表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな選択肢を赦した
38/79

神は僕に少しだけ加勢した

■■■■■■



 彼らは……何を、話しているのだろうか。


 終業後、僕はロビーの柱の影から、彼女とアルバートさんを覗き見していた。

 彼女も私服に着替えていて、二人は向き合って何かを話している。 

 二人の会話に僕が同席する権利もないし、そうして欲しいと要望もされていない。それどころか、側にいたところで英語で会話をしているだろうから、どちらにせよ僕の出番はない。

 僕にはわかる。

 細かい英語の内容まではわからなかったけれど、アルバートさんは彼女のことを十六歳の少女として扱ってはいなかった。僕は彼女の事情を知っているから、先入観は否めないけど、二人のツーショットは妙に画になる。暗いから細かい表情はわからない。けれど異国の空気を感じる二人の風貌は、妙な色香が漂っていた。



「で、誰なの? あの外国人? 」


「知らん、僕が知るわけないだろ…… って、匡輔っ!? 」


「おっと、あんまデッカイ声出すなよ。麻愛ちゃんに聞こえるだろ? 」


「ん゛んっ…… 」


 隠密に観察していたつもりなのに、僕の背後からあまりにもナチュラルに話しかけてきたのは、匡輔だった。僕はつい声を荒らげてしまい、匡輔は慌てて口元を押さえてくる。こういうときは椿もセットでいてもおかしくはなさそうなのに、今この瞬間に限っては、匡輔一人が僕を茶化しに来たらしい。


「……恒星。これは、とんでもないライバル降臨だね 」


「はあ? 匡輔、テメー何を言って…… 」


「おっと。恒星がそんな汚ねー言葉遣いするなんて珍しいな。強がるなよ。あんな大人なイケメン外国人が突然目の前に現れたら、動揺くらいするだろ 」


「なっ 」


「恒星、そろそろ素直になれ。俺は恒星を応援してるからさ 」


「素直にならなきゃいけないのは、お前らの方だろ 」


「じゃあ、何でコソコソ覗くようなマネをしてんだよ。そうやって、すぐ論点をすり替える。少なくとも、(こっち)のオッズは一倍だから比較にならないし、悪いけど焦る必要がないんだよ。だからこそ、恒星は少しは自分の立場を自覚しとけ 」


「なんだそりゃ 」


 僕は頭では匡輔の言い分を理解しつつも、それを認めたくはなかったので、否定も肯定もしなかった。いいよな。ちゃんと確かめなくても、相思相愛な連中は。僕は少しばかり頭にきたが、背中に匡輔を抱えたまま、二人の観察を続行する。


「で、あの人、一体何なのさ? イギリスから来たのかな? 」


「知らん。そうじゃないの? 何か、普段聞き馴染みのない発音の英語を喋ってたから 」


「へー 話したの? 」


「風呂場を案内しただけだよっっ 」


 彼女は、アルバートさんは()()の知り合いだと言っていた。つまり二人の接点は、大学なのだと思う。下手したら、だいぶ年の差がある同級生かもしれないし、二人の関係性はパンドラの箱の中身よりも厄介な代物だ。だけど、その事情を匡輔や椿に悟られるわけにはいかない。

 当然だ。

 彼女が実は大卒で医師免許を持っていて、十八になったらイギリスに帰国して医者になるなんて話は、一般的な高校生が抱えるにはスケールがデカ過ぎる。

 それに彼女自身は普通の高校生として過ごすために下呂温泉(ここ)へとやってきた。だから、秘密を共有する人間が増えてしまえば、それはまるで意味がなくなってしまう。


 彼女とアルバートさんは、もうゆうに一時間くらいは話をしている。談笑とまではいかないが、遠目からでも二人の雰囲気は悪くないように見える。というより、端から見れば今も十分に彼女とアルバートさんは恋人のように見えるし、もう少し彼女が年齢を重ねたら、見方によっては完全にお似合いのカップルだ。


 まるで住む世界が違うことを、まざまざと見せつけられているような気分だった。これは、まだ人格形成が不完全な僕には、なかなかの酷い仕打ちだ。


 ここで何もせずに見守っても、何も起きない。

 ヤキモキしたところで状況は自分に有利になることはない。

 何だか、馬鹿馬鹿しくなってきた……



「やっぱ、帰るわ 」


「えっ? ちょいまっ、恒星…… って、いだっッ! 」


 僕がその場でスクリと立ち上がると、匡輔がドスリと つんのめるような音が聞こえた。本当は助けたくなんてなかったが、匡輔が頭を床にぶつけたような音がしたので、仕方なく手を貸しておくことにする。

 逃げるのではない。ここは自分なりに空気を読んだだけだ。少なくともアルバートさんは、わざわざ海を越えて、はるばる山の奥地の下呂の街までやってきた。その情熱は、彼女に好意を抱いていなければ、さすがに説明がつかない。

 少なくとも今は戦略的撤退しかない。ただし平和な温泉街といえども、夜道を彼女一人で帰すのは癪だから、僕は通用口で待っておく。だけどもう干渉はしない。


 ただでさえ昼間の逆瀬川さんの壮大なカミングアウトのせいで、僕の頭の中の整理は完了していない。

 これが今の自分に出来る、最大限の譲歩。

 そう、思ったときだった……



ブーブーブーブーブー


 僕は後ろポケットに振動を感じて、その部分に手を伸ばす。

 このリズムは、電話の着信だ。

 こんな静まり返ったところで声を上げたら、ホールで反響して二人に気づかれてしまいそうだ。



「いだっ、恒星、いきなり引っ張るなって! 扱いが雑だなっッ。何で、そんなに余裕がないんだよ? 」


「いいから、ちょっとこっちに来いっッ 」


「はあ? 」


 僕は無理やり匡輔を叩き起こすと、そのまま連行して、例の二人と距離を取る。幸い電話の呼び出し音は、まだ止んではいない。こんな時間に電話をかけてくる人間は、家族以外では佳央理か匡輔しかいない。だけど匡輔はここにいるから、選択肢は一気に狭まる。僕は空いた片手でスマホを手に取ると、ディスプレイを確認した。



「へっ? 」


 僕は液晶を二度見すると、遠巻きの彼女のシルエットを確認した。

 彼女は耳元に電話をあてがい、こちらを見ているような気がした。



 僕にとっては、予想外の出来事だった。

 何故ならば、電話をかけてきた相手が、何を隠そう彼女だったからだ……








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ