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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
ここまでの登場人物紹介
64/79

神は僕らに色の対極を学ばせた

■■■■■



 僕たち一行は皇居の外苑で食事を済ませると、国会議事堂と憲政記念館を回って、近くにあるとある民放のテレビ局に見学に来ていた。


 当たり前だけど、国会や憲政記念館で静かにしていた分、その反動でテレビ局という華やかな場所への訪問というのは、気分も高揚するものだ。

 ニュースの天気予報で見るお馴染みの玄関を横目に、僕らはテレビ局の中へと歩を進める。局の玄関というのは、想像していたよりも普通のオフィスといった感じだけど、壁一面に貼ってある見知ったドラマやバラエティーのポスターが、僕らのテンションを刺激した。


「うわっ、スゲー! 恒星、やっぱテレビ局はワクワクするな。芸能人とか、歩いてないかな? 」


「ああ。僕もさっきから、目を凝らしてる 」


 僕たちが今回訪れたのは、赤坂にある某有名なテレビ局だった。

 何でも一日数組限定の社会科見学に、うちの高校が奇跡的に当選したらしい。非常にラッキーなことに、手の空いたアナウンサーが案内してくれるらしいから、少なくとも一人は芸能人に会えると思うと嬉しいものだ。

 僕らが整列してエレベーターの前で待機していると、旗を掲げた女性がこちらへと来てくれた。この人のことは、最近はあまりテレビでは見掛けないけど、昔は朝の番組に出ていたような気もする。


「皆さん、初めまして。関東放送アナウンサーの御堂です。今日は数あるテレビ局の中から関東放送にお越しいただき、ありがとうございます。それでは、さっそくスタジオの見学に参りましょう。まずは空きスタ……ではなくて、使っていないスタジオからご案内して、そのあと副調整室という、機械が沢山並んだ場所にご案内します。最後に、ちょうどお昼の情報番組が生放送中なんで、そのスタジオの上にある窓から様子をご覧頂く形になります 」


 アナウンサーの人はそう言うと、笑顔を振り撒きながら、颯爽とした足捌きで先頭を歩きだした。その滑らかな声色から発せられる言葉は、日常生活ではなかなか聞くことはない美しい響きで、とても耳に心地良く感じられる。これがプロのアナウンサーというものなのかと思うと、僕は心の底から感動していた。


 テレビ局というのは、ゲリラ対策の一環で複雑な構造をしていると聞いたことがある。

 都市伝説なのか何なのかは、真相は知らないけど、さっきからまるで迷路のように似たような通路をグルグルと歩いているのは、僕にもわかる。恐らく独りで同じ道を帰れと言われたら、それは無理な話だろう。

 テレビ局という場所に、僕は華やかなイメージを持っていた。だけど実際の社屋の中は窓もなく、通路には視聴率をアピールするビラと、良くわからない小道具が放置されていて、ただただ殺風景な壁が続いていた。普段から山に囲まれて開放的な生活している僕らからすると、この空間の中で半日以上仕事をするのは息が詰まりそうな気もしなくはない。


「お待たせしました。ここが朝と夜のニュースで使っている、関東放送のBスタジオです。足元にケーブルが沢山ありますが、そちらは絶対に踏まないようにお願いします 」


 くねくねとした道を通り抜け、重々しい扉の向こうには、大きなスタジオがあった。天井からは、いくつもの眩しい光が吊るされていて、足元には数台のカメラから伸びたケーブルが張り巡らされている。閑散とはしているけど、ライトは煌々としていて、目に眩しく感じられた。僕もその解放感とスケールのデカさには、少し驚いていたけど、隣を見ると彼女や匡輔も目を丸くしてスタジオを眺めていた。


「このスタジオは、半分が朝のニュースのセットで、その反対側を夜のニュースで使っています。

関東放送では毎日七つの帯番組がありますので、限られたスペースを効率良く回しています。

セットとセットの間には7つのカメラを配置してまして、それを朝と晩で180度ひっくり返して運用してます。それでは皆さん、あまり時間は取れませんが、ご自由にスタジオ内を見学してください。但し、セットには手を触れないようにご協力をお願いします 」


 アナウンサーの人の合図を皮切りに、僕らは恐る恐るセットの中へと足を踏み入れていく。普段テレビで何気なく見ている風景がこれほどまでに近くにあるのは、不思議な感覚だ。

 僕がゆっくりとスタジオの中を見て回っていると、ふと遠くの方にいた彼女と目があった。彼女は僕の視線に気付くなり、足元のケーブルを避けながら、こちらへと近づいてきていた。


「どうかしたの? 」


「あのね、あっちの青のスクリーンの前で、お天気キャスターの体験が出来るんだって。コーセー、せっかくだから記念に動画を撮ってくれない? 」


「ああ、それは構わないけど 」


 僕は彼女の頼みを快諾すると、そのままその青の布が垂れ下がっているエリアに連行された。そこでは既に何人かのクラスメートが指し棒を持って、カメラの前で立ちはしゃいでいる。その下のテレビ画面を見ると、背景には日本列島の地図があって、みんな高気圧だの低気圧だの言いながら、架空の天気予報ごっこに励んでいた。


「凄い! 実際には青の背景なのに、カメラを通すと地図の前に立ってるみたい。私も早く遊びたいー 」


「ああ、凄いね。これはちゃんと録画しとかないと 」


「あの…… お二人は、テレビ業界に興味があるんですか? 」


「えっ? あっ、アナウンサーさん? 」


 僕らが二人でその順番を待っていると、見学ツアーの進行役のアナウンサーの人が、声を掛けてくれた。どうやらスタジオの中の生徒に、話しかけて回っているらしい。


「これは【クロマキー】と言って、背景を緑とか青とかの単色にして、その色のところに、他の映像をはめ込むときに使うものなんです。テレビ局では非常にポピュラーな代物で、簡単に言うと合成映像ってやつですね。でも私たちが青の服を着ると、その部分も透けてしまうので、衣装を選ぶときには青は避けなくてはならないのが、ちょっと残念ですけど 」


「へー 」


 背景のブルースクリーンは、クレヨンや絵の具に入っているようなスタンダードな青みをしていて、ザ原色といった存在感を放っている。そして彼女はというと目を輝かせながら、興味の対象をアナウンサーさんに向けていた。


「ちなみに関東放送では、最近は緑を使うこともありますが、基本的にブルーバックを使っています。さてここで、お二人に問題です! この【クロマキー合成】は、なぜ青や緑の色が使われるでしょうーか? 」


「えっ? 」


 機械が青とか緑に反応する使用になっているから、とかじゃなくて、ちゃんと根拠があるってことか?

 僕は予想外なところから飛び出した質問に、頭をフル回転させて考えを纏めてみる。高校生に出す問題だから難しくはないんだろうけど、技術や法則が関係していそうな事象には、僕は滅法弱いのだ。だけど隣にいる彼女は何かを閃いたのか、少し頷くような仕草を見せると、こうアナウンサーさんに質問をしていた。


「あの…… 」


「はい、どうですか? わかりました? 」


「質問があります。それは、色相環(しきそうかん)には関係がありますか? 」


「ええ。とっても、鋭いですね 」


「えっと…… 色相環の、ちょうど反対側にある色の【補色】を考えると、緑の対極はピンクで、青の反対色は黄色になりますよね? それを考えると、日本人の肌の色はオークル系で、黄色みが掛かっている人が多い。だから、合成したときに肌の色が綺麗に残るように、日本のテレビ局では青を使うことが多いってことですね 」


「ええ、素晴らしい。正解です。もしかして、美術とか色に興味があるんですか? 」


「あっ、いや、そういう訳ではないんですけど 」


 彼女は「しまった! 」という顔をすると、慌てて僕にヘルプの視線を送り込む。

 いや、これはさすがに僕も助けてやることは出来ない。ので、やんわりと僕は首を横に振って、自戒を促した。彼女が一瞬でも気を抜けば、世の中のクイズ全般は、彼女の解説コーナーでしかなくなるのだから、本人にも気を付けてもらわなくては困るのだ。

 彼女が色に詳しいのは、逆瀬川さんの影響なのかはわからない。だけど第一に、色相環なんて単語を僕は初めて聞いたし、それは一般的な高校生が知っている嗜みの範疇の事柄なのかも怪しいところだ。


「ひどーい! コーセー、何で笑ってるの? 」


「いや、麻愛が焦ってるの珍しいから、ちょっと面白くて 」


「なっ、ちょっ、コーセーったら、急に意地悪なんだからっ 」


「だから、ごめんって 」


 彼女はプイッと顔を膨らますと、顔をくしゃくしゃにして ふて腐れていた。

 一方、アナウンサーさんは、そんな僕らの訳のわからないやり取りを見て、首を傾げていたけど、僕はそれに気づかない振りをした。




 ふとしたときにしか見られない彼女の素の反応は、僕の心拍数にはとても良くない影響を及ぼすものだ。

 こういうときは、彼女が天才だとか、格差があるとか、そんなことは つい忘れたくなってしまう。


 やっぱり彼女は、僕にとってただの唯一無二の女の子でしかない。

 ただその感情だけで、突っ走ることが出来たら、どれだけ自由になれるだろう……

 僕はこのとき、不埒にもそんなことを考えていた。



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