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第1章 能力の覚醒

「うわっ!」


 またしても二度寝してしまった。

 目覚まし時計の針は既に7時30分を指している。

 大急ぎでベッドから飛び起きると、部屋の中に積み上げられた漫画の山に足を取られ、あわや転倒という危険な朝の儀式が始まった。


 俺、都倉陸。高校2年生、バスケ部所属の何の取り柄もない平凡な男子高校生だ。

 スポーツのおかげで細身ながらも多少は引き締まった体つきをしているが、それ以外は目立つところのない、クラスの中の「その他大勢」の一人だ。


 唯一の特徴と言えば、「人に迷惑をかけたくない」という気持ちが人一倍強いこと。

 それが高じて時々空回りしてしまうのが悩みだ。

 あと、困ると耳が真っ赤になるという、隠しようのない反応が出てしまうのも弱点だった。


「陸、朝ごはん置いとくから!」


 一階から母の声が聞こえてくる。

 急いで制服に袖を通し、鏡の前で黒髪の前髪を軽く整える。

 濃い茶色の瞳が映る鏡の中の自分は、寝癖が少し残っているものの、まあ人前に出られる程度にはなっていた。


 階段を駆け下りながらカバンに教科書を詰め込む。

 リビングに着くと、テーブルの上にはトーストと目玉焼き、それにオレンジジュースが置かれていた。

 母は既に仕事着のスーツに身を包み、出かける準備をしている。


「今日も遅くなるからね。夕飯は冷蔵庫にハンバーグの材料入れておくから、自分で作ってね」


 タンスの肥やしになっていたエプロンを手に取りながら、母は少し申し訳なさそうに言った。

 父が家を出て行って以来、母は二つの仕事を掛け持ちしてなんとか俺たちの生活を支えてくれている。

 だから小さい頃から、家事は自分でやることが当たり前だった。


「任せて。今日はデミグラスソースにしてみるよ」


 母の顔に笑顔が広がる。料理は得意な方だ。

 というか、せめてそれくらいは自分でやらないと、母に申し訳ない。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 玄関先での短い会話を交わし、母は出勤していった。

 俺も急いで朝食を胃に流し込み、歯を磨くと、制服の第一ボタンをきちんと留めて家を出た。


 五月の青空が晴れ渡り、街路樹の緑が鮮やかに輝いていた。

 玄関を出て数歩歩いたところで、隣のマンションに住む田中沙織さんとばったり鉢合わせた。


「あら、陸くん。おはよう」


 沙織さんは、地元の有名大学に通う大学3年生。

 少し小麦色の肌が健康的な印象を与える。

 今日は前髪を軽く上げて、肩くらいの長さの髪を後ろでまとめている。

 細身ながらも女性らしい曲線を持つスタイルで、大人の色気を醸し出していた。


「おはようございます、沙織さん」


 両手いっぱいに参考書や資料を抱え、ショルダーバッグも資料で膨らんでいる。

 スキニージーンズに薄手のサマーセーターという出で立ちで、明らかに急いでいる様子だった。


「今日、朝イチから大事な講義があるんだけど、資料集めに夢中になりすぎて……」


 焦った表情で言いながら、彼女はスマホで時間を確認している。

 朝日を受けて輝く彼女の横顔に、思わずドキリとした。

 子供の頃から知っている幼馴染のような存在なのに、最近は妙に意識してしまう。

 大学生になってから、さらに大人っぽく綺麗になった気がする。


「手伝いましょうか?」


 思わず口から出た言葉。

 人に迷惑をかけたくないというより、困っている人を見ると放っておけない性分なのだ。

 特に沙織さんには。


「ありがと。でも大丈夫よ。あとちょっとだし……」


 そう言いかけた時、俺の足元から茶色い影が駆け抜けた。

 近所の飼い猫のミーちゃんだ。


「わっ!」


 ミーちゃんが俺の足に絡みつくように飛びついてきて、バランスを崩す。

 よろめいた俺は、思わず沙織さんに接触してしまった。

 その瞬間、なんとも言えない電流のような感覚が指先から体中を駆け抜けた。


 全身に鳥肌が立つような奇妙な感覚。

 同時に、沙織さんの柔らかな、ふくよかな胸の感触が手の平に伝わってきて、思わず顔が熱くなる。

 彼女の香水の香り—ほんのりと甘い果実のような香り—が鼻をくすぐる。


「大丈夫?」


 沙織さんの心配そうな声に我に返り、慌てて手を引っ込めた。


「は、はい。すみません、急いでるところ……」


 頭を下げ、足早にその場を離れようとする俺。

 だが背後から、


「きゃあっ!?」


 沙織さんの悲鳴のような声が聞こえた。

 振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 スキニージーンズを履いた沙織さんだが、そのジーンズの上からでもはっきりとわかる。

 下着が……ない。

 ジーンズの生地がくっきりと彼女の丸みを帯びたヒップラインを浮かび上がらせていた。


「な、なに……これ……」


 沙織さんは片手で参考書を抱えながら、もう一方の手で自分の体を確かめるように触れている。

 完全に混乱している。


「あ……あの……」


 言葉を失う俺。

 沙織さんはパニック状態で辺りを見回している。


「どうして!? 下着が……なくなった!?」


 彼女は小声で叫んだ。

 彼女の顔が真っ赤になっている。

 俺も顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。


「す、すみません!」


 とっさに謝罪の言葉を吐き出し、そのままダッシュで逃げ出した。

 後ろから沙織さんが何か叫んでいる声が聞こえたが、もう振り返る勇気はなかった。


「はぁ……はぁ……」


 しばらく走って、コンビニの角で立ち止まる。

 胸がバクバクと鳴っている。

 

 今の何だったんだ? 幻覚か?

 

 いや、沙織さんの反応を見る限り、明らかに何かが起きた。

 でも、どうして下着が消えるなんて……。


「おーい! 陸ー!」


 考え込んでいる俺の背中を、誰かが強く叩いた。

 振り返ると、親友の佐々木翔が立っていた。


 佐々木は俺より一回り大きい体格で、茶色の短髪をした活発なタイプだ。

 バスケ部のエースであり、明るくて社交的な性格から、クラスでも人気者だった。

 今日もいつも通り、第一ボタンを外したワイルドな着こなしの制服を着ている。


「おはよう」


 俺の憔悴しきった声に、佐々木は眉をひそめた。


「どうした? 顔色悪いぞ? 朝飯食ってきたか?」

「ああ……ちょっと、変なことがあって」


 言いかけて止まる。

 あんな非現実的なことを言っても信じるわけがない。


「ん?なんだよ?」

「いや、なんでもない。ちょっと寝不足なだけ」


 嘘をつくのは得意じゃないけど、今は話せない。

 佐々木の見るからに不審そうな顔を見ないように前を向いて歩き始めた。


「あのさ、昨日のゲーム、最後のボスやっと倒せたんだよ!」


 佐々木は話題を変えて、最新のオンラインゲームについて熱く語り始めた。

 いつもなら俺も興味を持って聞き入るところだが、今日は頭の中がパニック状態で、半分も耳に入ってこない。


 なぜ下着が消えたのか?

 様々な疑問が頭の中をぐるぐると回る。


「ってか、沙織さんってめちゃくちゃ可愛いよな。陸、羨ましいぜ、隣に住んでて」


 突然の沙織さんの話題に、俺はビクッと体を震わせた。


「お前、朝見なかったか? 今日もスキニーがキツそうで……あの細い腰から膨らむヒップライン、たまんねーよな〜」


 にやけながら言う佐々木に、俺は「うん」と生返事をする。

 今朝見た沙織さんのパニック状態の顔が頭から離れない。


「おい、上の空だな。もしかして……沙織さんのこと、好きなのか?」

「ち、違うよ!」


 思わず声が上ずる。


「まあまあ。隠さなくてもいいって。俺に隠し事なんてしても無駄だぜ」


 そうやって茶化しながら、佐々木と一緒に校門をくぐった。


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