っていた千沙の表情が瞬く間に笑顔に変わった。

「じゃあ、お言葉に甘えて頼んでもいい?明日、自由行動でお昼ごはん、奢ってあげるね!」

千沙は「紗妃サンキュ~!マジ大好きっ」と笑うと、私に日誌を託して皆と一緒に部屋を出て行った。

皆を送り出した私は、先生に連絡すべく携帯を開く。


――『今から先生の部屋に行っていいですか?千沙が出し忘れた日誌、私が代わりに出しに行きます』


そう送ったら、すぐに先生からメールが返ってきた。


――『待ってる』


その返信を確認すると私は預かった日誌を抱き締め、足早に部屋を出た。



***



先生たちは、生徒たちが宿泊する二つ上のフロアに、一人一部屋ずつ与えられている。

エレベーターを降り、長い廊下を歩きながら、私は目的の部屋を目指した。

途中、他の先生や生徒とすれ違ったけど、日誌を手に持っていたおかげで別段怪しまれる事はなかった。

そうして辿り着いた先生の部屋の前。私はひとつ深呼吸をして、ドアをノックした。

「――原田です」

名前を告げると、すぐにドアが開いた。

「どうぞ」と促されて、「失礼します」と一礼し、中に入る。

先生の部屋は一人で使うには十分なくらい広くて、思わず素の私が呟く。


「…個室なんてズルイ」


そう口を尖らせたら、先生が「俺は仕事だからな」と笑った。

先生は冷蔵庫から自分のお茶、それから缶ジュースを取り出し、私に渡してくれた。


「千沙の日誌、机に置いておきますね。あの、本当は千沙、自分で持ってくるって言ってたんです。でも私が持っていくって言ったので…だから、千沙を怒らないでください」


日誌は原則として、本人が持ってくることになっている。

皆それを守っているわけではないけれど、念のためのお願いだった。


「ん、分かった」

頷き自分のお茶に手を伸ばした先生の手に、私は思い切って自分の手を重ねた。

そしてちらりと先生を見上げ、少し甘えた声で言った。


「だって…先生に会いたかったから」


顔がみるみる赤くなるのが自分でも分かった。だから隠すようにして先生の胸に頬を寄せる。

そんな私の後頭部を抱くようにして、先生の大きな手が私の髪を撫でた。


「俺も会いたかったよ」


そのままぎゅっと強く抱きしめられた。

ただそれだけでそれだけで嬉しくて幸せで、勝手な期待があっという間に膨らんでいく。


…キスとか、してくれないのかな…。


だけどそんな言葉を口にする勇気はなく、できるのはちらちらと先生を見上げて視線で訴えることだけ。

するとようやくそれに気付いた先生がにやりと笑った。


「…なに?」


分かっているくせに、先生が首を傾げる。

その先を言うのはとても恥ずかしくて、思わず俯いた。

すると先生が意地悪に笑って。


「ひょっとして、キスして欲しいの?」


違う、なんて言えるわけもない。

でもしてほしいとも口に出せないから、ぎゅっと先生に抱きつく力を強めた。


「…紗妃、顔あげて?」


その表情とその声音はズルイ。私が抵抗できないって分かっててやってる確信犯。

私の髪を撫でるその手つきは焦らすようで、募る想いが爆発しそうになる。

私は先生を見上げて、服の裾を掴んでねだった。


「…キス、して…」


ようやく絞り出せた声は、蚊の鳴くような掠れ声。だけど先生は満足気に笑った。


「よくできました」


得意気に笑った先生は私の額に軽く口付けると、次に私の唇に深いキスをくれた。



***



一応、修学旅行の真っ只中だし、先生の部屋に長居はできない。

とても名残惜しくはあるけれど、甘く口づけを交わした後、私は早々に部屋を出ていくことにした。


「じゃあ私、これで」

「うん」


扉の前で見送る先生を見上げて、記憶に焼き付けるようにぎゅっと一度抱きついた。

家じゃ毎日のように抱き締めていたのに、今はこの瞬間がひどく貴重な時間に思える。

取り留めのない未練を何とか断ち切ると、私は先生から離れた。

だけどドアノブに手をかけたその瞬間、突然背後から手が伸びてきて…。


「――!」


それは状況を確認する間もないくらい、一瞬の出来事。

次に気付いた時には、後ろから先生に抱き締められていた。


「好きだよ」


突然甘い声で耳元に囁かれて、鳥肌が立つ。

頭の奥がジンと痺れるような幸福が、体中に巡ってゆく。


…ああ、もうどうして。

せっかく未練を断ち切ろうとしたのに。これじゃ離れられなくなるじゃない。

でも、その情熱が何より嬉しい。


私は振り返って先生と向き合った。

見つめる先生の瞳はどこか切なくて、それがひどく私を惹き付ける。

だってその瞳が向けられるのは私だけ、そう信じているから。


「私も、先生が好きです」


背伸びをして自分から先生の唇にキスをひとつ残す。

最後先生が優しく笑って髪を撫でてくれたのを最後に、私は今度こそ先生から離れてドアを開けた。


先生の部屋を出た後も残る甘い余韻。

修学旅行の最中だっていうのに、先生の愛の言葉を聞けたのが嬉しくて。

にやけそうになるのを必死で堪えながら、なんとか平常心を取り戻してみる。

だけどそれも、廊下の向こうから近づいてくる人影に気付いた瞬間に、まるで冷水を浴びせられたかのように消え去ってしまった。


「…!眞中くん」


昼間のやりとりを思い出して、胸がざわつく。

一体なぜこんなところに?まさか今の…見てた?


「――担任の部屋で、何してたの?」


問いただすその瞳は怖いくらいに真剣で、だけど歪んでいるようにも見えて。

思わず、ごくりと息を呑んだ。


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