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第4話 北川 茜。

自動車産業に従事していた両親のもとに生まれ、私は愛されて育った。


また、幼い頃からよく近所の図書館で本を読み耽っていた、私は勉強に困ることはなく文武両道で中高大とトントン拍子で最高学府まで駆け上がった。


学費は無償でバイトも最小限に留められていたためキャンパスライフは順風満帆だったが、それでも時間があったのでNPOボランティアに参加することにした。


その時、私はこの街のリアルを知った。


場所は足立区で、ここは東京都が見捨てた地区と言われていた。

確か都は経済特区、観光特区、金融特区を設けた反動で、都のリソースはそちらのインフラ整備、消防、警察、病院施設や人的リソースを注ぎ込み過ぎた影響で、荒川から千葉県境までの地区行政サービスが酷い事になっているとは聞いていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。


ゴミは辛うじて収集されてはいるものの、道路の舗装は大通り以外は摩耗が進み目に見えてわかる窪みが散見されていた。

そして、何よりも目についたのは、道ゆく人たちの大多数が明らかにガラの悪い人で、学校の時間でも中学か高校生の子供達と妙に親しげに話しているのが多く見られた事だった。


部活の遠征で治安の良くない地域などに赴くこともあったため、そういった街の雰囲気は知ってはいたが、ここは明らかにそれとは違う異質さを醸していた。


それでもその地域でしばらく、炊き出しやお母さん食堂、無償授業、子供パトロールなどに積極的に従事はしていたが、やはり対症療法で誤魔化しているに過ぎず根本的に何かが変わる感触はなかった。


『やはり、選挙で変えないといけないですね』


「....たはは」


そして、いつもの活動を行なっている際に、地区の行政を最低ラインに戻すための当然の解決策をボソリと会話の隙間に話すと、活動歴が長い古株のNPOボランティアの方は何故か渋い顔をしながら、乾いた笑いを吐いていた。


「...?」


その時は特段気に留めてはいなかったが、その表情の意味がわかるのに必要な時間はそう多くはなかった。


それはNPO団体への義援会の集まりでの事だった。

団体の支部に集まったのは、著名な企業家や、有志の人などだった。その中には区議会議員の人もおり、長い結成歴からも地元の人たちとの繋がりが深さが感じられた。

おそらくだが、自分の知らないうちに少しずつ有力者が集まって、区議会から変えようと動いているのだと納得していると、こんな事を類推していなければ見落とすはずのとある二人が親しげに話しているのが目に入った。


そこには、この場にそぐわない真っ白なダウンに脱色した短髪の男と、よく新聞で見かける区議会議員が話し込んでいた。


男は表情を変える事なく見下ろしながら話しているのに対し、議員はペコペコと頭を小刻みに下げながら額に汗を滲ませていた。


テレビ越しに見るそう言った事象は、腹立たしさを覚えつつもどこか画面の向こうで起きている無関係な事だと無意識に思っていた。


だが、目の前のこれはそういう事だと理解してしまった。


そして、私はNPOを通した活動を辞めて、SNSで有志を募っている青空教室に活動を移した。


しばらくその活動を続けている中、前よりは確実に前に進んでいるのがわかった。


ネグレクト気味の子供達に僅かながらでも自分の知識や経験を教えることで、確かに未来にバトンを渡せられていたと、そう実感でき勝手ながらもやり甲斐を感じた。


それでも心の奥底では根源的な問題への対処ができていない事は、どう足掻いても理解していて、その無力感からは抗えなかった。


結局、これから私は行政が機能している比較的裕福な自治体で教師をして、しばらくしたら家庭を持って、老後は国の庇護下で安全に悠々自適に過ごすのだと....

そうして、偽善じみた意味のない今の活動は忘れ去って、結局自分だけでは変えられないのだと、なりたくなかった大人のような体の良い言い訳で塗りつぶして、自分と大切な人間だけの世界で平穏に暮らすのだろうと、その見通しは諦観の底に埋もれていた。


その筈だったが、私の人生はあの日から全てが変わった。


それは、いつものようにホワイトボードがギリギリ入るくらいの狭い教室で授業をしていた時だった。


2033年 4月19日 am 9:30 東京都 足立区。


「ーー・・じゃあ、次の問題は市瀬くんが....」


「お邪魔しまーす!!」


勢いよく乱暴に開かれた扉から、大声を上げながら趣味の悪い緑色の髪色をした男が現れた。


「え...誰ですか?」


虚を突かれながらも、すかさず子供達と男との間に立った彼女は出来るだけ刺激しないようにと、男に質問を投げかけた。


「え?!誰ですかじゃねぇよっ!!」


「うわっ?!」


「「先生っ!!」」


興奮気味の彼はダンボールの机を蹴り飛ばし、思わず生徒らは先生の後ろにしがみついた。


「この辺で活動するなら、俺らに挨拶するのが礼儀だろっ!!」


今度はホワイトボードに小手を叩いて更に、彼女らを萎縮させていた。


(....完全に失念してた。あそこだったから、今まで何もなかったんだった....)


NPO団体の時はこんな目には合わなかったのは、色々と上層部で話が通っていたのを彼女は今更ながら痛感していた。


「で、どう埋め合わせするの?」


声を荒げ、限界環境の教室を荒らしまわった男は一転して、彼女の顔の至近距離まで近づいて、

妙に据わった目でそう問うた。


「っ....ぇ....あ」


子供達を背にして後ずさることはなかったが、その場しのぎの言葉が通じない相手を前にして頭が真っ白になってしまった。


「じゃあ、2択だ。」


「え?」


「一つは、今日中に100万。」


「え...100万円なんて....」


貯金はしていたが、ここの管理費と維持費で殆ど使い切ってしまっているため、学生の彼女にそんな大金はなかった。


「あ?シャバいな、ならここでの活動を続ける限り、風呂屋で働け。それで今までとこれからに目を瞑ってやる。」


それを承知の上で、男は更に悪化した選択肢を突きつけた。


「なっ、そんなのあんまっ...うぐっ....っ」


同列の選択になっていないのに講義しようとすると、物理的に口が手で押さえつけられた。


「....立場わかってないね。」


女に口答えされたのが癇に障った男は、中国訛りのイントネーションで釘を刺した。


「っ....っはぁ...」


程なくして、手を離された彼女は頬越しに歯茎が圧迫されジンジンするのを抑えながら、ここの切り抜け方を模索していた。


(この人からの選択肢に、あぐねる度に条件が厳しくなってる.....警察に連絡しても民事不介入とかで意味はない....どうすれば....)


「...こいつらは、学校に行ってないのか、よし、とりあえずこいつで今日はよしとしよう。」


「やっ?!先生!」


そうこうしているうちにも選択肢は悪辣さが増していき、男は北川にしがみついている7才くらいの女の子を無造作に掴み上げた。


「ちょ、離してくださいっ!」


「日本人の子供は金になる。一日遅れるごとに一人ずつ連れて行くからな」


彼女は彼に掴み掛かるが、彼女の膂力では彼を引き止めることが出来ず引きずられる形になったが、彼はそれに気にも留めずに頼んでもいない事を独り言のように話していた。


「っ...返してください!」


「お、早いじゃねぇか」


建物の前にまで来てしまい、彼の迎えらしき車が待ち構えていた。


「じゃ、また明日なっ」


「ぐっ....スゥ...はぁ...」


脇腹を蹴り放られた彼女は肺の空気が吐き出され、コンクリの地面に這いつくばっていた。


「「先生っ!」」


「だ...め、中にいて...」


教室にいた生徒達は彼女に駆け寄ったが、それは生徒達をさらに危険に晒す行為であり、声を発する空気もままならない彼女は絞るように教室に戻るように言った。


ジンジンとした鈍痛に、生徒達の声、恐怖で怯えこちらを見る連れられてる生徒、そして、白昼堂々と行われている誘拐を見て見ぬふりの通行人が嫌に目に入る。


(...あぁ、私にもっと力があれば)


教師の端くれでも、生徒を守れずただ目の前で攫われているのを見ている自分の無力さに打ちのめされ、自分の弱さが許せなくなる。


それでも時は止まってくれず、黒のヴェルファイアから中肉中背のオールバックの男が降りてきた。


「おい、何してる」


それは幸か不幸か、その男は彼女の運命を変えた。

北川 茜 あかね。24才 大学院生 出身 : 愛知県

168cm 55kg

大学を機に上京。大学寮に住んでおり無償の奨学金でバイトは殆どしていない。

小中高と剣道一筋。

いつもポニーテール、見た目はそこそこで、胸は一切ない。

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