1-18.私の告白
もう一度信じてみよう――そう決めた日から数日経つというのに、未だに私は自分の想いを告げられずにいた。
だって、どうやって伝えればいいのか解らなくて。
先生の気持ちをあれだけ拒んでおきながら、今頃なんて説明したらいいのか…解らなくて。
だけどそんな私にお構いなく、気付いた想いだけは日に日に膨らんでいく。
そのうち、ただ先生を目にするだけで胸が苦しくて、でも震えるくらい嬉しくて。
側にいれるならこのままでいいという自分と、このままではいけないという自分がずっと葛藤している。
そうやって二の足を踏み続ける日々の中、私の背中を押したのは、やっぱり先生だった。
寝る前のひと時、私と先生は、リビングで二人で過ごすことが多くなっていた。
テレビをBGMにソファに座りながら話すのは、お互いのこと。今日あったこと、子供の時のこと、家族のこと、学校のこと…。
そうしてひとしきり会話を重ねたあと、おやすみの挨拶をする前に先生は私の髪を撫でるようになった。
それは今夜も、先生の一言から始まる。
「…触ってもいいかな」
私が怖がらないように、先生はいつも最初に確認する。それに私が小さく頷くと、そっと後ろ髪に触れた。
後頭部を撫でること数回、次にその大きな手は頬へと伸びてきた。
いつもなら、なされるがままの私。だけど、今日は少し違った。
精一杯の勇気を出して、自分から手を先生のそれにそっと重ねて目を閉じる。ただその手の温もりだけを感じるために。
(――なんて落ち着くんだろう)
ごつごつした骨ばった指はいかにも男性らしい。でも怖くないの。先生だから、大丈夫なの。
きっとずっと、心のどこかでこの手を探し続けてた。
「抱きしめても、いいかな…」
「え…?」
聞こえてきた言葉に驚いて見上げると、先生は我に返ったように「あ、ごめん」と謝った。
「その…思わず心の声が漏れたみたいだ…」
悪かった、気にしないでくれ、と先生の手が私から離れる。それだけで身体の一部をもがれたような寂しさが襲って、急に不安になった。
「俺、外で頭冷やしてくる」
先生はソファから立ち上がると、そそくさと逃げ出すように玄関に向かってしまう。
遠ざかっていく背中があまりに切なくて愛しくて、胸がぎゅうっと締め付けられた。
――今がその時だ、と思った。
今言わなきゃ、きっと後悔する。
膨れ上がった気持ちが爆発して、きっと壊れちゃう。
だからもう一度勇気を出して。
今、伝えるの!
「ま、待って…っ!」
私は思い切って立ち上がると駆け足で先生を追いかけ、その広い背中に自分から抱き着いた。
小さな衝撃を背中に受けて、先生が固まったように立ち止まる。
その背中は思ったより大きくて、筋肉質で…何より、温かかった。
「抱きしめてほしい、です…」
「え」
「私、先生のことが好き、だから…」
「―――!」
生まれて初めての告白は、緊張で声が震えた。ドキドキして、心臓がやけに煩い。
そのどちらも、きっと背中越しに先生に伝わっただろう。
我ながら不器用な言い方だと思ったけど、今となっては仕方ない。
暫し、沈黙。それはほんの数秒だったと思うけど、とても長く感じた。
何も反応がないと、いっそ怖くなってくる。ちらりと見上げると、肩越しに振り返った先生と目が合った。
その瞳に浮かんでいるのは明らかな戸惑い。半信半疑、そう表現するのが一番適切だろう。
だから私は、その目をまっすぐに見つめ、思い切ってもう一度伝えた。
「私、先生が好きです」
聞き違えのない言葉に、先生の瞳に光が走る。
「好き…」
やっと言えた二文字。絞り出すのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。
ずっと抑えてきた想いが爆発して、胸が更に苦しくなった。
それは涙という形になって私から零れたけど、後には安心感が残った。
やっと伝えられた想い。私は生まれて初めて、自分を褒めてやりたいと思った。
私の想いをどう受け止めるか、あとは先生次第だ。
気付くのも伝えるのも遅すぎたけど、私のこの想いを受け止めて欲しい。
そしてあの夜のように、その大きな手で私を抱きしめてほしいよ。
「…え、それ本当…?」
暫しの沈黙の後、先生が口を開いた。
「冗談とか、ドッキリじゃなくて…?」
私は涙目で頷く。だって冗談でこんな胸が苦しくなるわけがないのに。
「そ、それは、その…教師としてではなく、男として、異性として好きだって、そう解釈していいのかな…?」
よっぽど信じられないのだろう、確認するようにそう訊ねられた。
だから私は大きく頷いて応える。迷いない想いが今度こそ伝わるよう、願いを込めて。
助けてもらったあの日から、先生のことしか考えられなくなっていた。先生しか見えなくなってた。
家でも学校でも先生の姿を目で追って、先生が私の名前を呼ぶだけで嬉しくなった。
これが恋だというのならば、肯定して先生の恋人になりたい。
先生を独り占めできるたった一人になりたいの。
永遠かどうかなんて考えない。永遠がないなら永遠をつくってしまえばいい。
根拠はないけど今はそう信じられる。信じていたい。そしてそう願っていれば、きっといつか近づける。
そう思えるようになったのは、他でもないあなただから。
私の想いはついに先生に届いたらしい。先生は私に向き直ると「…抱き締めていいか?」ともう一度聞いた。
「はい」
私は泣きそうになるのを堪えながら、努めて笑顔で頷く。
すると先生は少し戸惑いがちに、遠慮気味に、まるで壊れやすい宝物をそうするように、私をそっと抱き締めた。
「怖くない…?」
「大丈夫です。…もっときつく、抱き締めて欲しい」
「…うん」
ぐっと私を抱き締める先生の力が強くなった。それに倣うようにして、私も先生の背中に腕を回す。
なんて温かくて広くて、優しい世界。それは今までいたどんな場所よりも心地がよくて。
こんなに広い世界のこんなところに、私の居場所は在った。
そうして、私たちはどちらからともなく顔を近づけあう。
先生の瞳には私が映っている。私だけが、映っている。
それだけでただ嬉しくて、胸がときめくの。
「…キスしてもいい?」
顔の距離が数センチにまで縮まったとき、先生が問う。
問わなくなって私の気持ちは伝わっているはずなのに、律儀な先生らしい。
私は返事をする代わりに少し微笑むと、静かに瞳を閉じた。




