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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
挿話1

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26/64

もっと近くに2

その日の夜、私は和やかな雰囲気の裏でタイミングを探っていた。

先生は一見普通で、ソファでコーヒーを飲みながら絶やすことなく話題を提供してくれている。

でも、そのマグカップに残っているコーヒーは残りわずか。これを飲んだら今日もまた実家に行ってしまうに違いない。


「あの、先生」

話題が一区切りついたところで、思い切って切り出した。

「ん?」

「先生が毎晩実家に戻られているのは、ひょっとして私のせいですか?」

「…え」

それまで柔らかだった先生の表情が、突然強張った。

先生にとってはあまり歓迎できない話題だったのだろう。

けれど、ここで止まるわけにはいかない。


「私が隣の部屋で寝てるから、眠れないのでしょうか」

「あー…えっと」

先生は口ごもりながら、視線をわずかに逸らした。

言いにくそうなその態度が、私の予感を確信に変える。

――ということは、つまり…。


「やっぱり、そうだったんですね…」


私は箸を置いてうなだれた。

――なんということだろう。先生の悩みにも気づかず、私だけ毎日呑気に眠って。

情けないにも程がある。同居人としても恋人としても失格だ。

唇を噛む私を見て、先生が慌てて言った。


「あ、いや、違うんだよ。原田が悪いわけじゃなくて…」

そうやって気を遣わせてしまっていることがとても申し訳なく、なおさら泣きそうになる。

「それは俺の問題っていうか、ちょっとたないっていうか‥」

「保たない…?」

「そう。だから、そういう心配はしなくていいよ」


私を安心させようと先生が微笑んだけど、到底納得できるわけがない。

ここは先生の家なんだから、全ては先生基準であるべきだ。


「そうはいきません。正直に、遠慮なく言ってください」

「いや、遠慮なくって言われても…。しらふで言えるようなことじゃないっていうか…」


しらふで言えるようなことじゃない、と聞いて驚愕だった。どうやら私のイビキは相当ひどいらしい。


「そ、そんなに…?」

「まあ、その…でも仕方ないことなんだよ」

「仕方なくなんてないです!すみません、私全然気付かなくて…。教えてください、私どれくらいイビキうるさいですか?」


涙目で訊ねると、先生が「は?」と目を瞬かせた。

そんな先生に私も「え?」と首をかしげる。

二人同時に見つめあうこと数秒、私がそうするよりも早く先生が状況を理解したらしく――突然、笑い出した。


「せっ…先生っ」

目の前の先生を、わたしはねめつけた。

だって私がこんなに真剣に悩んでいるのに、お腹を抱えて笑うなんてひどいと思う!


「なるほど、そっちだと思ったのか。原田ってけっこう天然だよなぁ」

「先生!?」

さっきよりもきつく先生をねめつけると、先生が「ごめん、ごめん」と笑いを噛み殺した。


「そうじゃなくて。言ったろ?俺の問題なの。自主規制してるだけで、原田は何も悪くない」

「自主…規制?」


先生が苦笑して頷いたけど、私にはその意味がよく分からなかった。


「あの、すみません。それって、どういう…?」

「だから、つまりさ…」


先生はマグカップをテーブルに置くと、私の腕を引いて抱き寄せた。

顔が近づいてきて、自然に目を閉じる。でも…。


「――っ!」


いつもとはまるで違うキスだった。

今までのどんなキスよりもずっとずっと深くて、頭の中が真っ白になる。

そのあまりの熱さに意識が遠くに飛ばされてしまわないよう、精一杯先生にしがみついた。


「…分かった?」

甘い沈黙の後、先生が困ったように私を見下ろして笑った。

「俺はさ、男なんだよ」

「…?はい」


何を分かったことを、と私は首を傾げた。

でも私は本当の意味でその言葉を理解していなかった。

そのことに先生は気付いていたのだろう、丁寧に、言葉を選ぶようにして後を続けた。


「俺は原田に惚れてる。めちゃくちゃ惚れてる。…それは分かる?」

突然告白され、顔が赤く染まった。照れつつも頷くと、先生が頷いて続けた。

「うん。で、俺も男だから。いつまでも理性を保っていられるわけじゃない。時々、一線を越えてしまいそうになる」

「…え…?」


先生に言われたことの意味を理解するのには、少しの時間が必要だった。

とはいえ、その言葉の意味が分からないほどもう幼くもない。


「…せ、んせい…?」

戸惑って見上げると、先生が「やっと分かった?」と苦笑した。


「そういうこと。てなわけで、これは完全に俺の問題。手が届く場所にいるって思うと、どうしても胸がざわつく。だから折り合いがつけられるようになるまで、夜は実家に帰ろうと思う。原田には心配かけたくなくて言わなかったんだけど、逆に不安にさせたな。ごめん」


そう言って、先生が私の瞼の少し上にキスをひとつ落とす。

見上げる先生の瞳は、胸が苦しくなるほど切ない。


「じゃあ俺、実家に行くよ。明日はそのまま部活に行くから、遅れないように」


優しく髪を撫でたあと、先生は立ち上がってジャケットを羽織った。

リビングを出て行く先生の背中を、私は信じられない気持ちで眺めていた。――だってそんな理由だなんて、予想だにしていなかったから。


先生の足音が遠のいていく。

今も頭の中ではいろんなことがぐるぐる回って、真っ白で、何も考えられない。

でも先生が玄関で車の鍵を取った瞬間、私の体が…気持ちが、何より正直に動いていた。

気が付けば私は立ち上がって先生に駆け寄り、その大きな背中にしがみつくように抱きついていた。

ちょうど先生に想いを告げた、あの日のように。


「…原田?」


戸惑う先生の声。でもそれは私も同じだ。

――私は一体何をしようとしているのだろう。

だけどこの背中を行かせたくないと思った。だって私。

―― 先生の本当の気持ちを知って、喜んでる。


「…いい、です」

「え」

小さな声だったけど、先生には届いたようだった。私は先生を抱き締める腕の力を強める。

「いい、です。…もう、我慢しないで」


そう小さく告げたら、先生が肩越しに私を振り返った。

その瞳は半信半疑に揺れている。


「…俺は、原田に無理をしてほしくない。大事だから、気持ちを待ちたい。だからもし今原田が――」

「無理なんか、してません」

先生の声を遮って私は強く言い切った。


無理なんかじゃない。私だって、先生が欲しいと思ってる。

先生を独り占めしたい。もっともっと、その温もりの奥まで触れてみたい。

そう思うことは、悪いことじゃないよね?


「先生がいい。先生なら、全部嬉しい」


赤く染まる顔を見られたくなくて、先生の背中に顔を埋めてみたけど、きっと先生はお見通しだろう。

でも顔が見られないと分かると、ほんの少し度胸がつくらしい。そのおかげで、これ以上なく挑発的な言葉が私の口から零れた。


「先生とひとつになりたいです…私」


過去の私なら考えられない台詞。

でもそれを言えるのは先生だから。私を変えてくれた、あなただから。

世界が変わるときはいつだって、あなたと一緒がいい。


「…ごめん。その一言はちょっともう、何て言うか…ダメだわ…」


先生は口に手を当ててそう呟くと、静かに私の方を振り返った。

情熱を帯びた眼差しで見つめられて胸がぎゅっとなる。

先生は大きな手を私の頬に添えると、静かに尋ねた。


「本当に…大丈夫?」


それは最終確認だった。躊躇い半分、期待半分の。

だけど先生はその後、迷いない返事を聞くと、一瞬強く抱きしめて――それからそっと、私を抱き上げた。


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