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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は僕を取り巻く環境を複雑にした
50/79

神は僕に弓を持てと厳命した①

■■■



 姉ちゃんが僕の学校の先生と秘密裏に交際していて、しかも婚約状態にある。


 学校の先生と生徒が恋に落ちるなんて、それだけでも十分刺激的なのに、それが自分の実姉と自分の担任が当事者であると突きつけられたら、簡単には立ち直れない。

 どうせならば高校を卒業する一年半後までカミングアウトを待ってくれればいいのに、僕の圧倒的成績不振と進路相談が、先生の良心の呵責を刺激したらしい。僕にも非があるのは認めるけど、本当に勘弁してもらいたいものだ。


 姉貴は、優等生だ。

 ちょっと服装は派手ではあるけど、友達も沢山いて、賢くて字も上手い。運動もピアノも出来るし、いつも明るくて、周りには仲間が溢れている。とにかく何でも出来る優秀な人間だ。

でも、僕には長年一つの疑問があった。

 そんな神様が二物も三物も与えた人間なのに、姉貴にはずっと交際相手がいなかった。

 中学生の頃は詳しくは知らない。あんなに何でも持ち合わせていれば、てっきり引く手数多(あまた)なのだろうと思っていたけど、姉ちゃんに彼氏がいたことがなかったのだ。


 でも、それは違っていた。

 正確に言えば、交際相手はいたけれど、その存在を公にできなかった。

 未成年の姉貴が恋に落ちたのは、学校の先生だ。だから、これは何でも持ち合わせている姉貴に与えられた試練の一つなのだと言えば、全てが収まりよく聞こえるのかもしれない。

 先生は姉貴が高校生の頃は、指一本触れていないと言っていた。つまり、()()()()()()()()()()()ということを、暗に認めていた。

 先生は誠意は見せているし、少なくとも直ぐに捕まるようなことはしていない。交際という形で未成年を縛り付けたのはどうかと思うけど、大人として自分を律して姉貴と接してくれているのだと思う。

 先生に他意はなかったのだと思う。だけど、僕にはこの先生の言い回しの刺激が強すぎた。

 裏を返すと、現在の姉貴と先生は、()()()()()()()であるということだ。

 極めて近しい人間同士が、実はあんなことやこんなことをしているのだと、脳内が勝手にあることないことを想像してしまう。本当に申し訳ないとは思うし、自分の器の小ささと、子供じみた思考は謝る。でもこうなってしまうと、もう僕の意思とかは関係なくて、本来備わっているだろう人間の本能がそうしてしまうのだ。

 あーー、もう最悪だ。

 考えたくないのに、変なことで頭がいっぱいになってしまう。


 彼女が下呂(この)の街にやってきてから、僕の平凡だった日常は一変した。

 あの日あの瞬間、飛騨川を臨む夕日の下で、僕は彼女の秘密を隠し通すことに、加担すると決めた。それから程なくして、僕と佳央理の再従兄弟という関係性は揺らぎ始めて、その後は僕が知る必要がないであろう彼女の出生の秘密まで知ってしまった。そしてその動揺の余韻もないまま、アルバートという強敵が現れるし、あまつさえには実姉と担任教師の真剣交際ときた。いくら何でも、僕にはここまでの事柄を抱え込めるキャパシティーを持ち合わせてはいない。


 控え目に言って、パンクしそうだ……

 しかも姉貴と先生のことは、うちの親も公認らしい。一体、何時(いつ)そんな流れになったのかは知らないけど、オッケーしているのなら、うちの親もうちの親だ。こういう禁断の恋ならば、一般的には親は普通は反対するんじゃないのか。

 それに僕だけ知らなかったというのも、地味にショックだ。村松先生が秘密にしているのはわかるのだけど、どうせならば、姉貴とか親とか、そっちの方面からお知らせしてもらったほうが幾分かマシだった。

 ああ、マジで家に帰ったらどうしよう。

 父さん母さんと合わせる顔がない。はっきり言って、かなりシンドイ。

 だいたい何でこんなにも、僕は一人で秘密を抱えなきゃならないんだ。そんなの不公平だ。

みんな僕のことを買いかぶりすぎだ。僕は何の力もない、ただの平凡な高校生だ。

 何でみんな、僕に過度な期待を寄せてくるのだろうか。

 さすがにこれだけのコトを、僕は一人では抱えきれない。僕はそう思っていた。 




◆◆◆



 外は相変わらず暑かったけど、午後になって少し風が出てきたようにも感じていた。

 気づいたときには、僕は水を一気飲みしていた。

 結局、補習の課題は答えを丸写して、村松先生に提出した。先生には、たぶん僕の不正はバレている。だけどそれは咎められなかった。当然だ。僕の思考を低下させたのは張本人は、村松先生だからだ。


 補習の後、僕は部活に顔を出すことになっていた。と言っても、その練習方法はあくまでも生徒の采配に任されているので、夏休み中も自主練に近い形が取られている。

 だけど、今日の僕はもう練習に参加する気力は薄れていた。

 あんな邪念の山を抱えた状態で、的に弓が(あた)るわけがない。でもこんな気持ちのままで、家に帰りたくもない。完全に八方塞がりだった。


 僕がぼーっと弓道場の前で立ち尽くしていると、後方から聞き慣れた声がした。いつもはそんなふうに思うことは微塵もないのだけれど、今日ばかりはその声が救いの音に感じられた。


「おっ、恒星! 補習は終わったのか? 」


「ああ。一応な。まだ明日もあるんだけど、今日の分は終わったよ 」


 僕がそう答えながら匡輔のほうを振り向くと、ヤツは何だかよくわからない荷物を、腕いっぱいに抱えていた。


「あのさ、お前一体何を持ってるの? 」


「ああ、これは文化祭の入場門で使うアーチの材料。今年はエコと環境保全をテーマにしてるから、学校から出たゴミを積極的に活用するんだよ。文化祭はまだ先だけど、今から少しづつ作業はしておかないと間に合わないからな 」


 匡輔はそう言うと、明らかにカチコチに固まってしまっているペンキだとか、廃材みたいな鉄パイプを僕に見せてくれた。こんな、一見 ゴミみたいな材料から、おそらく格好の良い文化祭のアーチが出来るのだろうから、それを思うと彼らの情熱には恐れ入る。


「おまえさ、部活やってバイト(旅館業務)して、祭りの龍神の練習と文実って、めちゃくちゃ忙しいよな? 」


「まーね。でも俺には残念ながら、補講はないんだよな 」


「なんだ? それ、ただの嫌味だな? 」


「あはは、俺としては、事実を述べたまでだけどね。まあ、先のことを考えると、学校行事は積極的に参加しておいた方がいいし、祭りでも存在感は示しておきたいからね。今の時期はちょっと忙しいけど、まあ仕方ないな 」


 先のこと……

 珍しく、僕は匡輔がさりげなく発したその言葉を、素直に凄いと思っていた。

 将来、下呂の街を牽引する大型旅館の跡取り息子は、既に将来のことを見据えている。しかもそのために、今からあらゆる場面で自分の存在を対外にアピールして、街を引っ張っていこうという意思があっての行動だ。それにつけて周りにそれを悟らせない、したたかさも兼ね備えている。同い年なのに、腹のくくり方の気迫の入り方には、嫉妬心すら芽生えてくる。


「ところで、恒星。この前の、あの()()()()()は大丈夫だったのか? 」


「えっ? 」


「あれからお前に会ってなかったから、聞くタイミングもなかったしね 」


「あっ、それは、その…… 」


「こっちは、恒星のバイトを工面したけど? 」


「……ったく、わかったよ。あの外国人はアルバートっていうんだけど、まあ、何て言うか、宣戦布告された 」


「へー そうなんだ…… って、宣戦布告!? 」


「ああ、そうだよ 」


 匡輔は驚いたのか、抱えていた荷物を数個程、ガシャンと大きな音を立てて地面に落下させてしまった。僕はそれを拾い上げると、また匡輔の腕の中に積み上げる。匡輔はまだ、目を丸くして僕のことを見ていた。



「で、何て答えたの? 受けて立つとか答えたの? つーか、やり取りって全部英語? 」


「何語で話したかなんて、今はどうでもいいだろ。それに、返事はしてないよ。勝負する気もないし 」


「はあ? つーか、お前さ、麻愛ちゃんを、あのナイスガイに取られちゃっていいのかよ? 」


「……それは、麻愛が決めることだろ 」


「おいおい。この期に及んで、そんな悠長なこと言ってていいのか? だってあのナイスガイは、麻愛ちゃんに会うためにイギリスからやってきたんだろ? 熱意で、既に押されてないか? 」


「それはない 」


「えっ? 」


「僕もそこは負けてはない。けど、張り合うつもりはない 」


「じゃあ、恒星。とうとう認めるんだな 」


「んん? あっ……  」





 さっきは村松先生に、爆弾発言をされた。

 しかもその担保には、彼女の入学工作と僕の片思いが取られている。


 そして、あれから一時間もしないうちに……

 僕は匡輔にも、ガッツリ弱みを握られることになった。







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