2-4.彼の告白
図らずしも先生と密会する形になった夜、私達は改めてお互いの気持ちを確認し合った。
東京に帰るまでの残り4日間は、話せない分、メールでたくさん話そうと約束した。
修学旅行2日目の今日は遊園地。
いくつかアトラクションを回った後、ジェットコースターのところへやって来ると、眞中くんの班と遭遇した。
どうやら彼らもこれから乗るところだったようで、自然な流れで一緒に乗ることになったのだけれど…。
「じゃあ私はここで待ってるから」
入場口の手前、ゲートをくぐる皆に向かって私は言った。
実を言うと、絶叫マシーン系はどうも苦手なのだ。
乗ると変に酔ってしまって、却って皆に迷惑をかけてしまうかもしれない。
だからお留守番を申し出たのだけれど、そんな私に気を遣ってか、佳穂が私と一緒に残ると言いだした。
私はそんな佳穂に「大丈夫だから」と言い張る。
「佳穂、行ってきて」
「でも…」
佳穂が困ったように眉をひそめる。けど佳穂はこういう絶叫系が大好きだってこと、私は知ってる。
以前、デートで絶叫系に乗りつくして彼氏を酔わせたって苦笑してたくらいだ、今回も乗りたいはず。
「本当に大丈夫だから。楽しみにしてたんでしょ?私のために諦めるようなことしないで。そんなの、私が悲しい」
「でも、紗妃…」
佳穂が困ったように私を見る。千沙と志保も心配そうに声をかけてくれた。
「紗妃、ほんとに一人で大丈夫?」
「私一緒にいようか?」
皆が私を気遣ってくれる。その気持ちだけで嬉しいし、十分だと思う。
「本当に大丈夫。ここで皆が戻ってくるの待ってるから。ね、楽しんできて。もう順番だよ?」
佳穂達の背中を押して私は手を振る。するとついに佳穂が観念した。
「…じゃあ、行ってくるね?」
「紗妃、待っててね!」
「うん。ありがとう。私の分まで楽しんできてね」
「変な奴についていくんじゃないよ?」
「分かってる!」
本当に心配性の佳穂、でもそれが嬉しいよ。
「道端に落ちてるの、食べちゃダメだよ?」
「……私を小さい子どもだって思ってる?」
呆れた私に、うそうそ、と佳穂が笑った。
「おい、もう入るぞー」
男子が呼ぶ声がして、佳穂が頷く。
「じゃあ、…行ってくるね」
「うん。ここから見てる。いってらっしゃい」
手を振って皆を見送ると、スタッフがゲートを閉めるべく手をかけた。するとその時、それまでゲートの向こうで私たちを見守っていた眞中くんが、突然列から飛び出して…。
「俺、やっぱ残るわ」
「え…っ!?」
「行こう、原田」
眞中くんはどこか弾んだ声でそう言うと、私の背中を促すようにして足早に歩きだす。
思いがけないその行動に、私はもちろん、ゲートの向こうにいる皆も驚きを隠せない。
「ちょ、眞中くん!?」
「きゃーっ、これってどういう展開!?」
「眞中、お前最初から狙ってたな!?」
振り返ると、みんなは興奮気味に、どこか期待した表情で私たちを見送っていた。
ただ一人、大きく顔をしかめて言葉を失う佳穂を除いては。
***
眞中くんに連れられたのは、ジェットコースター出口のすぐ近くにある休憩所だった。
いくつもの丸いテーブルとチェアが並んでいるここで、みんなが出てくるのを待つつもりらしい。
眞中くんはそのうちの一席に座るよう私を促すと、私と向き合うようにして正面に座った。
「眞中くん、一体どうして…!」
「だって、一人じゃ心配だし」
「でもここに来れるのは今日だけなんだから…!」
「どうでもいい。そんなことより原田と二人になりたかった」
「…え?」
意味を理解しかねて瞬いた私に眞中くんは笑う。
それから、今頃皆が乗っているはずのジェットコースターを見上げた。
「いつも原田って大崎に完全にガードされてるからなかなか話せないじゃん?だから絶好のチャンスだと思って」
「ガードされてるって…そんな。ただ、佳穂とは仲がいいから」
「うん、そうなんだろうけど。でもこうやって二人になれることってないだろ。部活ではいつも部員たちが周りにいるし」
「急にどうして…もしかして、私に何か相談したいことがあるの…?」
そう訊ねたら、眞中くんは一瞬目を見張り、そして苦笑した。
「原田って、思ったより鈍いんだな」
「え…?」
きょとんとすると、なんでもない、と言いながら一層苦笑が深くなる。
「あのさ、訊きたいことがあるんだけど…原田って、彼氏いる?」
「眞中くん?」
あまりに唐突な質問。
その意図が読めなくて、何と答えるべきか迷った。
でも正直に「いる」と答えてしまったら、何かしらの追求をされるかもしれない。そう考えると、頷くことはできなくて。
「いない…けど」
嘘をついたことに胸がチクりと痛む。
それに気付かれたくなくて視線を足元に落としたけれど…その仕草こそ、彼にとっては一つの答えに映ったのかもしれない。
眞中くんはゆっくり、ひどく真剣な瞳で続けた。
「なら好きな奴はいる?」
「えっと…」
「ひょっとしてさ、それ担任のことだったりする?」
「…――!」
心臓が一瞬にして大きく跳ねあがったのは言うまでもない。
なぜそのことを知っているの。いや、ただの当てずっぽう?
でも彼はそんな意味のない冗談を軽く言う人じゃない。
実際、その瞳は怖いくらいまっすぐで、明らかに私の様子を探っている。
ということは、確信を持っているわけではないのだろう。
いずれにせよ…認めるわけにはいかない。何とか誤魔化さなければ。
「そんなこと、ないよ?」
できるだけ平然と答えたつもりだったけど、声が少し震えてしまった。
どうかそのことに彼が気付いていませんようにと願いながら、私はなんとか笑顔を浮かべながら言った。
「眞中くん、おかしいよ?なんでそんなこと言うの?」
「…なんとなく、そう思ったから」
彼の表情がわずかに揺れる。やはり明確な理由があるわけではないらしい。
そのことに内心安堵して、心の余裕が幾分増した。
「先生のことは、人としては好きだし尊敬もしてるけど、そんな風に思ったことはないよ」
「でもさ」
「…?」
「部活の時とか、原田ってよく担任の近くにいるし。学校帰りも、担任の車に乗って帰ってるだろ?俺、見たんだ」
「――!」
ドクリと心臓が脈打ち、凍りかけた。
彼の言葉に心当たりがあったからだ。
最近、日が短くなってきたから、部活が終わったら学校近くのドラッグストアの駐車場で待ち合わせ、先生の車で帰ることが多くなっていた。
それでも乗り降りするときは周囲に学校関連の人がいないか確認しているし、助手席にだって座らない。そうやってなるべく他人の目につかないよう警戒しているつもりだったけれど、私が気付いていないだけで見られていたのかもしれない。
だとしたら、それはいつ?そのとき、私と先生は何をしていた?
怪しまれるようなことは――例えば手を繋いだりとかキスしたりとか――していないはずだから大丈夫だと思うけれど、油断できない。
「…ああ、そのこと?それはね、違うの。夜は遅いし危ないからって、先生が家まで送ってくれるの。私、少し遠いところに住んでるから」
誰かにもし見られた時のために用意していた言い訳を、震える手を隠しながら必死に繋いだ。笑顔さえ浮かべて、余裕を纏って。
だけどそんな私を彼は疑惑の表情で見つめている。
「…そっか。なるほど」
やがて彼はそう頷いたけれど、その瞳は到底納得していないことは私にも分かった。
探り合うように絡みあう視線の裏では、今も嘘と追求の攻防戦が続いている。
「よかった。じゃああの噂も気にする必要ないか」
「噂?」
「うん。担任と君川先生の噂」
今度こそ、私は動揺を隠しきれなかった。
思わず表情が強張り、ごくりと喉が鳴る。
君川先生というのは、このコースにも同伴している保健医の先生だ。若くて綺麗で優しいと評判の先生で、特に男子から人気が高い。
そんな君川先生と先生の噂ってなんだろう?大抵の噂話は佳穂を通じて私も知ることが多いけれど、その二人の噂は初耳だ。
ということは最近ささやかれ始めた噂なのだろうか。あるいは眞中くんの嘘…とか?
下手に反応してはいけない。慎重に、冷静に…きちんと見極めて。
「へえ、そうなんだ。それってどういう噂なの?」
「なんで知りたいの?」
挑発するような言い方だった。それはまるで、そう、私を試すかのように。
彼は疑っている。だから私の嘘を壊すきっかけを探っている。
でもそんなのに引っかかるほど、愚かじゃない。
「別に…なんとなく」
「"なんとなく"?他の女子たちが騒ぐ噂話も大体相槌打ってるだけで深追いしないのに、今回は"なんとなく"気になるんだ?」
「――何が言いたいの?」
ついに堪えきれなくなって、私は静かに牙をむいた。
どうしてそうやって遠まわしに嘘を暴こうとするのだろう。そんなの、卑怯だよ。
「…ごめん。ちょっと意地が悪すぎたな」
怒りを滲ませた私の視線に気付いて、彼が気まずそうに頭をかいた。
どうやら私を怒らせてまで探るつもりはないらしい。
そうして、まるでお詫びとでも言うように、その噂の内容を教えてくれた。
「…なんでも、同じ大学出身で前から知り合いだったって。学校でもやけに仲良く話したり一緒に歩いたりしてるって目撃情報がちらほら。馬鹿正直にそれを君川先生に探りいれた奴が言うには、笑って誤魔化しただけで否定しなかったって。でもその後担任に訊いたら、そっちはきっぱり否定したらしいけど」
途中まで胸をえぐられるような思いがしたけれど、最後の言葉に救われた。
どんな噂であっても、私は先生の言葉を信じているから大丈夫。
先生が否定した、そのことが私にとっては何より真実。
「そう、なんだ…。教えてくれてありがとう」
彼を見上げてそう言ったら、眞中くんが何故かひどく複雑な表情を浮かべた。
そしてその後どこか諦めたように苦笑すると、「あーあ」と呆れたように空を見上げる。
「原田は、やっぱり鈍いよ」
「え?」
「こんなに鈍いんじゃ遠回りしたところで意味ないか。それなら、もう言っちゃおっかな。いい加減限界かも、俺」
「眞中くん?」
「俺さ、原田のこと好きなんだよね」
「……え?」
何の前触れもない、あまりに突然すぎる告白。
それも、気をつけていなければ簡単に聞き逃してしまいそうなくらい、あっさりな。
「だから、俺と付き合ってほしい」
そう言って彼がまっすぐに向けてきたのは嘘偽りのない熱情だった。
緊張を帯びた視線で私を見つめ、その反応を窺うように待っている。
でも私はただただ、彼を戸惑い見つめ返すことしかできない。
「眞中くん、私…」
何か言わなければ、と分かっているのに言葉が続かない。
ああ、人間って驚いた時は頭が真っ白になってしまうものなんだ。
だけど答えは決まっている。その想いに応えることは決してできない。
だって私には誰より愛しい男性がいる。
「私は…」
彼の想いはあまりに真剣で、受け止めることも流すこともできない。
でも、その願いに応えられなくとも、できれば傷つけたくない。
なんて返答したらいいのか分からずに硬直していると――少し離れたところから、太い声が聞こえた。
「おい、お前達、二人で何やってるんだ?」
それはよく聞き慣れた男性の声だった。
私達の視線は同時に声の方へ向く。その視線の先には思ったとおり橋本先生がいた。
でもそれだけじゃない。にやけ顔の橋本先生の隣にいたのは。
「高上先生…」
先生と私の視線が、気まずくぶつかった。




