神は花火の美しさを僕らと共有した②
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下呂温泉まつりの最終日の夜を飾るのは、花火ミュージカル夏公演。
いでゆ大橋を挟んだ上流の河川敷で、打ち上げられる。毎年この花火を見るために下呂温泉を訪れてくれる人もいて、飛騨川に華麗に打ちあがる音と花火の壮大なライブショーは、見ごたえが満点だ。
この花火を彼女と見るのは、最初で最後となるのだろう。
先日十七歳の誕生日を迎えたばかりだが、来年の七月二十五日になれば、彼女は十八歳。二重国籍である彼女は、イギリスでの成人を迎える。
前例はないらしい。
だけど彼女は十八歳になったら、イギリスに帰って医者になることは確定事項だ。
ここから先の下呂温泉で見て触れる季節の移り変わりは、僕にとっても彼女にとっても、全てが思い出となっていく。
ぶっちゃけてしまうと、薄暮に晒される彼女の浴衣姿は、僕だけが独占したかった。だけど今回に限っては、断腸の思いで邪な感情を封印することにする。
これから僕が行おうとしていることは、彼女の協力が成し遂げられない。しかもそのチャンスは、おそらく今日を逃したら、暫くは難しい。
彼女は僕の提案を、嫌な顔一つせずに笑顔で了承してくれた。僕の個人的な事情に巻き込んでしまったのは忍びないし、上手くいくのかもわからない。でも事情を知ってしまった以上は、やっぱり見て見ぬふりはしたくない。僕は死ぬまで弟だし、これからもずっと姉ちゃんの味方でも在りたいのだ。
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日中、僕はここぞとばかりに、彼女と遊びに遊んでいた。彼女は母さんに着付けて貰った、水色の花が描かれた浴衣を身に付けていて、髪型は小さなお団子を結っている。亜麻色の髪にすっと挿した白木のかんざしは、彼女の名前に似た花が細かに彫られていた。
「ねえ、この浴衣、似合ってるかな?」
「ああ、凄く可愛らしいと思うよ 」
「ありがとう。昨日は途中で着崩れちゃったから、今日は夜まで小さく歩いて上品に過ごさなきゃね。そういえば、コーセーも、今日の服装はとっても素敵だね。それも浴衣なの? 」
「ああ、これは男性用の浴衣だね。僕も久し振りに着たんだ 」
「そうなんだ。じゃあ、私とお揃いだね 」
「ああ、まあ、そうだね…… 」
昨日の晩、必死にクローゼットの奥まで探してアイロンを掛けた甲斐があった、のかも知れない。僕は ほっと肩を撫で下ろすのもそこそこに、彼女と祭りの会場に繰り出した。
行く先々で出会うのは知り合いばかりだから、二人きりといった雰囲気ではないのだけれど、こんなに一緒に連れだって歩き回るのは久しぶりだった。
朝イチで温泉神社にお参りをしたあとは、まずは縁日をぐるりと一周した。お囃子のBGMが流れている町内は、いつもの温泉街と雰囲気も一変し、それだけで特別な空間に様変わりする。彼女に射的の才能があったのは意外だった。でも一方で、輪投げは総スカだったりと、さすがの彼女も運動神経には少しムラがあるらしい。彼女のリクエストで温泉ソフトを食べ始めた頃には、町内に繰り出された縁日を一通りは巡っていた。
◆◆◆
「じゃあ、麻愛…… 色々と宜しくね 」
「うん! 任せといて。じゃあ、私は一旦家に帰るね 」
「ああ、頼んだよ 」
彼女はそう言うと、得意気に親指を突き立てる。
西日が傾いてきた頃、僕は彼女と一旦別れる手筈となっていた。両手にはヨーヨーだとか、よくわからないお面だとか、色んなアイテムをてんてこ舞いに抱えている。その幼子のような振る舞いは、いまいち説得力はないけれど、彼女は真面目にかつ全力で、僕の作戦に協力してくれるのだから心強い。
僕が立案した安易な作戦が、吉と出るか、凶と出るかはわからない。僕は一抹の不安を抱きながら、夕焼けを横目に、下呂駅を目指していた。いつもは何とも思わないのに、駅に向かう地下道の階段が妙に長く感じる。というか、相手は本当に僕の呼び出しに、わざわざ来てくれるのだろうか?
僕は心をざわつかせながらも、自然と駆け足になっていた。観光客に入り交じる木造の駅舎で、入り口の柱に寄り掛かっている大人の影が一人。待ち合わせの相手は、約束の時間よりもかなり早く、その場所で待機をしていた。僕と殆ど背丈は変わらないはずなのに、その存在は一回りも二回りも大きく見えた。
「おい、恒星 」
「すみません、遅くなって 」
「別にまだ時間じゃないから、それはいい。そんなことより、これは一体、何のつもりだ? メール一本で、いきなり大人を呼び出しやがって 」
「すみません、せっかくの温泉まつりだったので。連日、補講をして頂いたお礼にと思ってお誘いしました 」
「ったく、俺はただ自分の仕事をしただけだ。いちいち気にしなくていい。それに、俺には無駄に絡むなって言っただろ? 」
「込み入った相談はするな、とは聞きましたけど、絡むなまでは言ってはなかったと思います 」
自分でも珍しいとは思ったけど、僕は頭をフル回転させて、理屈を盾に応戦した。ここまできて、相手が帰ってしまうのは困るのだ。ただ有難いことに、相手は道義の通らないことは決してしない。だから、それを逆手に取る。今日ばかりは子供という武器を最大限に利用するしかないからだ。
先生は勤務帰りに立寄ってくれたようで、ネクタイは外していたけど、ワイシャツ姿にスラックス。その出で立ちは、祭りの場所では浮いてしまいそうだけど、暗くなったらよく見えないだろうから大した問題ではないだろう。
「先生、一応お伺いしたいんですけど、ちゃんと下呂温泉まつりに来たことあります? 」
「ああ、着任して最初の年は来たことあったとは思うけど…… まあ、一回二回はあったかな? 俺は元々は美濃の人間だから 」
「じゃあ、尚のこと、この街のことも知ってもらわなきゃ困りますね 」
「はあ? お前さん、急に何なんだよ。そんなに下呂に愛着があったのか? 」
「当たり前じゃないですか。僕の血の半分は、下呂の先祖の血が流れてるんですよ 」
「……まあ、確かにそうだったな 」
「だから、先生にも下呂にいる間は、この街のこと勉強してもらいたいんです 」
「はあ? 」
「こっちです 」
僕は無駄な会話を最小限に留めると、今しがたの往路を逆走する。
日はだいぶ落ちていて、街灯が疎らな分、僕らのシルエットはわかりづらい。それが唯一の救いのようなものだった。いつ回れ右をされても、騙し討ちみたいなことをしている手前、僕には一切文句を言う権利はない。先生は明らかに面倒くさそうな表情を浮かべてはいるものの、僕の後を付いてきてくれていた。




