神は彼女を未知の場所へ誘った
神は彼女に試練を与えた。
僕は、そう思うことにした。
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「ねーちゃん、ゲホッッ、少しは片付けとけよなっッ…… 」
「コーセー? 大丈夫? 」
「ああ、なんとかね…… 」
僕は少し息を切らしながら彼女を振り向くと、無理矢理な笑顔で答えた。
僕は小一時間椅子の上に立ち、半ば足を空中に浮かせてクローゼット上部の収納をひたすら引っ掻き回している。
姉の鞠子の部屋は表面上は片付いているように見えるが、引き出しの中はただのカオスが広がっていた。ここ数日は家族総動員でねーちゃんの部屋を引っ掻き回してばかりだった。 一昨日は制服や彼女が学校生活で使えそうなものを物色したし、昨日はジャージを探した。そして相変わらずの乱雑な収納具合には思わず閉口してばかりだ。だいたい何で押し入れの奥からブラやら答案やらが出てくるのかは、もはやツッコむ気力すら起きやしない。
そう……
僕は彼女のリクエストに応えて#あ__・__##る__・__##も__・__##の__・__#を探しているのだ。
◆◆◆
時を遡ること、今日の午前中……
母さんがどんな手段を使ったのかはわからなかったけど、彼女は無事に僕と同じ高校への編入が決まった。それは僅か二日間で繰り広げられた電光石火の如くのスピード劇だった。
「麻愛ちゃんは流石ねっ。しっかり制服を着こなしちゃうんだから。あっ、スカートはもうちょい短くしないとね。今度ゆっくり詰めるから、今日は二段くらい折るといいわ 」
「稜子さん。ちょっとスカートが、短かくない? 恥ずかしいんですが…… 」
「世の中のティーンネイジャーは、こんなもんよ。みんなこのくらい短いし、若いんだから少しは露出しないと 」
母さんは朝から機嫌良くニコニコすると、バービー人形を扱うように彼女の着替えを手伝った。だいたい母さんが女子高生をしていた時代とは違うんだし、今時そんなにスカートを短くするのは流行らない気もする。だいたい保護者自ら制服の改造に手を掛けるなんてどうかと思うが、僕が意見したところで話は複雑になるので、こうゆうときは黙殺するに限る。制服はごく在り来たりなブレザースタイルなのに、彼女が着るととても洗練されて見えるのはたぶん気のせいではない。
「ほら、恒星…… あんたもさっさと支度しなさい。ついでに乗せてくから。車だと時間読めないから早くでるからね 」
「はーい 」
僕は適当に返事をすると洗面所に向かった。
母さんの僕に対しての扱いは相変わらず雑だった。そういうときは僕も小さく反抗することにしている。彼女はというと、相変わらず母さんにされるがままになっていて、時折悲鳴に近い高い声が響いていた。
朝イチに蛇口から出てくる水は相変わらず冷たくて指先がヒヤリとする。彼女の編入試験の結果は即日連絡があって、英語と数学は満点、国語は古文と漢文でミスがあったらしいが基準は軽くクリアしたらしい。彼女の行動言動はいたって普通に見えるのに、やっぱり頭の構造は僕らとは違う。それを痛感する度に、僕は日に日に勝手に自己嫌悪に陥るのだ。
「恒星、匡輔くんたちも乗るなら途中で拾うけど…… 」
母さんはそう言うと、カーナビを操作し目的地を高校にセットした。幾度となくねーちゃんと僕を送り迎えしてくれているのだが、母さんは元々この辺りの人間ではないから行き先を設定しないと不安な性分らしい。
「ああ、匡輔たちはヘーキだよ。今日は朝練あるからもう学校に行ってると思う」
「そう、じゃあ真っ直ぐ学校行っちゃっていいね 」
「ああ 」
言いつつ僕は車の後ろに荷物を突っ込んだ。
今日も朝から微風が吹いていて、少しだけドアが煽られる。こうゆう機会は数少ないが、送迎をしてもらえるときには荷物はまとめて運ぶのでメリットも多い。 最近は弓は学校に置きっぱなしにしているが、それでも稽古着を持ち歩くと荷物は必然的に多くなるからこうゆうときにまとめて運ぶに限る。
彼女は後部座席に乗り込むと、またまた落ち着かない様子で車内を一頻り見渡した。僕は彼女にシートベルトの位置を教えてドアを閉めると助手席へと乗り込んだ。
「ねぇ…… コーセー…… 」
「何? 」
「アサレンって何? 」
「朝練ってのは、朝の練習の略。朝早く学校に行って部活の練習すること 」
「そうなんだ。ごめんね。今日は私がいるから…… 」
「別にいいって。朝練好きじゃないしサボる口実になって一石二鳥だから。だいたい始業式の朝から練習するほうがどうかしてる 」
この辺りは温泉街だ。
大きな温泉宿もあるが、家族経営の旅館や民宿の子女も多い。そんな事情もあってかうちの高校は朝練を取り入れてる部活が多くて、逆に放課後は活動日を減らして家業を手伝う生徒が大半だった。
まあ、うちもこの街でも数少ない薬局だから(副業で寮の管理もしてるけど)括りとしては自営業なので、その辺りの事情に関しては僕も例外ではない。
「さっ、お二人さん、忘れ物はないかな?」
「「 はーい 」」
僕らがハモるように返事をすると、母さんは「よろしい 」と言ってエンジンをかけた。バックミラー越しに彼女を確認すると、その手は心なしか強く握られているようにも見えた。
車には久し振りに乗ったような気がした。
目の前にはひたすら山の緑と少しの桜と、飛騨川しか見当たらないのに、電車で通うのとは風景が違って見える。そして田舎の駅二つ分、ひたすら新緑の山並みを走ったところに、僕の通う市内唯一の高校があるのだ。