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サジタリウス未来商会と「運命の分岐点」

満員電車の中、浅川徹也はスマホを見つめながら眉間にシワを寄せていた。


転職サイトの通知が、ここ数日ひっきりなしに届いている。

30代半ばの徹也は、現在の職場に不満を抱えていた。


「上司は頑固だし、同僚はやる気がない。ここにいても成長なんてできやしない」


だが、いざ転職となると、不安が募る。


「今の仕事だって、悪いところばかりじゃないし、収入も安定してる。変わることで、もっと悪くなるかもしれない……」


降りる駅に着いても、決断できない気持ちはそのままだった。


改札を抜けると、何気なく歩いた路地裏で奇妙な店に出くわした。


それは、古びた木造の小屋のような建物で、入口には手書きの看板が掲げられている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会……?」


徹也は一瞬立ち止まったが、妙な引力に引かれるようにその店の扉を開けた。


店の中は、狭いカウンター席だけがある質素な造りだった。

その奥には、白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。


男は徹也を見るなり、穏やかに微笑んだ。


「いらっしゃいませ、浅川徹也さん。ようこそサジタリウス未来商会へ」


「俺の名前を知ってるのか?」


「もちろん。そして、あなたが今抱えている迷いも分かっていますよ」


「迷い……?」


サジタリウスは、カウンターの下から奇妙な装置を取り出した。

それは、薄い透明な板のようなもので、内部には無数の光の線が交差している。


「これは『運命の分岐点』です」


「運命の分岐点?」


「ええ。この装置を使えば、あなたの人生がいくつもの選択によってどのように分岐するかを視覚的に確認することができます」


徹也は半信半疑のまま装置を覗き込んだ。


「これで、俺の未来が分かるってことか?」


「分かるのはあくまで可能性です。それが本当にそうなるかは、あなた自身の選択次第です」


サジタリウスの言葉に促され、徹也は装置に手を伸ばした。

透明な板を軽く触れると、光の線が動き始め、彼の人生の「分岐点」を示す映像が浮かび上がった。


最初に映ったのは、「転職する」という選択肢を取った未来だった。


映像の中の徹也は、新しい会社で新しい仲間に囲まれ、やりがいのある仕事をしているように見えた。

だが、次第に映像は変わり、長時間労働や過酷な業務に疲弊する姿が映し出された。


「こんな未来になる可能性もあるのか……」


次に映ったのは、「転職しない」という選択肢を取った未来だった。


今の職場で耐え続ける徹也の姿が見える。

そこには変化のない日々が続くが、やがて映像は、同僚との信頼関係を深め、上司との和解を果たす場面に変わった。


「どちらの未来も、一長一短だな……」


その後、装置はさらに細かい分岐点を映し出した。

「新しい趣味を始める」「恋人との関係を進展させる」「全く別の道を模索する」――


映像は次々と切り替わり、それぞれの選択がどのような未来をもたらすのかを示していった。


だが、それを見れば見るほど、徹也の中に一つの疑問が湧いてきた。


「どれも、俺が期待する完璧な未来じゃない……」


再びサジタリウスの元を訪れた徹也は、問いかけた。


「ドクトル・サジタリウス、この装置を使えば、未来の選択肢が分かることは分かりました。でも、それを知ったところで、結局どれも完全には満足できない未来のように思えます」


サジタリウスは静かに微笑み、答えた。


「それが現実というものです。どの選択肢も完璧ではありませんが、選び取ることで初めて未来が形作られるのです。そして、その過程こそが本当に大切なのではありませんか?」


「でも、選択を間違えたらどうすればいいんだ?」


「選択に正解があると思うのは幻想です。大事なのは、どんな選択をしたとしても、それを自分の力で『正解』にしていくことです」


徹也はしばらく黙って考え込んだ。


その日以来、徹也は「完璧な未来」を求めるのではなく、「自分が納得できる選択」を心掛けるようになった。


職場では、自分なりの工夫を加えながら新しいプロジェクトに挑戦するようになった。

また、プライベートでも、これまで躊躇していた趣味やチャレンジに一歩踏み出した。


ある時、同僚にこう言われた。


「浅川さん、最近なんだか前向きになりましたね」


徹也は笑顔で答えた。


「どんな未来でも、俺が形にしていけば、それが正解になるんだよ」


サジタリウスは路地裏の店で、次の客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。


【完】

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