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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は僕を取り巻く環境を複雑にした
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神は僕に補習を受けさせた②




「まあ、強いて言えば勉強を教えるのは好きではないけど、するのは好きなんだよ。教師は勉強が仕事だからな。生徒に教えたり、面倒を見るのは自分には向いてないけど、そういう意味では教員がいいかなと思ったんだよ 」


「そうなんですね…… 」


「それこそ、お前さんには家業があるだろ? 恒星は家を継ぐ気はないのか? 」


 先生は僕の現状を知っていて、どうしてそういう嫌味を言うのだろうか。理系の人には理解は出来ないのかもしれないけど、僕はとにかく数字と化学式が苦手だ。それが出来なくても薬学部に入れるのならば、将来のビジョンも変わってはくるけれど、世間はそんなに甘くはない。先生は努力すれば、難しい公式が解けるようになると思っているのかもしれないけど、こればっかりは気合いだけで抗える問題でもないのだ。


「……継げるなら継ぎたいですけど、僕には数式と化学式の才能がさっぱりないもんで 」


「まあ、確かに。それもそうだな 」


「ちょっ、そこは、もう少し励ますような一言を、くれてもいいんじゃないですか? 」


「だって、その成績じゃなー。人間には少なからず、才能とか性格とか能力は、ある程度生まれつきな部分があるからなー 」


 先生は僕の本質を知った上で、そんなことを言っているのだろうか?

 それなら何故、敢えてトドメを刺すようなことを言ったのか……

 僕には、理由がさっぱりわからなかった。


「それにな、教師の仕事は、やみくもに背中を押すことだけじゃないんだよ。恒星が継いでくれるなら、円満になるから、個人的にも助かるっちゃ助かるんだけどな。でも俺はお前の担任でもあるから、恒星の人生を考えると軽はずみなことも言えないだろ 」


 円満って、一体何のことだ?

 僕は先程から先生が発する単語の端々に、若干の違和を感じていた。


「先生って、意外と親身に答えてくれますよね 」


「そうか? 」


「適当教師だったんじゃないですか? 」


「ぶっっっ。俺にそんなことを言った生徒は、お前さんで二人目だよ。やっぱ兄弟だな 」


 先生は突然噴き出しそうになるのを堪えると、目のあたりをタオルで拭った。涙を誘発してしまうほど、面白いことを言ったつもりはないけれど、どうやら先生のツボに入ったらしい。つーか、姉貴と同じ思考回路だと認定されるのは、僕としては少し心外だ。


「確かに、俺が教師になった動機は不純かもしれないけど、だからって手を抜いているわけじゃないぞ。こっちもお前らの人生を預かってんだ。本人が自覚してるのに、適当に頑張れよとか軽はずみなことは言えねーだろ。それじゃ叱咤激励じゃなくて、ただの無責任になっちまう 」


「…… 」


「まあ、今は補習中だし仕方がない部分もあるんだけどさ。お前さんは今、自分の出来ないことばかりに、目がいってないか? 」


「えっ? 」


「身近に鞠子(恒星の姉)とか御坂とか、お前さんたちの両親とか、完璧超人みたいな奴らに囲まれてたら、そう思うのも仕方ないとは思う。出来ないことは、他人と比較したらすぐに見つけられるからな。どうしても気になるもんだよな 」


「それは…… そうですけど 」


「でもな、世の中は数字や化学式だけで出来てるわけでもないし、人の健康を守る職業に就くことだけが、社会で認められてる仕事ってわけじゃない。視野を広く持て。世の中にはもっと沢山の生き方がある 」


「それはわかってます…… けど…… 」


「恒星は文系科目の成績は、まあ上位だろ? それならそちらの方面で、何か興味のある仕事や業種はないか考えてみるのはどうだ? 」


「はあ 」


「お前さんは、職業名がある仕事にばかりとらわれてるかもしれないけど、企業を通して社会に貢献する道だってある。世の中がどのように成り立ってるかを知らないから、先が不安になるんだ。選択肢を知れば、そういうのはだんだん晴れてくるものだぞ? 」


「別にそんなつもりじゃ、ないですけど 」


「人のためにならない仕事なんてない。もしそんなことがあるなら、それは往々にして犯罪だ。そうだ。後で職業ガイドを持ってきてやる 」


「はあ…… 」


「ほら、無駄話は終わりだ。さっさと解けよ。お前さんが出来るようになるまで、俺も帰れないからな 」


 先生はそういうと、シャツのボタンを大雑把に締め直す。おそらく一旦職員室に涼みに行くのだろう。まあ、僕としてもその方が助かる。教室の中は蒸し風呂みたいに暑くて仕方ないのだけれど、ここ数日の色々を考えると、まずは一人でゆっくりと自分と向き合う時間があるのも悪くはない。


「あとな、恒星 」


「はい? 」


「俺がお前さんと突っ込んだ進路相談をするのは、今日で最後な 」


「……? ん? えっ? 」


「俺のアドバイスは、あんまり参考にもならないだろうし。何より、教師としてロクなことを言ってない 」


「あの…… 」


「なんだ? 」


「一般的に学校の先生って、生徒の相談に乗ったりするのが仕事なんじゃないですか?  」


「まあな。でも()()のことを考えたら、その方がいい 」


「後々って、どういうことですか? 」


「そのままの意味だよ。それに今更だけど、お前さんだけ知らないのもアンフェアだからな 」


「はい? あの、先生が仰っている意味が、僕に全然わからないんですけど。さっきは教師になった動機は不純でも、仕事はちゃんとするって言ってましたよね? 」


 今日の村松先生は、やっぱり何だか様子がおかしい。僕と二人きりだからといって形振りを構わな過ぎるし、手のひらを返したように突き放したりもする。それなのに急に自分のことをペラペラを喋ってくるし、何より僕の口が固いのを見越したような言動なのだ。


「……確かに、今のは少し公私混同が入っていたな 」


「公私混同? 」


「まあ、俺は先に言ったからな。後からの文句は受け付けない。それでもいいなら俺に相談しろ。恒星が高校生の間だけは、守秘義務を遂行してやる 」


「…… 」


 そんな言い方をされたら……

 まるで、僕と先生の関係性は恒久に続くように聞こえてしまうではないか。

 僕が、これから先生と どうこうなるのか?

 いや、それは、恐らくないだろう。

 さっきから先生は公私混同だの、僕が跡を継いでくれたら助かるだの、ポロポロとヒントを溢している。

 と言うことは、既に僕は僕の知らないところで、先生とは縁が出来ているということだ。

 そして僕と先生を繋ぐことが出来る存在は、どう考えても一人しかいないじゃないか……


「じゃあ、それが解けたら職員室に持ってこい。そしたら少しは冷房にもあたれるだろうし 」


 先生はそう言うと、席を立って離れようとする。


 いやいや、ちょっと待て待て待て……

 何だか、急に鼓動が早くなってきた。

 この僅かなヒントと時間だけで、僕の凝り固まった脳ミソが導き出した結論は一つしかない。

 でも、そんなことが現実的に起きるのだろうか?

 気になる。だけど、それを先生に確認するのは、かなり憚られる。


 だいたい今までに、そんな気配はあっただろうか。

 確かに言われてみれば、僕は偶然二人のツーショットに出くわした。でも、あの時は一般的な卒業生の進路相談に乗っているのだと思っていた。卒業生なのに、あっちの悩みに関しては、先生は親身になって進路相談に乗って、僕のときは話をするのは止めておけと待ったをかける。ハッキリ言って辻褄が合わないし、おかしいだろ。


 僕は今、目の前にいる担任教師と、唯一血を分けた身内に、とんでもない疑念を抱いている。

 下手したら、犯罪だ。

 でもそれを口に出来るチャンスは、先生と二人きりである今しかない。

 わざわざ、僕が知るべきことなのかはわからない。けれど、もしもそれが事実なのだとしたら、この数日間の僕を取り巻く複雑な事象の中でも、最大級の地雷を踏みに行くことになる。


 だって、それは、どう考えたって、倫理的にアウトだろ……



「先生、あの…… 」


「なんだ? 」


「僕の勘違いだったら、すみません 」


「お前さん、勇気あるな 」


「そうですね。自分でも、こんな飛躍した発想を肯定的に捉えているのは不思議な感覚です 」


「そう 」


「それに個人的に最近いろいろあったんで、今なら聞いても処理できる気がします 」


「その恒星が抱いた疑念はさ、けっこうヤバいやつだろ? 」


「はい、かなり。とても…… 」


「それさぁ、たぶん合ってるんだけどさ。もし、違ってたらどうしようとか思わないの? 俺、教員としても大人としても、かなり罪深いんだけど 」


「もし僕の推理が違ったなら、全力で訂正します。でも、その必要はなさそうですよね? 」


「……俺のこと、軽蔑しないのか? 」


「その辺りは当事者同士の問題でしょうし。それに、あと半年も経てば完全に合法です 」


「そりゃ、どうも。まあ、モラル的には一生アウトなんだけどな。身内の公認があるなら、こっちとしてもやり易いわ 」


「はあ…… 」


 じゃあ、何で手を出したんだよ。と言ってやりたくなったけど、僕はその台詞を(つぐ)んだ。

 これがもし姉じゃなくて妹に起きたことならば、僕は激昂していたかもしれない。


「もしかして、前から怪しいと思ってた? 」


「いいえ、全く。今の今まで、そんな発想を抱いたことは、一秒もありませんでした 」


「そっか。察しが良くて助かるよ。悪かったな、不良教師で 」


「……あの、いつからですか? 」


「それは、恒星が卒業したら教えてやる 」


「質問に答えてください。もしかして、在学中からですか……? さすがにそなら僕もドン引きします 」


「おいおい、ちょっと待て。ちょっ、それはさすがに訂正する。俺も大概だけどな。言っとくけど、在学中は手は出してない 」


「はあ……? 」


「アイツが卒業するまでは、指一本触れてない。清い交際だったよ。今も一応、世間体もあるから、自主防衛のために婚姻届も書いて、親御さんの承認も得てるし 」


「へっ? 」


「それに、御坂の入学に知恵を入れたのは俺だ 」


「…… 」


 何かここまで来ると、先生が姉貴と交際している云々よりも、ここまでのパンドラの箱を僕にだけ秘密にされていたことの方が腹が立つ。


「まあ、そのうち()()()()()とも親戚になれたらいいな。ほら、お喋りは終わりだ。さっさと解いて、さっさと終わらせろよ 」


「へっ?  」



 僕は先生のささやかな仕返しに、暫く開いた口が塞がらなかった。




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