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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は僕を取り巻く環境を複雑にした
44/79

神は高山で僕に勇気を出せと助言した①

◆◆◆


 土産物も購入し、佳央理も戻ってきた頃、僕らは散策の舞台を【さんまち】に移して、ランチの代わりに食べ歩きグルメを堪能していた。


 【さんまち】とは、上三之町・上二之町・上一之町の三つを【さんまち通り】と呼んでいて、ここがいわゆる高山観光では外せないメインストリートになっている。

 出格子が連なる軒下には、チョロチョロと水が流れる音が響いていて、造り酒屋の玄関先には杉玉が下がっている。古都情緒あふれる町家の数々は、どこをカメラで狙っても、映え写真になってしまうのだ。この黒を基調とした町家の多くは、食事処やカフェ、みやげ店が軒を連ね、日中は絶えず観光客で賑わっている。

 また食べ歩きスポットも充実していて、定番の【飛騨牛コロッケ】や【飛騨牛串焼き】だけでなく、お煎餅を皿代わりにした【飛騨牛にぎり寿司】などの地元独自の飛騨牛グルメが充実しているのだ。


「(これ、美味しい! やっぱり飛騨牛は最高だね!) 」


「(んっん!? 俺は肉の寿司なんて初めて食べた。これは旨いな! コウセイ、この下に敷いてあるクラッカーも食べられるのかい? )」


「(はい。それはお煎餅というもので、お米から作られているんです。普通の紙の皿だとゴミになるんで、この辺りの飛騨牛握りは大体えびせんとかお煎餅を使ってるんですよ )」


「(それは経済的だ! それにエコでナイスアイディアだな )」


 僕たちは木陰を探しながら、食べ歩きグルメに舌鼓を打っていた。この通りの飲食店は、五感全てで僕らを誘惑しに掛かってくるから、なかなか前に進めない。既に飛騨牛にぎりは、何貫食べたかわからない程だ。それにプラスして、どて煮にや揚げ物と、肉ばかりに偏って、僕らは色んなグルメを堪能していた。


「ねえねえ、コーセー。あのお店、沢山の人が集まってるね 」


「……ん? 」


 彼女が口をモグモグさせながら指差す先には、店先に沢山の人が溢れていた。そのお店は高山でも老舗の味噌醤油問屋で、いつも中では試食がてらの味噌汁が振る舞われている。


「ああ。あそこはお味噌屋さんだよ 」


「へー もしかして有名なお店なの? 」


「ああ。この辺りの人は味噌は調味料ってだけじゃなくて、おかずにもするからね。みんな朴葉味噌を、ご飯にかけたりして食べるだろ? だからこの辺りの人間は、お味噌は美味しいものを買いたくて、わざわざ遠方からも買いにくるんだ。うちで母さんが使ってるのも、確かここのお店のものだよ。中には大きな樽があって、味噌や(ひしお)の凄くいい香りがするんだ 」


「そうなんだ! ねえ、ねえ、お店の中に入ってもいい? 」


「いいけど…… 飲食は厳禁だから、飛騨牛にぎり(それ)は食ってからにしないと 」


「あっ、そっか 」


 彼女はそう言うと、手にしていた煎餅(寿司の皿)を、僕の口元に押し込んだ。そして、

「じゃあ、ちょっと見てくるね 」

と自由奔放な発言をすると、あっさりと人混みに溶け込んでいく。僕も彼女のその珍しい振る舞いには心底驚いたが、それを見たアルバートと佳央理も目をパチクリさせていた。


 これほど色々あると、目移りもするのだろう。今回の観光はアルバートが主役なはずなのに、彼女はその後もスタスタと先陣を切って歩いている。彼女は日本に来てから下呂から殆ど出ない生活だから、今日は新しいことばかりで楽しくなっているのだろう。

 そして僕はというと、そんな彼女の行動を、後方で佳央理と共に観察していた。


「そういえばさ、恒星 」


「んっ? 」


「今年の温泉まつりはどうするの? 」


「ああ。多分、今年も匡輔の旅館の屋台の手伝い。いろいろあって誓約させられたからね。地元の人間は出し物に駆り出されるから、人手が足りないんだとよ 」


「雄飛閣は、今年も屋台は何か出すの? 」


「さあ。詳しくは聞いてないけど、今年はローテーション的に飛騨牛串じゃないかな。朴葉味噌おにぎり炙りスペシャルじゃなければ、なんでもいいや。あれは旨いけど、手間がかかって大変だし 」


「恒星は、龍の出し物には興味ないの? 」


「まあ、なくはないけど…… 練習や準備もあるから、今からはちょっと間に合わないな。夏休みは部活の大会もあるから、僕は屋台で参加するのがちょうどいいよ 」


 佳央理が唐突に僕に切り出したのは、毎年八月の初旬に開催される下呂温泉まつりのことだ。

 この祭りは四日間ぶっ通しで行われ、龍神火まつりを筆頭に、みこしパレードや下呂おどりなどが催される。最終日※には花火ミュージカルが繰り広げられたりと、下呂温泉最大の夏のイベントだ。

 佳央理が言っていた龍とは、初日の龍神火まつりのことだ。五頭の龍と椀みこしが街中を練り歩き、クライマックスには温泉街の中心にある白鷺橋(林羅山像やチャップリン像がある辺り)に集結する。

 そこでは火の粉が飛び散り、爆竹の音が轟く。そして幻想的な松明の炎の中、豪快な男衆が勇しくエネルギッシュに乱舞を繰り広げる様子は、まさに圧巻という言葉がぴったりな演目だ。


「そういう佳央理はどうなんだよ? 暇とか言ってると、匡輔たちに駆り出されるぞ? 」


「あはは。私はちょうど実習が被ってるから、今年もパス。学業は優先しなきゃね。まあ、花火の時間は余力があったら、学校の子たちと ちらっと見に行こうかな 」


「そっか。まあ、今年がダメでも来年もあるしな 」


 もう今年も、温泉まつりのシーズンか……

 ということは、待てよ? 

 それはつまり、近々彼女が浴衣を着るってことだ。


 だけど僕は今回はモロモロの不可抗力で、祭りの期間は匡輔の手下になるのが決定してる。   

 そもそも、彼女が温泉まつりに参加するかもわからないし、椿が女子の出し物とか、何かに巻き込まれる可能性もある。あまり過度な期待は抱かないほうがいいと思えるのは、昨日の一連の流れから得た哲学だった。




◆◆◆



 お腹も一段落してきた頃、僕らは【さんまち通り】を抜けて、高山陣屋に到着した。

 高山陣屋は日本で唯一、江戸時代からの主要建物が現存する代官・郡代所跡と伝えられていて、当時の建物がそのまま残っている。陣屋を簡単な言葉で表現するなら、立派な日本建築のお屋敷といった感じだ。

 その内部はとても広い。重要な年中行事などで使用された書院造りの部屋や、取り調べを行ったり判決を言い渡す、行政の機能を果たす場所がある一方、江戸から派遣された代官・郡代とその家族が居住した部屋もある。その当時の建物が、そのままに残されているのだ。

 そしてさらに驚くべきことなのは、約三百年間に渡りこの建物は実際に利用されていて、しかも半世紀前までは現役で使用されていたことだ。

 一応、高山のメインな観光スポットだから、案内はしてみたものの、ここがアルバートたちに刺さるかはわからない。派手さはないし、日本の歴史に精通していない彼らに、この建物の価値を強要するのは申し訳ないような気もする。だから僕は正直、一抹の不安を抱いていた。


「アルバートたち、江戸時代って言われても、あんまりピンと来ないかもね 」


「うん。まあ、そうなんだよな 」


「でも見て。二人とも、めちゃくちゃ熱心に説明文を読んでるね 」


「あっ、ほんとだ…… 」


 佳央理に言われて、僕が後方にいる彼女とアルバートを確認すると、二人はハンカチで汗を拭いながら、熱心に英字の看板に目を通していた。その眼差しは遠目からでも、真剣そのものに見える。


 そもそも、あの二人はお医者さんだ。

 だからどんな物事に対しても、探求心があるのかもしれない。それは医療従事者の僕の両親を見ていても、同じような心意気を感じることがある。そしてその二人の間に流れる空気感は、とてもナチュラルにも見えたのだ。


「何か、あの二人、不思議だよね 」


「そう? 」


「アルバートさんは、麻愛ちゃん追っかけて日本に来たみたいだけど、二人が並んでるのを見ると、別に恋人って感じには見えないんだよね 」


「まあ…… 二人はそういう関係じゃないみたいだし。そりゃ、当たり前だろ 」


「違うの。その名目みたいなことじゃなくて…… 」


「えっ? 」


「何かね、二人の空気感が同志って感じなんだよね 」


「同志? 」


「うん。何か、仲間って感じ。変だよね。二人は歳はだいぶ離れてるのに、そんな風に見えちゃうなんて 」


「それは…… 」


 僕は佳央理の言葉に対して、何も言えなかった。

 いま何かを言おうとすると、それは確実に何処(どこ)かに ほころびが出るからだ。

 今日だって佳央理は僕らの事情を詮索せずに、静かに手を差し伸べてくれている。

 佳央理は、よく本質が見えている。その心が捉えた感想はほぼ当たっているし、鋭い観察眼はやはり看護師に向いている。


 僕は佳央理に、嘘はついていない。

 けれども、隠していることは沢山ある。


 彼女がこの街に来てから、僕の天秤は常に動いている。それはいつも左右に大きく揺れていて、たまに可動域を振り切りそうになる。


 何かを犠牲にして得たものに価値があるのか否か、このときの僕にはまだ答えがわからないでいたのだった。




◆◆◆












※実際の下呂温泉まつりでは、例年3日目に花火が上がります。



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