2-1.葛藤
1部から数か月後、修学旅行編の始まりです。
「全員乗ったな?」
「準備オッケーだよ、せんせー!」
先生の確認に答えて、後ろの席から明るい声が聞こえてきた。
先生はもう一度人数を数えると、バスの運転席を振り返り、出発許可を告げた。
今日から私たち2年生は、学校生活最大のイベントとも言える修学旅行に出かける。
うちの学校の修学旅行先は自分で選択できることになっていて、今年の国内は九州か北海道のいずれか。
そして私が九州を選んだ理由…それは他でもない先生が九州コースの担当だから。
単純と笑われるかもしれない。
だけど、4泊5日の修学旅行を先生と離れて過ごすなんて耐えられないと思った。
もちろん、先生とプライベートの会話を交わすことはできない。だけど少なくとも毎日会うことは出来る。
「えーっと、羽田から福岡空港に行って、大宰府にお参り…」
私の隣で佳穂は旅行のしおりを広げ、さっそく行きたいスポットをチェックしている。
佳穂は最後まで北海道と迷っていたけれど、九州に行こうと私が説得した。察しのいい佳穂には「兄貴が担当だからでしょ?」とあっさり見破られてしまったけれど…。
九州コースを選んだ生徒は全部で40名で、同行する先生たちは全部で5人。
修学旅行の間、生徒は4人1グループで行動する。私と佳穂は、同じクラスで仲がいい千沙と志保とグループを組んだ。
旅行中、大枠の日程は共通で組まれているものの、各観光地に着いてしまえば自由時間が多く、そこで何をするかは各グループに任せられている。
事前に散策ルートを調べて、何をするか、どこに立ち寄るか、全て自分達で決める。
最終的にレポートの提出が必要になるけれど、それでも旅行計画は楽しくて、どれほどこの日を楽しみにしていたことか。
きっと思い出深い修学旅行になるだろう。
私はそう確信してやまなかった。この時は…まだ。
東京から最初に向かったのは福岡、空港から直行したのは太宰府天満宮だ。
来年受験を控えている私達にはぴったりの場所と言える。
合格祈願して境内にある御神牛像を撫でて回ったあとは、参道で食べ歩きしながらバスへと向かう。
千沙と志保を先に見送り、私もバスに乗ろうとしたところで、ふと向こうから聞きなれたはしゃぎ声が聞こえてきた。
振り向くと、先生が他の女子生徒から写真をねだられていたのが遠くに見えた。
「ねー先生、一緒に写真撮ってあげるよ!」
「こんな若い女の子たちに囲まれて幸せでしょ?」
冗談めいた口調で、女の子達が先生を囲んで笑っている。
「あれ、先生もしかして照れてる!?」
「照れてない、絶対照れてない。そこは激しく強調する」
先生はそう言いながらも、どこか楽しそうで…。
「ウソー!ね、先生、私知ってるよ!こーゆーの、ハーレムっていうんだよね~」
「別に変な気を起こそうだなんて全く思えないから安心しろ」
「なにそれ、ムカツクーっ」
きゃははと高い笑い声が響く。
「はーい、私先生の隣取った!」
そう言って、女の子の一人が先生の隣に飛び込む。
「あ、ずるーい!じゃあ私もっ」
それを見て、もう一人の子は反対側の腕に自分の腕を絡めた。さながら、恋人のように。
「おい、腕」
「本当は嬉しいくせに~!照れないでいいよ!」
「だから照れてねーって…」
「ハイハイ、ほら撮るよ!はいチーズ!」
「あとで肖像権払えよ」
先生の言葉はあっさり無視され、それぞれの視線がカメラに向かう。
彼女たちは一枚だけでなく、代わる代わる何枚も写真を撮っていた。
しかも、なんだかんだ言いつつ、先生も笑顔を向けていて――そのことが私の胸をきつく締め付けた。
(…嫌)
私の心の奥で、醜い声がする。
やめて。私以外に笑いかけたりしないで。腕なんて組ませないで、振りほどいて。
どうして抵抗しないの?どうして触らせるの?ねぇ、楽しそうに話したりしないでよ。
言っても仕方のないことだと分かっている。だけど理屈で抑えきれない感情がある。
歯がゆく先生たちを見つめる私に気付いて、佳穂が私の肩を少し遠慮気味に叩いた。
「ああ見えてけっこうモテる人だからさ、仕方ないよ…教師っていう身分上、多分。でもさ、あの子たちにとっちゃ思い出のひとつになるだけだけど。紗妃はこれからもずっと一緒にいられるし、思い出も一緒につくれるんだから。難しいかもしれないけど、割り切りなね?」
佳穂の言葉に、私は何も答えられない。
自信がなくて頷けない。だけど正論だから否定もできない。
だってね、佳穂。私は正論である「先生を思い出に残す」ことすら許せないと感じてしまうの。
先生の全てが私のものでないことに嫉妬してしまう。…なんて醜いんだろう、私。
やがてようやく写真を撮り終えた彼女達が先生に手を振りながら笑って離れていった。
安心したのも束の間、次を待っていたらしい他の女の子たちが、「高上先生!私達とも写真撮ってーっ!」と先生に近づいていく。
少し視線をずらせば、その次を狙っていると思われるグループもいて、一層やるせない気持ちになる。
口ではみんな怖いって言ってるのに、結局先生のことが好きなんだ。
それも無理ないこと、だって教師という仮面を取ってしまえば厳しいどころかどこまでも優しい、本当に素敵な人だから。
例えばあの中に先生に恋している子がいたとしても、何もおかしなことじゃない。そしてそのことは、私が一番よく知っている…。
「…紗妃」
他の女の子との写真に応じる先生を見てさらに落ち込む私の手を、佳穂が慰めるように握る。
心配そうな瞳が申し訳なく、私はなんとか笑顔を浮かべた。
「ごめん、大丈夫。バスに乗ろう」
せっかくの修学旅行を私のくだらない嫉妬なんかで台無しにするわけにはいかない。
私はなんとか前を向いて平気なふりをしたけれど、多分佳穂は見抜いている。




