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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は僕を取り巻く環境を複雑にした
43/79

神は高山で彼に彼女の自然体を見せつけた

◆◆◆




 僕は佳央理の言いつけを守るために、彼女とアルバートを探していた。

 まだ着いたばかりであるにも関わらず、序盤からこんなに危うい状態になるのは、少し予想外ではあった。でもだからといって、逃げ出すこともできない。きっかけはもらい事故ではあったけど、悪化させたのは自分の詰めの甘さだ。


 ひしめき合う人々の間を掻い潜り、僕は奥へ奥へと歩を進める。頭一個飛び出した長身のブロンドヘアと、その隣の亜麻色の髪の乙女は、多くの外国人観光客で賑わう朝市でも、一際オーラを放っていた。


「あっ、コーセー! お野菜は買ったの? 」


「うん。高山野菜をいくつかね。母さんが佳央理に頼んでたんだって 」


「へー、そうだったんだ。あれ? カオリちゃんはどうしたの? 」


「佳央理は荷物を置きに、駐車場に行った。ところで今、二人は何を見てるの? 」


「ああ。アルバートが、お土産を探してるの。ここまで旅に夢中で、全然お土産とか買わなかったんだって。勿体ないでしょ? 買い物も旅の楽しみなのにね 」


「そう…… 」


 僕は特に意外でもない彼女の感想を聞き流すと、今度はアルバートへと目をやった。

 アルバートはこんな岐阜の山奥まで、彼女を探しにやって来た。しかも本人には内緒の弾丸日程とくれば、それは情熱的であると認めざるを得ない。

 逆瀬川さんは、昨日僕に『娘に変な虫が付かないように、宜しく頼む 』とか言ってたけど、正直条件的な部分を考えると、アルバートは変な虫ではない。むしろ全てを兼ね備えた、最高の人材だと思う。年齢的には彼女とは少し離れているのだろうけど、医学という共通の話題もあるし、見た目だって格好いい。そして何より、彼女に対してストーカー並の行動力を発揮して、それでいて堂々とアプローチできるパワーがある。むしろ変な虫なのは、何の取り柄もなくて、ただ平凡に生きてるだけの僕の方だ。

 勝負にならないなら、最初から詰まらない見栄を張っても仕方ない。

 何とか今まで微妙なバランスを保って、彼女とも佳央理とも知らぬ存ぜぬでやってきたのに、どちらにせよ、今日一日でその作り物の平穏ともおさらばだ。ここまで僕の平穏を砕かれたなら、こちらも当たって砕けてやる。僕はそんな境地になっていた。


「(あの、アルバート…… )」


「(ん? 急にどうかした? 君が俺に話しかけるなんて? )」


「(……この辺りは、木工工芸が有名なんです )」


「えっ? コーセー? 」


 彼女は僕が急に英語を喋ったから、驚いたのだろう。いつもの涼しい顔が台無しなくらい、目を見張っていた。僕は日頃の英語の授業でも積極的じゃないし、独学で密かに勉強していることなど彼女は全く知らない。でも僕は、その彼女の反応に(だんま)りを決め込む。ここで折れてはいけないと、心の奥底の本能が騒いでいた。


「(さすがに、君は地元のことに詳しいね。俺もこの辺りに来る前に、少しだけ名産は調べたから、何となくは知っているよ。圧縮技術で椅子の背もたれや、肘掛けを曲げて作ったりするんだろ? 日本の技術は凄いな )」


「(ええ。ところでアルバートさんは、どんなお土産を探しているんですか? やっぱり木工工芸品とか? )」


「(ああ。俺はね、緑茶が好きなんだ。だから茶道にも興味があってね。せっかくだから、道具とお茶を探してるんだ。茶筅(チャセン)(ナツメ)、是非本場の日本で良いものを買いたいね。この朝市には、出展はしてないのかな? )」


「(そうですね…… 多分、もう少し奥のお店には、あったような気がします )」


 アルバートは、あっさりと僕との会話を受け入れた。それはそうだろう。僕は既に彼と昨日旅館で必要に迫られて、英語で話しをした。アルバートに素早いスピードで喋られたら一貫の終わりだけど、彼はそんな子どものような意地悪はしてこない。そういう辺りは、英国紳士の気品のようなものを感じさせられる。


「(それなら是非、僕に朝市を案内してもらえるかな? それと、マイにもお願いがある )」


「(えっ、私? )」


「(これで冷たい飲み物を四本買ってきてもらえる? こんな炎天下で、みんなを振り回しゃうのは申し訳ないからね。僕は()()として、熱中症は未然に防がなくてはならないし )」


「(えっ? それは…… 構わないけど )」


 アルバートは財布から幾つかの小銭を出すと、彼女へと手渡した。その突然の不審な依頼に、思わず彼女は顔をしかめている。それは、そうだろう。僕だって、内心では少しビビっている。そんな人払いみたいな真似をされたら、こちらだって構えたくもなるだろう。

 彼女は目線で『大丈夫? 』と僕にサインを送ってきたのだが、そこは小さく頷くに留めておいた。何か変なことを言われたって、別に僕と彼女の関係性はただの同居人に過ぎないのだから、堂々としておけばそれでいい。だから、それは大した問題ではなかった。


「(そんなに、構えないでよ。彼女にお使いを頼んだことに、深い理由はないから )」


「(…… )」


「(それに俺のことは、アルでいいよ。アルバートと律儀に呼ぶのはマイだけだから )」


「(えっ? )」


「(マーガレットという名前の愛称は、イングランドではメグになるのが一般的なんだけどね。マイは短縮されて呼ばれるのを、好ましく思ってないみたいなんだよね )」


「(そうなんですね )」


「(初耳かい? )」


「(ええ、まあ )」


「(だから俺のことも、アルとは呼ばないんだよ。一応初めて出会ったときに、アルバートと呼んでいいか、って確認はされたけどね。だから俺も彼女のことはファーストネームのマイって呼んでるんだよ )」


「(そうなんですか…… )」


 彼女にそんな(かたく)なな一面があるのは、少し意外にも感じられる。でもまあ、普段から真面目の塊みたいな性格は、どこであっても健在ということなのだろう。


「(では…… 僕はアルバートさんのことを、アルって呼んでもいいですか? )」


「(ああ、もちろん。俺も君のことは、コウセイって呼ばせてもらうね )」


「(はい…… )」


「(お土産は自分用だけでなくて、他にも職場にお菓子を買おうと思ってる )」


「(えっと、お菓子は…… あの辺りに種類が沢山あります ) 」


「(そっか。それは助かるな。今回は、無理矢理仕事を休んで弾丸でここに来たんだ。職場には迷惑かけたし、人数も多いから。日持ちするのを大量に買おうと思って )」


「(あの、失礼ですけど…… アルも仕事はお医者さん? なんですか? )」


「(ああ、駆け出しだけどね。俺も専門は彼女と同じ心臓外科だよ )」


「(そうでしたか )」


「(昨日、マイの事情は聞いた。彼女の経歴のことを、詳しく知ってるのはコウセイとごく一部だけなんだってな。あの、ゴメン。名前がよくわからないんだけど、一緒に来てくれた女性も何も知らないんだろ? ) 」


「(ええ…… まあ ) 」


「(あの運転してくれた女性は、君の友達? )」


「(いや、彼女は僕の親戚です。従兄弟……ではなくて、ちょっと英語がわからないんですけど。僕と彼女のじいちゃんが兄弟なんで )」


「(ああ、再従兄弟(セカンドカズン)のことかな? )」


「(ええ、多分それです。はい…… )」


「(そっか。仲がいいんだね )」


「(ええ、まあ。一緒に育ったようなもんなんで )」


「(そっか。彼女の名前は? )」


「(佳央理です )」


「(カオリか。いい響きだね。二人とも今日は急なことにも関わらず、高山に連れてきてくれてありがとう。お陰で、いい思い出になりそうだ )」


 彼女を僕らから遠ざけたわりに、アルバートの口からは、一向に込み入ったら話題は出ては来なかった。てっきりマウントを取られるかと思っていたが、そもそも若造高校生のことなど、ライバルとも思ってない可能性もある。だとしても、アルバートの真意はあまり見えてはこなかった。


 そんなことをしているうちに、彼女は両手一杯にペットボトルを抱えて帰ってきて、僕らと再度合流する。そして三人で朝市を再びプラプラ歩き出すと、彼女は気ままに散策を始めていた。

 僕はアルバートに色々と英語で説明するのでいっぱいいっぱいになっていたけど、彼女はあちこち自由に動き回っている。そして今度は、彼女が商店の間からひょっこり宮川をのぞき込むと、こう僕らを呼びつけた。


「(ねーねー、コーセー! アルバート! 川に魚が泳いでるよ )」


「ああ、それは多分、鯉じゃないかな 」


 英語で話しかけられたのに日本語で返答してしまったのは、何ともチグハグだったけれど、咄嗟に鯉の英語が思い付かなかったから仕方がない。僕が魚の確認も含めて、少し慌てながら彼女に駆け寄ろうとしたとき、それを遮るように声を掛けてきたのはアルバートだった。


「(あのさ、コウセイ )」


「(何か? )」


「(彼女は、ここではいつも()()()()()なのかい? )」


「(ええ、まあ。いつも通りだとは思いますけど? )」


「(そうなんだ。ここでのマイは、とても元気で明るいんだね )」


「(そうですね。確かに、最近は特にそうかもしれません…… )」


 僕にはアルバートの質問の意味がわからなかった。

 彼女は至って通常運転だ。

 何に対しても好奇心が旺盛で、いつもそれなりに元気。たまに間違った日本語を教わって大胆な発言をするけど、それはそれでちょっと可愛いらしい。



 だから、もう一度断言しておく。

 このときの僕には、アルバートの質問の意味が、やっぱりよくわからなかったのだ。







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