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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は僕を取り巻く環境を複雑にした
46/79

神は高山で僕にその名を耳にさせた①

◆◆◆



「ちょっとコーセー! それに、麻愛ちゃんも! どこいってたの? 電話にも出ないし、探しちゃったよ! 」


「ああ、ごめんごめん。ちょっと買い物してて 」


「ったく。私、英語苦手だって知ってるでしょ? 」


「でも佳央理なら、キャラで何とかなるだろ? 」


「そんなの、無理だよ。私、コテコテの理系だから英語は苦手だし。お互いに自己紹介して、何とか間が持った感じだもん 」


 僕としたことが、少し油断をしていたらしい。

 悪いことをした。

 彼女とかんざしに夢中になり過ぎて、いつの間にか佳央理とアルバートを放置プレイに引きずり込んでいたのだ。かんざしは待ち合いスペースの奥の方で、ひっそりと販売されていたから、佳央理もアルバートも僕らの居場所に気づかなかったらしい。それにつけて、僕たちが電話に出なかったから、陣屋内を再度二人で探し廻ったそうだ。ちなみに向こうの方では、彼女がアルバートから文句を言われていて、あちらも必死の弁明中だ。こればかりは、本当に反省しているとしか、言い訳のしようがない。


「っていうか、話題に困って聞いたんだけど、アルバートさんってお医者さんなんだってね 」


「ああ、そうらしいね…… 」


 佳央理の台詞は、想定内だった。

 僕は咄嗟に当たり障りのない返事をすると、その場の空気感を押しきった。だけどアルバートが医者という事実から、麻愛が医者であるところまで結びつないとも限らない。深掘りになるような会話の展開を、僕は避けたかったのだ。


「あと自己紹介がてら、私が看護学生だって話はしたかな。そしたら看護の話で盛り上がって 」


「看護の話? 」


「うん。イギリスはナイチンゲールの国だから、看護の歴史が長いんだよね。国家資格はない代わりに看護登録ってのがあって、学生のうちから専門領域を勉強するんだって。それが大人、子ども、メンタル、それともう一個あるらしいんだけどね。そのシステムの話を聞いたら、いいなって感じたけど、私は日本で良かったって思っちゃった。まだ自分が何に興味があるかなんて、高校卒業したばかりでは、良くわからなかっただろうし。英語だったから全部はよくわからなかったけど、イギリスの医療事情がわかったのは面白かったかな 」


「そっか 」


 僕らがいない間に、二人が随分とディープな話をしているのは意外だった。国境を越えても、医療に携わる人たちの情熱は、共通するものがあるらしい。


「それにしても、麻愛ちゃんは随分大人の知り合いがいるのね。だって今、アルバートさんって二十六なんでしょ? 」


「二十六歳!? 」


「うん、あれ? 恒星知らなかったの? 」


「あっ、いや、僕も昨日知り合ったばっかりだから、あんまり詳しくなくて…… 」


 佳央理は、持ち前の機転の良さでアルバートと宜しくやってくれたみたいで、それは本当に助かった。

 それにしても、彼女とアルバートが(とう)も年が違うのは驚きだ。いつから二人が知り合いなのかは僕には分かり兼ねるけど、下手したら重度の犯罪が成立してしまうような年齢差だ。この問題に関しては、深く考えてはいけないことなのだと、僕は僕の思考を自重する。


「佳央理。あのさ、他は大丈夫だった? アルバートから変なことを言われたりとか、聞かれたりだとかは、なかったよね? 」


「変なこと? うーん。もし言われてたとしても、英語は良くわからないから、気づいてないのかもね。それにコーセーたちを探すので必死だったから、そんな余裕もなかったし 」


「そっか。それならいいんだ…… 」


 僕は一瞬アルバートを疑ってしまったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 日本まで追いかけてくるくらいだ。

 何も事情を知らない佳央理に、根掘り葉掘り聞いて回るのではないかと思ったけれど、さすがにそれは僕の子供染みた発想だったようだ。


 アルバートもまた、彼女のことは大切に思っている。僕はそう思った。





◆◆◆




 僕らは、その後も高山市政記念館に行ったり、飛騨山王宮日枝神社を見て回った。我ながら、けっこう欲張った観光プランになったとは思う。こんなに歩くことになるなら、母さんたちに助っ人を頼めなかったのは、結果オーライだったかもしれない。


 日差しが西に傾き始めて、気温がピークを迎えた頃、僕らは【さんまち通り】にある、とある喫茶店での暖簾を潜っていた。

 高山は聖地巡礼でも賑わう観光地だ。頻繁に映画やアニメの舞台になったりして、そのスポットを巡るだけで半日なんて秒で過ぎてしまう。

 このカフェは、ある有名なアニメで主人公が訪れたことで有名で、いつも客で溢れ返っている。その店内は、落ち着いた和モダンな空間が広がっていた。この店は今回初めて訪れたけど、雰囲気は抜群だ。黒の木材でできた床からは森林の中にいるような香りが漂い、天井の見事な吹き抜けからは、明るい日差しが注いでいた。

 お茶時だから混んでいるかと思ったけれど、どうやらタイミングが良かったらしい。僕らはすんなり店の二階に通されたので、座布団の上に腰を下ろした。床に座るのはアルバートは少し困惑するかな? と思ったけど、さすが茶道を嗜むだけあって、慣れた様子で着席している。


 タイムリミットは、刻一刻と迫っていた。

 もう後二時間もすれば、アルバートはひだ号の中。そして岐阜を経由して、大阪へと向かうのだ。


 この良くわからない四人での高山観光も、もうすぐ終わる。きっとこのメンバーで、再び街歩きをすることはないだろう。でも感慨深いとか、そんな感情は微塵も起きない。どちらかというと最後まで何とか平穏に押しきりたい、僕の頭にはそんな心情が過っていた。


「麻愛ちゃんは、どれにする? 」


「……うーん、どうしようかな 」


 佳央理がメニューを開きながら訊ねると、彼女は様々な甘味の中から何を頼むか考えていた。


「わらびもちも食べたいし、パフェも気になるなー 」


「どれも美味しそうで、ついつい悩んじゃうよね。恒星はどれにする? それにアルバートさんは、甘いものとか食べるのかな? 」


「ああ、そうだね。ちょっと聞いてみる (アルは何にする? 甘いものとか興味ある? )」


 僕はメニューの写真を見せると、わかりずらそうなものを軽く英語で説明した。本来ならば、ここは彼女に頑張ってもらいたいところだけど、まだ優柔不断にもメニューとのにらめっこが止まらないようだった。


「(そっか。それなら俺はせっかくだから、お抹茶を頼もうかな? コウセイはどうするの? )」


「(そうですね。僕は…… )」


 僕はちらりと彼女の方を確認する。彼女はまだ、何を注文するか決められないらしい。

 あまり長居も出来ないことだし、どうせならお菓子をゆっくり食べる時間の方を確保したい。というわけで、僕は彼女に助太刀することにした。


「僕は、わらび餅を頼む 」


「あら。恒星、珍しいね。最近は、あんまり甘いもの食べないじゃない? 」


「僕は和菓子は好きなんだよ。それに普通にアイスとかも食べるし。でも一人じゃ食べきれないから、少しみんなにも分けるよ 」


「えっ! コーセーいいの!? 」


 予想通りだった。僕のわらび餅宣言に、彼女は前のめりに食い付いた。アルバートと佳央理は、その彼女の豹変ぶりに驚いていたけれど、僕としては予想通りの反応だ。そうして彼女はあっさりとパフェを頼むと、満足そうな笑顔を浮かべた。


「(パフェ、すーごく楽しみ! 抹茶味のパフェなんて食べたことない。それにわらび餅も、どんな味なのか想像つかないし! )」


 彼女はメニューのわらびもちを指差すと、出された冷たいほうじ茶を煽った。

 彼女はとても上機嫌だ。わらび餅の未練が晴れたからか、かんざしを手にしたからか、それとも高山に遊びに来たからか、もう何が彼女をそうさせているのか、僕には良くわからなかった。


「帰りの電車を考えると、お茶をしたらボチボチ駅に向かった方がいいかもね 」


「そうだね。乗り遅れるわけにはいかないし、少し余裕を持った方がいいかもな 」


 僕は佳央理の意見に同調すると、スマホで時刻を確認する。朝早くに下呂を出発した甲斐があって、もう五時間くらいは、高山の街を楽しんだ計算だった。すると僕らの気配を察したのか、アルバートがすくりと急に席を立つ。そして、こう言ったのだ。


「(あのさ俺、お菓子が来るまで、最後に高山の町並みをもう一回写真に撮ってくるよ )」


「(あっ、そうなの? じゃあ、私も一緒に降りようか? )」


「(マイはいいよ。今が一番外が暑い時間帯だし。代わりにコウセイに付いてきてもらうかな )」


「えっ? 」


「(最後の最後に迷子になったら困るし、それにコウセイに見せたいものがあるんだ。悪いけどマイ、お菓子が来たら連絡してもらえるかな? )」


 アルバートはそう言うと、僕に向かってウィンクする。そんなことを言われてしまったら、僕には断る理由もない。

 かなり無理やりではあったけれど、僕はあっさり、アルバートに連行された。




 


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