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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな日常を与えた
7/79

神は彼女に友だちを与えた

◆◆◆


 母さんと彼女は手続きや挨拶があるらしく、職員室へと行ってしまった。僕は荷物を部室に置いてから、体育館へと向かう。

 普通科は二クラスしかないから、進級しても半分は同じような顔ぶれが揃う。クラス替えに意味があるのかはどうかは良くわからないが、いくつになってもこの瞬間というのは緊張するものだ。

 僕はほぼ知った集団の中から相棒を探すと、ほぼ反射の領域でヤツに近寄った。


「匡輔、おはよー 」


「おっ、恒星。意外と早かったじゃん 」


「ああ、道が空いてたから 」


 匡輔は少し汗をかいていて、学ランのボタンを全開にして裾を扇いでいた。何も言ってこない辺りから察するに、どうやらヤツもまだクラス発表は見て いないらしい。


「そーいや、おまえんとこの居候の女の子、名前、何て言うの? 」


「別に居候じゃない。彼女はうちの寮に住んでるから 」


 まあ…… 今のところ寝るとき以外はうち(荒巻家)にいるから居候っちゃ居候かも知れない。でもまあ、特に言う必要もないだろう。だけど、やっぱりこんな曖昧な返答では匡輔は納得しなかったみたいで、さらに怪訝な顔をして声色を強くした。


「じゃあ、一体何なんだよ? 」


「彼女は…… 父さんと母さんの友達の娘さん。イギリスに住んでたらしいんだけど、暫くうちで下宿するんだって 」


「イギリス!? って……帰国子女ってこと? 」


「ああ、うん、そういう感じなんじゃない?僕も詳しくは聞いてないケド…… 」


 嘘は言ってない。事実を伝えただけだ。

 そもそも彼女は生まれてからずっとイギリスで暮らしてた訳だし、そもそも帰国子女とか、そういうカテゴリーで分けることは難しい。それに僕自身もあんまり状況はうまく飲み込めてないのが正直なところだ。


「でさ、名前は? 」


「御坂麻愛…… 麻愛は植物の麻に愛って書いて麻愛って字 」


「麻愛ちゃん? 可愛い名前だね 」


「そうだね 」


 彼女の本名には、本来ならばミドルネームに、とある花の名前が入るのだが、それは日本では使わないつもりとのことなので匡輔に説明するのも省いておく。

 それに彼女の本名をネットで検索しようものなら、天才少女として数々の記事がヒットしてしまうから、その辺りの不安もある。


「で、麻愛ちゃんだっけ? 今はどこにいるの? 」


「母さんと職員室。でもそろそろ体育館(こっち)くるかも 」


「特徴は? 」


「髪は短い。髪の毛は亜麻色 」


「アマイロ? って、何だ? 」


「茶色のことだよ 」


 僕は匡輔の反応に少しガッカリしつつ、辺りを軽く見渡し彼女を探した。自分たちには馴れた場所でも、彼女にとっては初めて目にする光景な筈だ。こういうときは、みんなを無個性で一色単にしてしまう制服というツールが鬱陶しい。だけどいくら何でも、一人でこの輪の中には入ってないだろうから、今は教師と一緒にいるのが相場だろう。


「おい、恒星、もしかしてあの子? 」


「えっ…… あっ…… 」


 匡輔の指差す先には、彼女がいた。

 彼女は勝手がわからないのか、一人で外野の如く中の様子を伺っている。だいたい教員たちもそこまで忙しくはないだろうから、もう少しケアしてやればいいのに気が利かないもんだと思った。


 僕は匡輔と一緒に彼女に駆け寄った。

 彼女は足を揃え、ピシャリと直立不動だった。


「麻愛…… 」


「あっ、コーセー! 」


 僕が名前を呼ぶと、彼女は胸に手を当ててハァと一息つきニコリと笑顔を見せた。

 そしてすかさず、匡輔からツッコミが入った。


「こっ、恒星…… 」


「何だよ? 」


「今、御坂さんのこと、名前で呼んだ? よねぇ? 」


「一応、幼なじみだからね 」


 僕は冷静を装いながらも、匡輔に優越感を感じながら、勝ち誇るように言い放った。するとその様子を見ていた彼女は、何故か堪えるようにクスクスと笑い始めた。何がツボだったのかは全然わからなかったが、彼女は少し楽しそうだった。


「私は御坂麻愛。私のマ……、ううん、私の両親がコーセーの両親と友達で、暫くお世話になることになったの。宜しくね 」


「ああ、俺は芦屋匡輔。恒星とはこいつが小学校のとき転校してきてからの友達なんだ。こっちこそ宜しく 」


「宜しくね。えっと、キョースケって呼んでいい? 」


「ああ、もちろん、ってオイ! 何すんだよ、恒星っッ 」


 僕は彼女の天然爆弾発言を聞いて、思わず匡輔の足を踏んづけていた。

 ほぼ初対面から、日本の男子高生を下の名前で呼ぶのは、些かリスクが有りすぎる。勘違いを拗らせて、ヤバい未来が訪れるのは明白だ。それに僕の本能が、彼女のそれを許すなと言っている。


 僕は軽く深呼吸をすると、


「麻愛、コイツのことは……匡ちゃんって呼ぶといい。匡輔は本当は【匡ちゃん】って話しかけられるのが一番好きなんだ。ついでに言うと、他の男子は名字に君づけで呼ぶのがポピュラーで、みんな喜ぶハズだから 」


「へー、そうなんだ。わかった。コーセー、教えてくれてありがとね 」



 彼女は疑うことなく、僕の言い分に納得してくれた。


 僕は彼女に、堂々と風説を流布してしまった。



◆◆◆



 僕はクラス替えの模造紙を見て、安心と不安が入り交じる感覚を覚えた。


 マジか。

 まあ、二クラスしかないし確率は半分だからな。


 一年も一緒に過ごすメンバーは重要だ。

 周りの人間たちも、一喜一憂している。

 だけどよりによって、彼女とも匡輔とも同じクラスなのは、なかなかの引きの強さを感じてしまう。


「おっ、恒星! 二年も同じクラスってラッキー! 」


「ああ、宜しく 」


 匡輔は僕の肩に勢いよく手を掛けてくる。

 何だかんだで、コイツとは小さい頃から何年もずっと一緒だ。


「麻愛…… 僕ら、同じクラスみたい 」


「うん、ちょっと安心した 」


 彼女はあまり表情が変わらない。だけど彼女の発する言葉は、いつも素直な気がする。それは決して彼女が意識的にそういているのではなく、そういう性格なのだと思う。


「あのさ、始業式は名簿順。その、あいうえお順に並ぶから。僕らは荒巻と芦屋だから前の方なんだ。ちょっと、こっちに来て 」


 僕は列の後ろの方を指差すと、彼女を誘導した。彼女は編入生だから、突然始業式から僕たちの輪にぶちこまれる。なかなかなスパルタな環境だ。


 マ行だから後ろの方……

 みさか……だから、この辺りか? 

 取り敢えず彼女を連れてきたものの、そのまま放置するのは憚られた。こういうときは、声をかけやすい女子に託すのが良案だ。


 僕は彼女の名簿の前の 間嶋椿を捕まえると、こんなふうに声をかけた。


「あの、椿…… 」


「何? 恒星? 」


 椿は不機嫌そうな表情を浮かべて、僕を一蹴した。


「今日、朝練サボったでしょ? 」


「なっ…… 開口一番それかよ。今日は事情があったから休んだだけだよ…… 」


 何で匡輔は椿に理由を説明をしてないんだっッ。気づくと、僕は拳を握りしめていた。アイツを殴り倒したい衝動に駆られたが、ここは冷静に本題を話すことにした。


「あのさ、椿…… 彼女は編入生の御坂麻愛さん。うちの寮の人なんだけど、帰国子女で日本の学校慣れてなくて。ちょっとフォローしてもらっていい? 」


「へー。帰国子女! 何か格好いいね 」


 椿のざっくばらんさは、短所でもあり長所でもある。すると椿は手のひらを返したように、彼女の手を取った。


「あの…… 宜しくね。私、御坂麻愛 」


「こっちこそ宜しくね。私は間嶋椿。椿でいいよ。恒星と匡輔とは、弓道部で一緒なの 」


「キュードーブ? 」


「うん。アーチェリーの日本バージョンみたいな感じ 」


「…… 」


 彼女はわかったんだかわからないんだか、よくわからない表情を浮かべて考えていた。きっと和弓というものが、イマイチ想像できないのだと思う。

 すると、そんな彼女の様子を察した椿は大胆な提案をしたのだ。


「あのさ、御坂さん、今日このあと暇? 」


「えっ? うん、たぶん暇 」


 彼女は僕の顔をチラリと振り返りながら、椿の問いに返事をした。すると椿は待ってました! と言わんばかりの表情を見せて、一言彼女にこう言い放った。


「そっか! それなら放課後…… うちの部に見学に来ない? 」




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