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第5章 体育祭前夜

 放課後のグラウンドに、初夏の陽光が降り注いでいた。

 明日に迫った体育祭を前に、各クラスの練習が最終調整の段階に入っている。

 俺は赤組のリレーメンバーとして、バトンパスの練習に励んでいた。


「都倉、もっとスムーズにバトンを受け取れ!」


 体育教師の鈴木先生の声が響く。

 汗で濡れたTシャツが背中に張り付き、走るたびに風が肌を撫でる感覚がある。

 何度目かのバトンパスを終え、給水所で一息つく。


「お、白組の練習も始まるみたいだな」


 佐々木が顎で向こう側を指す。

 グラウンドの反対側、白組のリレーメンバーたちが集まっていた。

 そして、その中に彼女の姿を見つけた。


 有栖川凛。


 彼女も女子リレーの選手になっている。

 長い髪を高く結び上げ、体操着姿で準備運動をしている。

 細くしなやかな脚に目が奪われ、思わず見入ってしまう。


「陸! 集中しろよ!」


 佐々木の声で我に返る。


「あ、ああ……」


 佐々木は俺の視線の先を見て、ニヤリと笑った。


「お前、有栖川のこと気になってんの?」

「そ、そんなことないよ」


 即座に否定する。


「そりゃまあ、綺麗だよな。特にあの脚線美は学年一だって噂だしな」


 佐々木が指摘する通り、有栖川のスタイルは抜群だった。

 細くて長い脚、引き締まったウエスト、そして控えめながらも確かな胸の膨らみ。

 どこか近寄りがたい雰囲気と相まって、クラスの男子たちの憧れの的だった。


「……でも距離感が難しそうだよな。なんか俺たちとは違う世界の人って感じじゃん」


 佐々木の言葉に頷きながらも、俺は有栖川のことを思い返していた。

 あの日の夕暮れ、校門で振り返った彼女の姿。

 そして、触れた時のあの不思議な感覚。


 ふと視線を移すと、有栖川が慌てた様子でグラウンドから離れていくのが見えた。

 早足で校舎へ向かっていく。


「あいつも最近おかしいよな」と佐々木。

「突然どこかに行っちゃうし、なんかあるんだろうな」


 俺は黙り込む。

 有栖川の様子と「下着消失現象」。

 何か関連があるんじゃないか……そんな考えが頭をよぎる。


 ◇


 練習が終わり、ロッカールームには疲れ切った男子生徒たちの声が響いていた。


「明日の体育祭、マジでやべーよな。クラス対抗リレー、負けられねーぜ」

「つーか、最近の『現象』がまた起きたらどうすんだよ?」

「まじで怖いよな。みんなの前で下着消えたらどうすんだよ……」


 男子たちの会話が耳に入る。

 俺は胃が締め付けられるような思いだった。


「そうだよな……明日の体育祭、人前で走って興奮したらどうしよう……」


 クラスメイトが冗談で言ったことが、俺にとっては切実な問題だった。

 数百人の前で走る。

 緊張して興奮した時、周囲の女子たちの下着が消えたら……。想像するだけで冷や汗が出てくる。


「陸、一緒に帰るか?」


 佐々木の声。

 

「ごめん、今日は一人で帰りたいんだ」


「そっか……じゃ、また明日な」


 一人で下校する道すがら、頭の中はぐるぐると悩みが渦巻いていた。

 この一週間、「能力」をなんとか制御しようと必死だったが、完全には防げない。

 特に明日の体育祭は最悪の状況だ。

 学校中が注目する中、興奮や緊張は避けられない。


 ◇

 

 夕暮れの街を歩きながら、何か解決策はないかと必死に考える。

 『能力』をどうにか消す方法は……。

 薬? 瞑想? はたまた誰かに相談するべきか?

 でも、誰が信じてくれるんだ?


 そんな考えに耽りながら、マンションの前に着いた。

 エレベーターで自分の階に上がり、鍵を開ける。


「ただいま……」


 返事はない。静まり返った部屋に足を踏み入れる。

 キッチンカウンターの上に、母からのメモが置いてあった。


『陸へ。今日も遅くなるから先に寝ていて。冷蔵庫にハンバーグ作っておいたから温めて食べてね。明日の体育祭頑張って!応援してるよ。 ―母より』


 ため息が漏れる。

 最近は母とすれ違いばかりだ。

 彼女は俺のために必死に働いている。

 だからこそ、この「能力」のことで心配をかけたくなかった。


 冷蔵庫からハンバーグを取り出し、レンジで温める。

 「チン」という音と共に、部屋に肉の香りが広がる。

 いつもなら食欲をそそる香りも、今は胃が重く感じられる。


 夕食を終え、入浴を済ませると、自室で勉強をしようとした。

 だが、教科書を開いても全く頭に入らない。


「どうすれば、この能力を消せるんだ……」


 呟きながら窓際に立つ。

 外は既に暗く、星が瞬き始めていた。

 そして、大きな満月が夜空に浮かんでいる。

 その銀色の光が、街を幻想的に照らしていた。


 満月を見つめていると、不思議と心が落ち着いてくる。

 同時に、有栖川凛の姿が脳裏に浮かんだ。


 彼女も今、この同じ月を見ているのだろうか?

 彼女の秘密と俺の能力。

 何か関連があるのではないか……そんな予感が頭をよぎる。


「有栖川……」


 明日の体育祭で、きっと何かが起きる。

 そんな予感が、満月の下で強まっていった。

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