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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に嫉妬した
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神は彼女に彼女を引き合わせた

◆◆◆



「恒星、いつまで寝てんの? こーせいっッ! 」


「イダっッ……! 」


 僕は母さんの怒号と布団パンチで目を覚ますと、慌てて布団から起き上がった。ここは自分の部屋であるはずなのに、何となく感覚がいつもと違うような気がする。時計を見ると目覚ましをセットした時間よりも二十分も早かった。


「あんた、午前中は部活でしょ?さっさと起きて用意をしなさいっ 」


「はい…… 」


 母さんは、朝から元気だった。低血圧の僕には、太刀打ちは出来ない。僕は思わずもう一度ベッドに体を倒したが、母さんは容赦なくバチンともう一発、布団を叩いた。


「それと、後で麻愛ちゃんのスーツケースを彼女の部屋に運んどいて。これ、鍵っッ 」


「……ちょっ、大家の息子でも、いきなり合鍵で女子の部屋に入るのはどうかと思うんだけどっッ 」


「んはぁ? 」


 母さんは腹からドスの効いた声で、僕を一蹴した。朝からこんな顔をされたら、流石に息子の僕でも少し怖い。


「麻愛ちゃんは、まだうちにいるわよ。あんたを無駄に彼女の部屋に出入りさせるわけないでしょ。私だって責任とれないわ 」


「なっッ…… 」


 よく実の息子を捕まえて、そこまで言えるわ。僕は思わず突っ込みそうになったが、これ以上火に油を注いでも仕方ないので黙って従うことにした。


 彼女のスーツケースを運ぶのは、やはり重さとの戦いだった。僕はなんとか玄関から荷物を外に出すと 外階段へと回る。

 うちの建物は一階が家業の薬局兼自宅で、二階から五階は学生寮として貸している。彼女には二階の一部屋を使うことになっているのだが、階段という壁は厚く道のりは険しかった。


 朝から汗だくになり自宅に戻ると、すでに食卓には彼女と母さんがいた。


「コーセー、ラゲッジ運んでくれてありがとう 」


「どういたしまして 」


 僕は汗をぬぐいながら定位置にに着席する。彼女は少し箸に苦戦しているようだったが、既に朝ごはんを食べていた。


「母さん…… 父さんは? 」


「パパはまだ寝てるわよ。この分じゃ、今晩も私はソファー確定ね 」


「じゃあ、姉貴の部屋で寝ればいいじゃん 」


「鞠子の部屋は、昨日は麻愛ちゃんが寝てたのよ 」


「へー 」


 昨日は疲れて母さんよりも先に寝てしまったから、細かい事情は知らなかった。 

 僕はちらりと、向かい側に座る彼女の様子を伺った。彼女は興味があるのか、いろいろなおかずを小皿に並べて食事をしていた。この中には、梅干しや納豆なんかも混ざっている。いつもの朝食の風景なのに、その探求心に溢れる瞳を見ていると何だか新鮮な気持ちになった。


「あのさ、母さん…… 」


「なあに?  」


 母さんは味噌汁を啜りながら返事をした。

 その光景は…… 至っていつも通りだった。


「さっき荷物運んだときに、玄関の写真なんだけど額ごと落としちゃって。新しいフックとかない? なんか引っ掛けるところバカになっちゃっててさ 」


「ああ……そう。わかった、後で探しとくわ。倒れても危ないから、額はリビングに持ってきといて 」


「りょーかい 」


 食事中で行儀は悪いと思ったが、僕は立ち上がると玄関から額を持ってきた。置く場所もないので、仕方なく額を食卓の椅子に立て掛けると、すぐに彼女はその写真に目をやった。 


「コーセー、その写真は? 」


「これは…… 父さんが趣味で撮ってる写真を、引き伸ばしたやつ。高山って場所の街並みなんだけどね。渾身の一枚で賞を撮ったとかで、後生大事に飾ってんの 」


「そうなんだ。あっちのもそう? 」


 彼女はテレビの上に飾ってある、ボードを指差していた。その目線の先には、僕と姉貴が小さい頃に昼寝をしていたときの写真が飾ってある。


「ああ、あっちは母さんが撮ったやつ 」


「へえ…… 」


 彼女は箸を止めて、その写真を見つめている。

 この手の話は、すぐに空気が危うくなる。

 すると母さんが、すかさず話をすり替えた。


「恒星。あなたは部活行く前に、一年のときの国語の教科書とテストの問題文を、ここに置いていきなさい 」


「えっ? 」


「麻愛ちゃんの編入試験と面接を、明日受けさせてもらうから 」


「明日っ? って、やっぱり急じゃんか。麻愛ちゃんだって心の準備とか…… 」


 だいたい彼女にいまさら高校の勉強なんて必要ないだろっッ。

 僕は思わず彼女の方を確認した。

 彼女の同意を求めたかった……はずだった。


「……私は問題ない。私は高校生を、もう一回ちゃんとやりたい 」


 彼女は、はっきりした口調で話した。

 それは彼女の本音なんだろうか……

 彼女とほぼ初対面の状態で再会したばかりの僕には、その真意はよくわからなかった。


「新学期は、もうすぐだからね。編入試験は三科目みたいなんだけど、麻愛ちゃんは英語は100点だろうし、そもそも理系だから数学も問題ないでしょ。だから国語だけは、ちょっと押さえてもらわないとね。取り敢えず手続きは、私が行ってしてくるから 」


「はあ…… 」


「麻愛ちゃんは、今日からは部屋でゆっくりしていいのよ。はい、これ鍵。ご飯はうちで食べても、自分の部屋で食べてもどっちでもいいから。いらないときは先に教えてね 」


「はい…… 」


 彼女が……編入……?

 彼女はあんな感じだけど、おそらく世界で十本指に入れる天才的な十六歳だ。

 本当に大丈夫というか、いろんな意味で成立するのか? 新学期から、先が本当に思いやられる……


 そもそもこの辺りには高校はうちの学校しかないから、進学するにも選択肢は一つしかない。うちはいたって、普通の平凡な高校なのだ。彼女を満たすハイレベルな期待には、確実に応えられない。それに彼女がもし編入してきたら、心穏やかなスクールライフは送れないような気さえする。


 僕ため息を堪えつつ、残りの朝飯をかっこんだ。だけど、こういうときの()()というのは続くものだ。


 すると突然、ガタンとゆう音が大きく響き、滅多に使わない玄関のドアが開く音がした。そして段々と、足音が近づいてくる。反射的に、僕は背筋にヒヤリとするものを感じた。



「お邪魔しまーすっ。朝からすみませんー 」


 その聞き慣れた甲高い声は、朝からよく響いた。


「ちょっ、佳央理!? 朝からいきなり何なんだよっッ 」


 僕は背後を振り向くと、思わず声を上げていた。上の寮の住人、かつ腐れ縁の佳央理が乱入して来たのだ。手には封筒を握りしめ、背中にはパンパンのリュックを背負っている。


「佳央理ちゃん、おはよう。朝からどうしたの? 」


 母さんも母さんだ。いくら親類とはいえ、不法侵入なのにキチンと注意をしないから、コイツもコイツで調子に乗って乱入してくるのだ。そして佳央理もそれをいいことに、結構な頻度で我が家の敷居を跨いでいる。


「今月の寮費が遅れちゃってたんで、渡しに来ました…… って、ちょっとこの子、誰ですかぁー! 可愛いー! 」


「麻愛ちゃんよ。しばらくうちに居ることになってね 」


「へえ、麻愛ちゃん…… 」


 佳央理は艶かしい目付きで、彼女を凝視している。朝から迷惑千万だ。だけど彼女はこんなイレギュラーな状況にも動じる様子もなく、佳央理に丁寧に挨拶した。


「……御坂麻愛です。宜しくお願いします 」


「私は田端佳央理…… ここのの学生寮でお世話になってるの。駅の向こうの看護学校の二年生 」


「看護学校? 」


「そう、私は将来は看護師になりたいから。あっ、もうこんな時間! 今度ゆっくり話しようね。私、もう授業だから行かないと! それじゃあ 」


 佳央理はそういうと、また部屋の中を走って勢いよく飛び出して行った。

 佳央理は相変わらずバタバタしている。いつも世話しないところは、子どもの頃から変わらないなと思った。




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