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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
第一章

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16/64

1-16.側にいて

このモヤモヤの正体が何なのか、理解できないまま。

ついに、二人で過ごす最後の夜になってしまった。

玄関先に積まれた段ボール。

リビングやキッチン、洗面所…家のあらゆるところから、先生の気配が消えかけていた。

それを感じる度にやるせなくて悲しくて、明日なんて永遠にこなければいい――そう本気で願ってしまうのは、一体なぜなの。


「明日は朝早くに出ていくけど、気にせず部屋で寝てていいから」


いつも平日の夜は私が作るのに、最後だから、と今夜は先生が腕によりをかけて色々作ってくれた。

つまりこうして二人で先生の料理を食べる日は、もう二度とない。


「引越しとか久しぶりだな。あ、俺の分の鍵は後で渡すから。もし望むなら鍵作り直してもいいし。あと他になんか言っておくことあったっけな…」


手を顎に当てて考えを巡らせる先生は、学校では決して見せない表情をしている。

…明日からは、こんな先生ももう見られなくなる。


「1ヶ月、ありがとう。教師で男の俺と暮らすなんて、無理言ってしまったと思う。本当に、ごめん」

少し改まって先生が言った。見上げると、先生は穏やかに微笑っていた。

「でも、楽しかったよ。正直、原田が俺のこと好きになってくれたらなんて淡い期待を抱いたりもしたけど…まぁ、そう簡単にいくわけもないよな。けど俺、後悔してないから。もう二度とあんなこと言わないって約束する。明日からは、以前のようにただの教師と生徒になろう」


ただの教師と生徒――そう言われた言葉が、胸に突き刺さった。

学校では相変わらず厳しくて何事にも妥協しない姿は皆に恐れられているというのに、家ではそんなこと全然なくて…むしろ正反対で。

意外に適当なところがあるから失くし物したり、家具に足の小指を打って悶えたり、バラエティ見て大笑いしてたり、ソファで寝落ちしそうになったり…そんなありのままの姿を見せてくれることが嬉しかった。

だけど今日を境に、すべてが変わる。

こうして二人で過ごした日々はすべて過去になって、何もなかったかのように消え去る。


(…そんなの、嫌)


素直にそう思った。

だけどそれを口にしていいわけがないとも思った。

散々先生を遠ざけてきた私が言える台詞じゃないと。

でも…。


「どうした?気分悪いのか?ひょっとして炒飯不味かった?俺的には会心の出来だったんだけど…」

さっきから一言もしゃべらず、食事の進まない私を先生が心配そうに覗き込んだ。

「それとも餃子かな?あれ、もしかしてスープの方?」

その問いにはどちらも首を横に振って答えた。

…違うよ。気分が悪いわけでも、夕飯がまずかったわけでもない。


(――苦しい)


先生の言葉が痛い。

先生がいなくなってしまう、そう想像しただけで心臓が凍ったように苦しくなる。

一体私の体はどうしてしまったの。胸がきつくて、空気がいっぱいに詰まってるみたい。

喉の奥がぎゅっと締め付けられて、鼻がツンとして、上手く呼吸できない。


「原田?…えっ、何で泣く!?」


ぽろぽろと涙を零しはじめた私にぎょっとして、先生が慌ててティッシュを差し出した。

それを受け取って涙を拭きながら、私はなんとか言葉を探しだす。


「…イヤ、です」

「え?」


言ってはいけないと、わかっているのに。

もうそれ以外に、この気持ちを吐き出す方法が見つからないの。


「嫌です。…出ていかないで」


どうしてだろう。理由なんて、まるで分からない。

だけど先生がいなくなってしまうことが、どうしても嫌だ。


「原田…?」

私の言葉を理解しかねて、先生が瞠目する。

無理もない。私は今までの私とは全く違う言動をとっているのだから。

だけど、こんな風にしたのは他でもない先生だよ。


「私、先生と一緒にいたいです。だから、引っ越さないで」

「え…それってどういう…」

「出ていかないで。ずっとここにいてほしい」


泣きながらそう言ったら、先生が目を見張った。


「えっと…原田。そ、それは…すごく都合よく解釈するとしたら、その…俺を好きだってこと、だったりするのかな…?」


おそるおそる、窺うように先生が尋ねた。

でも私はその答えを持ち合わせていない。そもそも『好き』って、何だろう?


「分からないんです。自分でも。恋なんて、したことないから。私は先生に恋してるってことなのでしょうか」

「う…それは俺には答えられない質問だな…」


客観的に見れば、なんとも奇妙な会話だった。自分の気持ちを誰かに尋ねるなんて、意味不明だ。

そんな風に私さえ混乱しているのだ、先生も混乱して当然だろう。

だけど私より頭の回転が早く、冷静な先生は状況をすぐに分析したようで、暫しの沈黙を置くとこう尋ねた。


「遠慮なんていらないから、正直に答えて欲しいんだけど。俺に触れられるのは、恐い?」

「いいえ」

「頬に触れてもいい?」

「はい」


ゆっくりと先生の手が私に伸びてきて。大きな手が、私の右頬にそっと触れた。

温かくて、それだけで安心できて――こんな感情を何と呼ぶのかを、ねえ、私は知らない。


私は頬にある先生の手に自分の手を重ねた。

このまま二度と離したくない。そう思っている自分が確かにいる。


「もし…もし原田が許してくれるなら。原田のその気持ちが恋なのかどうか分かるまで、俺は期待して待ってもいいかな」

「恋じゃないかもしれません」

「それならそれで構わない。その答えが出るまでの間でいいから…側にいたい」

「先生は、それでいいんですか」


そんな都合のいい話、あっていいのだろうか。

待った挙句、やっぱり違ったって期待を裏切られるかもしれないのに?


「原田が俺を好きにならなかったとしても、ちゃんと受け入れる。でも俺は1%でも可能性があるなら、諦めたくない」


――なんて眩しい人だろう、と思った。

心を閉ざし、他人に期待せずに歩いてきた私には想像もできない選択肢を、先生は自ら選ぼうとしている。

その眩しさがほんの少しでも私にあったなら…あるいは側にいたなら、分けてもらえるのだろうか?


「…先生」

見上げるその瞳には、不安と期待が入り混じっている。

「頼むよ。側にいさせてほしい…ただ、それだけでいいから」

その言葉を拒む理由など、私にあるわけがない。

「はい。…側にいてください」

私の零れる涙を、先生の大きな手が拭う。

その顔には、今までに見たことがないくらいに嬉しそうな、とても柔らかい表情が浮かんでいて。

その瞬間、ふと思った。

もしかしたらこの人こそが、私の世界を変えてくれる人なのかもしれないと。


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