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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
第一章

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1-10.未来はこの手の中に

毒親チックな表現がありますので、苦手な方はご注意ください。

中学の三者面談は、5分で終わった。

志望校はお母さんによって既に決められていたし、他に相談や雑談もなかったのであっさりとしたものだった。

三年後の今、あの時と同様、私の進路はもう決まっている。だから今回もそれが繰り返されると思っていたのだけれど――。


その日の放課後、私はこのためにわざわざ上京したお母さんと学校の正門で落ち合った。

白いカジュアルスーツに身を包んだお母さんは私を見つけると少しだけ目を細めた。

それに手を挙げて応えたけど、実に数か月ぶりの再会にも関わらず嬉しさも懐かしさも感じないのは私が薄情な人間だからなのだろうか。


「元気そうね」

「うん。お母さんも。わざわざ来てくれてありがとう」 

「ついでに美也子にも会いたかったし、ちょうどよかったわ」


美也子とは、東京に住むお母さんの妹で私の叔母さんだ。少し前まで…あの雨の日まで、私は彼女の家で暮らしていた。

最後に会ったのはあの事件の数日後、怖くてあの家に戻れない私に配慮してわざわざ先生のマンション近くのカフェまで来てくれた時だ。

あの時は何度も謝られて逆に申し訳なくなったっけ。叔母さんは何も悪くないのに…。

ちなみに叔母さんは私が引っ越してからも色々と気にかけてくれていて、しょっちゅう食材や日用品を宅急便で送ってくれる。

そんな風に今はいい距離で見守ってくれる有難い存在だ。


「美也子の家を出て今は友だちとシェアルームで暮らしているんですって?」

「…うん」


校舎に向かって歩き出しながら、私は努めて平然と頷いた。

先生の監督のもと、友人とルームシェアをして暮らすことになった――叔母さんにそう説明していたのを耳にしたのだろう。

なかなか無理があるのは承知しているけれど、正直に言うわけにもいかないので苦肉の策だった。


「仕送りで足りているの?相手や近隣の人に迷惑はかけていない?」

「大丈夫、問題なく暮らせてる。ありがとう」

「そう」


相手が誰なのか、男なのか女なのか、学生なのか社会人なのか――もしかすると具体的に問い詰められるかと思ったけれど、結局それ以上お母さんは何も聞かなかった。問題なく暮らせている、きっとその言葉が聞きたかっただけなのだろう。

それは私のことを信頼してくれているからなのか、私のことなど大して興味ないからなのか。


「卒業の進路だけど、前から言っているとおりうちに戻ってきなさい。就職したいなら構わないけど、25才までには結婚して家庭に入るのよ。そして早く孫の顔を見せてね。それが親孝行ってものなんだから」

「…わかってる」


何度となく言われ続けてきた未来の話。何を考えるわけでもなく、私は頷いた。

――本音を言えば、進学したい。結婚する気もさらさらない。

でもお母さんを前にするとそんな言葉は消えてしまう。

だってきっと不機嫌になる。精神的にも経済的にも、力ずくでねじ伏せられる。逆らうだけ無意味だと、嫌になるほど思い知らされてきた。

だから働きながら道を探す。そうして少しずつお母さんと距離をとる。それが私にとって最善の道だと、とうの昔に納得していた。



やがて始まった三者面談。

昼間はシャツだけだったのに、面談に現れた先生はジャケットを羽織っていた。しかもネクタイまでして、非常に珍しい。保護者との面談というのは、教師にとってそれほど(かしこ)まる必要があることなのだろうか…。

対するお母さんは他人に愛想がいいのは相変わらず、最初こそ比較的穏やかに進んでいたものの、「進学はしません」と断言したお母さんに先生が困惑のような戸惑いのような、微妙な表情を浮かべた。


「卒業後は家に戻って主に家事手伝いをしてもらいます。その傍ら、本人は働きたいようなのでご支援いただけたらと」

「…原田はそれでいいのか?」


問われた意味がわからなくて、私は小さく首を傾げた。

勿論、いいわけがない。でも親の方針は絶対で、子供にはそれを否定することなどできない。…誰だってみんなそうじゃないの?


「原田はどうしたいんだ?本当に就職したいって思ってるのか?進学した方が将来的に有利なのはわかってるよな?」


まるで進学を薦めるような先生の言葉に、お母さんがあからさまに眉を顰めた。


「女ですから、将来家庭に入ることを考えれば、家事をきちんとこなせるようになることの方が大事です。進学したところで、結婚して子供を産んだらどうせキャリアを諦めることになるんだから。それは娘も納得していることです。そうよね、紗妃」


同意を求められて、何の感情もなく淡々と頷く。

だけどこれに今度は先生が眉を顰めた。


「本当にそれでいいのか?やりたいことがあるんじゃないのか?例えば…インテリアデザイナーとか」


その言葉に驚いて目を見張ったのは私だ。

先生に打ち明けていないのになぜそれを、と思ったけれど、すぐにその理由に思い至る。多分、佳穂から聞いたのだろう。

口止めをしたわけではなかったから自業自得と言われればそうかもしれないけれど、内心佳穂にため息をつかずにはいられない。

…いや、先生に知られたこと自体は別にいい。それより問題は、そのことをお母さんに知られてしまったということだ。よりによって、このタイミングで。


「…そうなの?」


途端にお母さんの声が低くなった。不機嫌なのが明らかに伝わってきて、空気の温度が下がる。

言葉に詰まる私を見てその答えを察したのだろう、お母さんが大きなため息をついた。それがまた暗に私を追い詰めるとも気づかずに。


「…それは初耳です。でもだからなんですか?仕事なら代わりはいくらでもいますが家庭はそういきません。妻として母として恥ずかしくないよう、家事も育児もお付き合いもちゃんとできるようになることの方が大事です。――そういうわけで、進学はせず就職します。紗妃もそれでいいわね?」

「…はい」


お母さんは満足気に先生を見返している。私はその隣で全てを諦めて俯いていたけれど…。


「ちょっと…ちょっと待ってください」


先生は私とお母さんを一度見比べて少し沈黙した後、お母さんを見据えて言った。


「これは原田の人生です。進学するのか就職するのか、何の仕事に就くのか、結婚するかしないか、全て他の誰でもない彼女自身が決めるべきことです。親といえども、口を挟むべきではありません」


それは、お母さんの価値観を真っ向から否定するような言葉だった。

お母さんを見やると、予想通り、先生の容赦ない意見にプライドを傷つけられて、その瞳は怒りで燃えていた。


「私の考えが間違っていると?私は娘の為を思って言ってるのに」


お母さんの声音が一層低くなって、私の鼓動が跳ね上がった。

――ああ、先生もうやめて。それ以上、お母さんの機嫌を損ねないで。何か悪いことが起きてしまう。


冷や汗を浮かべて一言も喋れない私とは対照的に、先生はお母さんと真正面から対峙している。その眼差しには、迷いなど微塵もない。


「恐れながら、お母さんの考えは娘さんの本心とはかけ離れているように思えます。原田のためとおっしゃいましたが、果たしてそうでしょうか。決めたレールの上を歩かせることは、親からすれば不安は少ないかもしれませんが子供の成長を妨げる要因となります」

「妨げる?私はただ、紗妃が正しく安全な道に進めるようにしているだけ」

「親の意見を押し付けることが『正しく安全』ですか?私はそうは思いません。仮に間違いだったとしても、時に壁にぶつかったとしても、そうして自分がどんな人間か知って足掻くことで人は成長し、人として正しい道を歩けるようになるのではないでしょうか」

「私は両親の言う通りに生きてきましたよ。後悔などしていません」

「結果的にそうだったとしても、自分で選ぶことに意味があるんです。お母さんも、自分で人生を決めたいと、あの時本当はこうしたかったのにと思ったことはないですか?――本心を押し殺したまま生きていくことが幸せだと、本当にそう思っているのですか?」


最後の一言に、お母さんが息を呑む。

そして強気な姿勢が揺らいだそのわずかな瞬間を、先生は見逃さなかった。


「どうか、娘さんの声を聞いてください。彼女の意思を尊重し、自分で選択させてあげてください。――お願いします。このとおりです」


言って、あろうことか先生は深く頭を下げた。その姿に呆然とする一方で、胸が熱くなる。


――どうして、この人は。

私なんかのために、ここまでするのだろう。中学時代の担任がそうだったように、私が頷いているならそれでいいと簡単に終わらせてしまえばいいのに。教師としてはその方が絶対、楽なはずなのに…。


「まるで私が娘の意思を無視しているかのようなことを言うのね。失礼じゃありません?不愉快だわ」

「…だって、そうじゃない」

気づけば、声に出していた。考える前に、口からこぼれた。

「いつだってそうだった。私のこと、お母さんは何も知らない」

「…紗妃?」


初めて親に反抗するからだろうか、手が小さく震えるのが自分でも分かった。

でもここで怯みたくないと思った。

諦めたくない、と思った。

私の気持ちを守ろうとしてくれた先生のその想いを、私が裏切っちゃいけないと。


「何も知らない。私の好きなことも、嫌いなことも、何一つ」

「そんなことないわ。突然何言い出すの」

「じゃあ私が好きな食べ物何か知ってる?」

「そんなの、当然じゃない。麻婆茄子でしょ」

「ちがう!辛いものもナスも本当は好きじゃない。お母さんが好きだから好きなふりしてただけ。何回も食べさせられてるうちに食べられるようになっただけ。そもそも何が好きかなんて知ろうとしたこともないくせに」


長年胸の奥に封印していた本音は、制御が外れたら一気に溢れだしてきた。まるでこの時を待っていたかのように次から次へと、するすると。


私はずっと本当の気持ちを言わずに生きてきた。でもそれで良かった。お母さんが笑ってくれさえすれば、ただそれだけで。

食事も学校も、勉強も友達付き合いも何もかも、お母さんの望むとおりにしてきた。

そうすれば家から閉め出されることも、無視されることもなかったから。平和に一日を終わらせることができたから。

でも、もうそんなの嫌なの。

私は何も考えられない幼い子供じゃない。だから解放してほしい。

私はお母さんのためじゃなくて、自分のために、自分の意思で未来を選びたい。


一気に言い放ったら、不思議なくらい心がスッキリした。ずっと怖れていたことは、口にしてしまえば驚くくらいあっけなかった。

だけどその一方で室内に漂う重苦しい沈黙。

やがてそれを破ったのは。


「…紗妃は、進路をどうしたいの」


え、と私は顔を上げた。

お母さんの視線はその手元に落ちて動かない。

だけどその時私は初めて――そう、初めて意見を聞かれたのだと気付いた。永遠に変わらないと思っていた親子のパワーバランスが今、変わろうとしている。


「原田」


それでも未だ躊躇っていると、先生に名前を呼ばれた。

――『大丈夫だから』。

目が合った瞬間、先生の激励が聞こえた気がした。そしてその声は、私の背中を強く押した。


「私は…東京でこのまま進学したい。インテリアデザイナーになるためのスキルを身に付けて、将来はその道に進みたい。学費は奨学金とかバイトとかしながら、自分でなんとかします。だから――認めてほしい。私は、自分で自分の人生を決めたい」


再び沈黙。

無表情な横顔からは、お母さんの考えも感情も読み取れない。

やがてお母さんは視線を落としたままため息をつくと、机の上で手を組みなおし、こう口にした。


「…わかりました。いいでしょう。一度自分の好きなようにやってみなさい」

「……!」

「学費は出します。ただし、留年なんて恥ずかしい真似だけはもう絶対にしないで。希望校が決まったら、詳細を連絡しなさい」


反抗したくせに、まさか願いが叶うことを想像していなかった私は、驚きを隠せないまま固まっていた。

そんな私の気持ちを汲んでくれたのだろう、感謝の言葉を先生が代わりにいち早く紡いでくれた。


「ありがとうございます。…ありがとうございます!」


もう一度深く頭を下げた先生をお母さんは居心地悪そうに見やると、「頭を上げてください」と促した。


「別に、あなたに礼を言われる筋合いはありません。ただ、思い出しただけです。――どうして忘れていたのかしら。理不尽だって思っていたのに」


最後の一言は、先生は勿論のこと、私にもよく理解できなかった。

だけどお母さんはそんな私たちに構わずふっと微笑むと、「では、失礼します」と席を立った。

ほんの少しでもお母さんが笑うのを、私は久しぶりに見た。


***


お母さんを校門まで見送って校舎に戻ると、靴箱のところで先生が私を出迎えた。

どうやら私達親子の様子を心配してくれたらしい。

私は先生が何か言うより早く、深く頭を下げてお礼を告げた。


「今日は本当にありがとうございました」


いや、顔あげて、と先生が苦笑した。

見上げると、そこにはどこか照れたような笑顔があって。


「ところで、見送るだけで良かったのか?久しぶりに会えたんだから部活休んで飯でも行ってくればいいのに」

「いいです。今日の面談で分かったと思いますが、仲の良い親子じゃないので」

「そっか…でもお母さん、最後はちゃんと分かってくれてよかったな」

「はい。正直、まさか進学を許してくれるとは思ってなかったので…すごく、驚きました。先生の言葉が母に響いたのだと思います。別れ際も、頑張れって言ってくれました」


――『後悔がないように頑張りなさい』

バスに乗り込む直前、お母さんはそう言った。どこか柔らかい微笑みを浮かべながら。

そしてその時、私はようやく気付いたんだ。

希望の光はいつだって差していたんだってことに。ずっと背を向けていたから気付かなかっただけで、勇気を出して顔を上げてみたらよかったんだって――それを今日、先生が教えてくれた。


「初めてです、あんな風に母が論破されたのは。母もずいぶん戸惑ってて…あんな顔して固まるの、初めて見た」

「そう…なのか?」

「はい。きっと、先生の正論に何も言い返せなかったんでしょうね。滅多に自分の意見を曲げない人なのに」


思い返せば、笑ってしまうくらい、今日の面談は完全に先生のペースだったと思う。

挙句、価値観を真正面から否定されて。お母さんのプライドは粉々に砕け散ったことだろう。


「え、もしかして俺、初対面なのにかなり印象悪い…?」


讃えてるつもりだったのに、先生は喜ぶどころかとても複雑な表情を見せた。

まるで何か悪いことをしでかしたことに気付いてしまったかのような、そんなバツの悪い表情。


「まあ…母にしてみれば、そうですね。いい印象は抱いていないかと」

「げっ…やっぱり」


あちゃーと先生は頭を抱えたけれど、一体なぜ落ち込む必要があるのだろう。

もしかして次に会いづらいと思っているのだろうか。三年生に上がったら私は先生の担任から外れるはずだし、そうなればお母さんと先生が会うことはない。会ったとしても校内ですれ違う程度、何も不安に思う必要はないと思うのだけれど…。


「あの、大丈夫ですよ?きっとこれからは母の方から先生のこと避けると思いますし」

「いや、別に避けてほしいわけでは…」


とその時、先生の言葉に被せるようにして学校のチャイムが鳴り響いた。部活が本格的に始まる合図だ。

そろそろウォーミングアップが終わって美玖がマネージャー業務に忙殺されているはずだから、私も早く行かなくてはいけない。


「では部活に行くのでこれで失礼します。今日は本当にありがとうございました」


先生にもう一度お礼を告げて、私は部室のある体育館の方へと歩き出す。

この時、未来への期待に大きく弾む胸を抱えながら部活へと急ぐ私には、後に残された先生の切ない呟きなど全く聞こえていなかった。


「マジか…せっかくスーツ着てネクタイも締めてきたのに…第一印象…」


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