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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
挿話1

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はじまりの季節 1 -side Ryu-

時間軸は第一部開始前です。

二人の出会いのお話。

春は別れと出会いの季節というが、不安と期待に満ち溢れるのは生徒だけじゃない。

教師の俺たちだってそれは同じこと。

この学園で教鞭を取って4年目の春、県外から転入生がやってくることになった。

その担任になってしまった俺は、転入手続きや学校案内をするため、とある日の放課後、多目的教室へと急いでいた。


「えーっと、資料に抜け漏れないよな…」

歩みを進めながら手元の資料を確認する。

一応朝のうちに確認したので大丈夫だと思うが、無駄に時間をかけたくないのが本音だった。


「ん、おっけ。30分で終わるかな~」

新しい学年、新しい生徒達。当然、やることは山積みだ。

既に簡単ではあるが面談席も用意してあって、あとは資料を渡して簡単に説明するだけ。

とはいえ、これから会う転入生は、転居によって他県の学校から転入してくるらしい。

しかも前の学校ではトラブルのため不登校となったので、留年して2年生からやりなおすのだと。

心に傷を負った状態で慣れない土地での生活、誰一人見知らぬ学校で、きっと不安だろう。

多少手間はかかるだろうが、できるだけ早く馴染めるように配慮してやらねばなるまい。


「お、ここか」

ようやく辿り着いた多目的教室の前。

普段はシャツにチノパンだったり、ジャージといった動きやすさ重視の服ばかり着ているから、どうもスーツには慣れないが、第一印象は大事にしたい。

ぎこちない手つきでネクタイを軽く直すと、目の前のドアをノックした。



多目的教室に入ると、教室の窓際に一人の少女が立っていた。

換気のために開けておいた窓から外の景色を見ていたのだろう、部屋に入ると同時に彼女が振り向く。

白いニットに薄いグリーンのスカートを纏い、セミロングの細い髪を揺らす彼女は、俺を見た瞬間、わずかに顔を強張らせた。


「初めまして。担任の高上です。君が原田紗妃さん?」

名前を確認すると、彼女ははっとしたように頷いた。

「はい、そうです。…よろしく、お願いします」

「こちらこそ。どうぞ座って」

「はい。失礼します」


面談席に座り、彼女にも着席を促すと、律儀に一礼して腰を下ろした。

その緊張ぶりはまるで入試面接を受けに来たかのようだ。既に学力試験は難なくパスしているので――それもなかなかのハイスコアで――そんな必要はないのだが、この様子から察すると、真面目な性格なのだろう。

外見も、正直俺のクラスの女子は派手系が多いので、何となくそっち系を想像していたのだが、それとはまるで正反対の、いわば清純派を地で行くようなタイプだった。


「ごめんね、少し遅れた」

わざとくだけた言い方を選んだ。少しでも緊張をほぐしたかったからだが、彼女の硬い表情は変わらない。彼女は気にしていないとばかりに、遠慮がちに首を横に振った。


「ところで、保護者の方は?」

保護者と一緒にと連絡しておいたはずだが、その姿がない。

お手洗いでも行っているのかと思ったが、彼女がそれを否定した。

「叔母さんが来ることになってたんですけど、急な仕事で来れないって…」

「え」

「転入に必要な書類は預かって今日持ってきていますが、私一人では駄目ですか?」

彼女が困惑気味に俺を見上げたが、困ったのは俺のほうだ。

「や、ダメっていうわけじゃないけど…」


実をいえば、彼女とは今日が初対面であるものの、彼女の保護者とは以前に一度顔を合わせてある。

転入に必要な書類だったり金額面のことはそこで全て説明済みで、今日はどちらかというと彼女と話す方がメインだ。

それも具体的な学校生活がテーマなので、確かに保護者がいなくても差し支えない。とはいえ一応まだ転入の手続き中であって、保護者にも話を聞いてもらうのが通常なのだが…。


しかし、彼女の転入理由もあるので、俺は深く突っ込むのをやめた。

大した理由もなく家庭の事情にあまり深く踏み込んではいけない。

俺自身、学生時代、変におせっかいな教師に苦労したことがある。


「それじゃあとにかく、始めようか。まずは持ってきてもらった書類確認するから、見せてもらえるかな」


こんなところで時間を潰しているわけにはいかない。最初に言ったように、この後にもまだまだ仕事は残っている。

転入書類を預かり、軽く不備がないことを確認すると、校内資料を彼女の前に広げて学校の説明を始めた。


彼女は説明をしている間、ずっと俺の話に頷いているだけだった。

印象を率直に言うならば、無愛想。それに尽きる。

別にそれが悪いわけではないが、それにしたってもう少しぐらい愛想があってもいいんじゃないだろうか。


(相槌はあるから分かってはいるんだろうけど…佳穂の元気を分けてやりたいくらいだな)


佳穂っていうのは俺の実妹だ。ちなみに俺のクラスの生徒でもあるが、学校には兄妹ということは校長以外秘密にしている。

この妹は一体誰に似たんだか、とにかくやかましい。声がでかい上に態度もでかい。

あいつの元気を少しでもこの子に分けてあげることができたならよかったのに、と頭の片隅で思う。


「――説明はこれくらいで。何か質問とかあるかな?」

彼女は横に首を振り、「大丈夫です」と久しぶりに声を出した。

「そうか。ま、分からないことがあれば都度訊いてくれ」

「はい」

その答えを受けて俺は資料をしまい、椅子から立ち上がる。

ちらりと時計を見ると開始から20分、なかなかいい塩梅だ。


「じゃあ、最後に校内を案内するから。ついてきて」


頷き、彼女も俺に続いて席を立ち上がった。教室のドアを開いて、彼女を先に通す。

ここでも彼女は律儀で、教室の出口で丁寧に頭を下げると俺の前を通り過ぎて廊下にでた。


***


多目的教室を出て、まずは俺の担任する教室に向かった。ここが彼女の新しい生活の場となる。


「来週の月曜日…初日に皆に紹介するけど、いい奴らばかりだから。きっとすぐに慣れるよ」

教室に着くなり、興味深そうに室内を見渡す彼女にそう話しかけると、彼女は無表情で頷いた。

「あ、席の指定とかってある?視力が悪いから前にして欲しいとか」

ここでも彼女はやはり無表情で、「いいえ」と短く答えた。

「そっか。じゃあ、俺が適当に決めていいかな?」

また頷くかなと思ったら、彼女は少し黙って。

「…あの、できるだけ男子から離れたところがいいです」

「男子の近くは嫌だってこと?」

頷いた彼女に、俺は少し首をかしげた。

ひょっとして男嫌いなのだろうか。だがまさかそんなことを尋ねるわけにもいかない。

「そっか。分かった。じゃあ次は体育館を案内するな」

そう言って退室を促し、長い廊下をまた歩き出す。


「原田は」

歩きながら、俺は後ろをついてきている彼女に話しかけた。

「道を覚えるのって得意なほうか?」

「…普通だと思います」

「そっか。この学校は広いからなー、頑張って覚えろよ」

「先生は、迷ったりするんですか」


とりあえず訊いてみたっていう感じの質問だった。

だがそれが初めて彼女が俺に投げた質問だったから、ちょっと嬉しかった。


「今はもう慣れたけど、来た一年目はかなり迷ったな。無駄に広いんだ、この学校。あ、なんなら構内の地図も渡しておこうか」

「いいえ、結構です」


提案はキッパリと切り捨てられた。

…まあ、俺と違って頭がまだ柔らかいし、学校の構図なんてすぐに覚えるだろう。

そう一人納得していると、後ろから慌てたような声が聞こえた。


「あ、あの、今ちゃんと道を覚えながら来てるから大丈夫です、って意味で…。お気遣い、ありがとうございます」


俺の気を悪くしたと思ったのだろうか。

さっきまであんなに無表情だったのに、必死に弁解する彼女が何だか可愛らしい。

ようやく人間味のある表情を見た気がして、俺は小さく吹き出した。


「うん、分かってる。大丈夫だから」


そう答えると、彼女はちょっと居心地が悪かったのかもしれない。顔を少し赤くして恥じらうように俯いた。


(――優しい子なんだ)


俺のことを気遣って、声をかけてくれた。

こうして少し照れてるところは普通の女の子と何も変わらない。

それにしても惜しい、これで笑顔があれば最高なのにな。笑ったらどんな風なんだろう。

今でも十分可愛いと思うけど、笑うともっと可愛くなる気がする。いや、別に変な意味じゃなくて。


「ちょっと休憩してくか」


渡り廊下の途中で自販機が目に入ったので、彼女を振り返った。

ずっと話を聞いてばかりだから疲れているに違いない。


「何か飲む?」

「え…」

「どれがいい?」


自販機に100円玉をチャリンと入れて訊ねたら、背後から困惑した声が聞こえてきた。


「え、あの、いいです。私は…」


気まずいとばかりに彼女は俺の提案を拒んだ。

俺の担任している生徒なら間違いなく食いついてくるところだからちょっと新鮮だ。

きっと厳しく教育されてきたのだろう。その雰囲気は彼女から滲み出ていて、好印象を抱く。

だけどここで100円のジュースも奢らないような心狭い教師には思われたくない。

それにきっと今後、授業の課題やらなんやらで彼女も俺の愚痴を言うようになるんだろう。

ならばせめて最初ぐらいは、好印象を持ってもらったほうがいい。


「俺からの転入祝い。どれでもいいよ」

そう言うと、彼女は少し戸惑い、やがて控え目に言った。

「じゃあ…あの…コーヒーミルクで…」

「コーヒーミルク?」


てっきりコーラとかオレンジジュースとか、そういうものだと思っていた俺はちょっと驚いた。

そんな俺を察してか、彼女が少しふてくされたような顔で俯く。


「う…す、好きなんです。コーヒーミルク」


途端に顔が赤くなっていった彼女に苦笑して「了解」と答え、購入ボタンを拳で押す。

ゴトン、と音ともに取出口に落ちてきた紙パックを取って、「はい」と彼女に差しだしたら、彼女が遠慮がちに手を伸ばす。

そして彼女がそれを取ろうとした瞬間、俺はまるで生きた魚みたいに、両手で大げさに転がせて見せた。

突然のことに彼女が驚いた顔で俺を見上げる。それに手ごたえを得て、俺は悪戯っぽく笑って言った。


「――今、コイツ生きてた!」


その言葉に、彼女の表情が一瞬にして凍った。ぽかんと見上げて固まる彼女、俺もまた固まる。


(…あ。やばい、スベッたわこれ)


ちょっと笑わせてやろうと思ってやってみたんだけど、どうやら彼女には届かなかったらしい。それも当然か。古いネタだったのは認める、うむ。


「ごめん。つまんなかったね」


俺は心の中で壁に向かって猛省しつつ、彼女に今度こそコーヒーミルクを手渡した。

けどその時、微かに息が漏れる音が聞こえて。

ふと見やったその先で、俺は視線も心も一瞬にして奪われてしまった。

――彼女が、笑っていたのだ。


「あ、ごめんなさい!でも、おかしくて」


面食らう俺に気付いて、彼女が笑いを噛み殺す。

てっきり外してしまったと思っていたので、気まずさに頭をかいた。


「…完全にスベッたと思ったんだけど」

「テレビの中でしか見たことなかったから、そういうの」


ふふふ、と彼女が笑う。


…よくよく考えれば、彼女だって人間だし、笑うことなんて全く当たり前のことなんだけど。

だけどそれまでずっとほとんど無愛想だった彼女の笑顔は、やけに新鮮で。

俺はほんの一瞬だけ、見とれてしまったのだ。


「あ、いつまでもごめんなさい」

見つめる俺の視線を違う意味に解釈したのか、途端に彼女の顔から笑顔が消えて無表情に戻った。

「あ、いや。…ええと、じゃあそれ飲んだら、次に行こうか」

「はい」


自分を誤魔化すように彼女に背を向けながら、俺は急激に変化する自分に焦っていた。


(…――ちょっと待て、俺)


ちょっと待て。一体どういうことだよ。

どうなってんだよ。おい、俺の心臓。

なんでそんな突然速くなってんだよ。

相手は俺の生徒、決してそういう気持ちを抱いてはいけない相手だろうが。それだけは本気でシャレにならんぞ。


きっと鼓動が速いのは歩いているからだと言い聞かせながら、俺は努めて平然と学校案内を続けた。

予定になかった選択科目教室や図書室も案内したのは、それが少しでも学校生活の役にたつと思ったからだ。どんなクラスメイトがいて、どんな教師がいるのか紹介をしたのも、全部良かれと思ってのこと。

それ以外に理由など、あるはずがないのだ…絶対に。


――結局、30分で終わるはずの面談は長引き、1時間ほど続いた。

その後の仕事は全く進まず、ようやく部活に顔を出せたのも終了間際のこと。

彼女を見送ったのはもう数時間前のことなのに、ずっと胸がざわめいていた。


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