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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
ここまでの登場人物紹介
71/79

神は彼女の秘密を公にした①

■■■■■




 自己成長を遂げるためには、自分の長所と弱点の把握に努めること……

 それは、僕のような平凡で普通のかたまりみたいな人間にとっては、ただの拷問でしかない。


 僕は僕のことが、大嫌いだ。

 何の取り柄もないし、性格だって普通だ。勉学にもムラがあるし、人望だって中の上あるかないかで怪しいところだ。

 だから、何故こんな自分に興味を抱いてもらえるのか、僕にはそれが不思議で仕方がない。


 彼女に自分の気持ちは伝えないと決めていた。

 でも、これに関しては白状してしまうと、半分はただの弱虫の言い訳だった。


 目先のことから逃げることばかり考えて、態度に保留を決めてきた。建前という武器を盾にして、本音を隠して怯えている。決めてしまうこと、口に出すことを拒絶して、いつも曖昧な態度で誤魔化してきたのだ。


 拒絶されるのが怖い。

 今の関係性を、壊したくない。

 僕には特等席に座る資格がない。

 それなら、いっそうのこと現状維持が一番平和だ。

 ずっと、そう思っていた。


 僕は駄目な人間だ。

 勢いに任せることも出来なくて、中途半端に埋もれている。


 もっと魅力的で、包容力にも知性にも溢れて、選ばれて然るべきな人は、この世界には五万といる。

 天才である彼女と僕とでは、釣り合わない。だから、何で僕が彼女の眼中にいるのかが不思議で仕方がない。

 何故、彼女が僕の動向に腹を立てているのかが理解が出来ない。


 僕は一方通行な関係性に満足していて、追っ掛けることだけで充分だった。

 だから、想定外の出来事に困惑以外の感情が思い付かなかったのだ。


 もう後戻りは出来ない。

 どうやって前進をするべきなのか、僕はずっと考えていた。

 誰か一人の特別になりたいのに、それが許されるのか自信がない自分がいる。


 僕には一体、何が出来るのだろう。

 僕は再び、己の矜持を考えていた。






◆◆◆



 天高く馬肥ゆる秋とは言うけれど、僕の心はどんよりとした曇り空のようだった。


 あれから一週間が経った。

 結局のところ、文化祭はいつの間にか終わっていて、正直なところ何をどう過ごしたのかは記憶がない。


 あの日以来、僕は彼女とも佳央理とも殆ど口を利いてはいなかった。もしもタイムリープが出来るなら、彼女がこの街にやってきた四月の段階からやり直したい。だけど、そんなことは出来るわけがないのは、頭ではしっかりと理解をしていたのだ。



 知らぬが仏だった。

 正直なところ、もう僕の気持ちは彼女に言ってしまったも同然だ。だけど彼女に僕の本心が伝わっているかどうかは、また別の話だと思う。


 彼女との発展した未来を手に取れば、それは必然的に佳央理を傷付けることになる。ぶっちゃけ、先日佳央理を放置して彼女を追いかけてしまった時点で、十分に嫌な思いをさせているのだけど、僕は咄嗟に優先順位をつけてしまった。



 彼女のことはさておき、佳央理との答えはもう決まっている。それは佳央理もわかっていて、僕らはその自然の倫理に抗うことは難しい。だけど、こんな形で蹴りを付ける訳にもいかない。僕にとっては、佳央理も大切な人だからだ。


 誰かに相談したくても、流石に佳央理の事までは口にする訳にもいかない。こんなクソ野郎の何が良いんだか、正直彼女たちは節穴だらけだと思う。


 ダラダラ引き延ばしをしたところで、僕が最低最悪野郎であることには変わりはない。もう、僕の凝り固まった頭の中では、答えなんて見つからなかったのだ。



 憂鬱な朝だった。

 それが気分に起因しているのか、肉体の限界からくるものなのか、正直なところ僕にはよくわからない。先週の土日も、微妙な空気のまま稽古で学校には行ったし、今週の土日は文化祭だった。そして翌日を迎えた今日は片付け日で、連日の登校が続いている。



「おはよう 」


「あら、恒星、おはよう。あれ? あんたは今日も朝練は行かなくていいの? 麻愛ちゃんは、とっくに出て行ったわよ 」


「えっ? ああ。僕は夕練に出るから、朝はいいよ 」


「そう? 最近、あんたと麻愛ちゃん、バラバラで学校に行くことが多いけど、何かあったの? 」


「いや、別に。何もないけど 」


「そう? それならいいけど。あんたたち、この前の制服泥だらけ事件から様子が変よ? 家でも、全然口を利いてないじゃない? 」


「……気のせいだと思うけど 」


「そう? それならいいけど。喧嘩してんなら、恒星に100パーセント過失があるんだろうから、さっさと謝りなさいよ。はい、これ。麻愛ちゃんに渡しとして 」


「弁当? 」


「そう、麻愛ちゃんが忘れて学校に行っちゃったから。ちゃんと渡すのよ 」


「……はい 」



 あの日から、彼女は一人で朝練に行くようになっていて、それが一週間以上、続いている。簡単に言うと、僕は彼女から避けられているのだ。亀裂はすぐに塞がないと、どんどんと取り返しがつかなくなる。それは重々に承知していた。





◆◆◆



「恒星、悪いけどそこにある輪ゴム取って 」


「ああ 」


「あっ、サンキュー そしたら、そっちの廃材は燃えないゴミに纏めといて 」


「ああ 」


 片付けまでが文化祭、とは良く言ったものだ。

僕は彼女の弁当は鞄の中に放置して、匡輔に連行されるがまま、文実の掃除を手伝わされていた。

片付け日の今日は授業はない。

 少数精鋭の文化祭実行委員は、学校内のあらゆる製作物の撤収作業に散っていて、僕はこの荒廃した文実室の片付けに駆り出されたという寸法だった。



「文化祭の片付けってさ、めちゃくちゃ面倒なんだよなー 」


「ああ 」


「半年間、見て見ぬ振りをしてきた、負の遺産と向き合わなくちゃならないし 」


「ああ 」


「修学旅行も終わったし、文化祭と体育祭が終わったら、俺らもいよいよ進路について考えなきゃならないよな 」


「ああ 」


「つーか、恒星さ、この前 麻愛ちゃんを押し倒したって本当なのか? 」


「ああ…… って、ハハアっッ? 」


 僕は急に我に返ると、匡輔の質問を大きめな声で罵倒していた。何か、色々端折られて、しかも話が大幅に誇張されているのは、気のせいではないと思う。


「お前さ、麻愛ちゃんと喧嘩してるだろ? 焦ったのかも知れないけど、だからって押し倒すのは順番的にもアカンやろ。早く仲直りしろよ、こっちもやりづらくて仕方ないから 」


「いや、喧嘩って言うか…… つーかっッ、そもそも能動的に押し倒してはないっ。あれは、その、ただ転けただけで。アクシデントというか、何というか…… 」


「アクシデントなら、何で急に全然口を利かないんだよ。普段はあんなに仲良くしてるだろ 」


 やっぱり匡輔にはバレていたらしい。だけど匡輔の指摘は少しだけ間違っていて、これは喧嘩というより、気まずいという感情が先行している事象なのだ。


「匡輔は…… どこまで、聞いてるの? 」


「さあ、どこまででしょうか? 」


「質問に答えろよ 」


「おっ、怖っッ。つーか、そんなの俺が答えなくても、わかるだろ? 」


 犯人は椿か……

 ということは、あの痴話喧嘩は、ほぼ筒抜け状態に等しいのだろう。

 僕は、もうその解を言うことすら馬鹿馬鹿しくなっていた。


「細かい事情は知らないけどさ、お前は麻愛ちゃんのことが好きなんだろ? 」


「…… 」


「俺もさ、そんなに長く椿をレンタルされるのは癪なんだよ。だからさっさと謝れ。それと、ちゃんと麻愛ちゃんに恒星の気持ちを伝えろ 」


「そんなこと言ったって…… 」


「お前、男だろ。だったら、ちゃんとハッキリしろよ 」


「匡輔だって、椿のことはハッキリしてないじゃないか 」


「ったく、そんなことは物心付いたときから承知してるから、今は俺らの話はいいんだよっ。つーか、いま椿が弓道場にいるから、会いに行くぞ 」


「ハア? 何で? 」


「アイツは今ひとりで、弓道場の掃除をしてんだよ。射会で出た、ゴミとか片付けなきゃならないだろ? 麻愛ちゃんの言い分を全部聞いて相談に乗ってるのは椿だから、ちゃんと向こうの思ってることに向き合って、どうやって謝るべきかを考えろ 」


「何だ、そりゃ…… 」


「いいから、とっとと行きやがれ。このスーパーチキン鶏ガラ水炊き野郎っッ 」


バァッチーーン!!


「いでヅッ! オ゛い゛ッッ、尻を蹴るなよ尻をッっ 」


「悪いけど、うちの大事な次期女将を、いつまでも貸してやるほど俺は親切じゃないからな。さっさと蹴りをつけるぞ 」


 僕は最終的に匡輔から今年一番のタイキックの洗礼を浴びると、あっさりと文実を追い出される羽目になった。






 僕はこのとき、まだ何も知る由はなかった。


 この匡輔の采配は、結果的に僕らの未来を繋ぐことになる 

 だけどそれと引き換えに、彼女の偽りの自由には終止符を打つことにもなったのだ。







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