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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな選択肢を赦した
35/79

神は僕に彼女の出生の秘密を暴露した④



 大方予想通りだった、と言うべきなのだろうか……


 僕には殆ど免疫も無いような、難しい話だった。どういう反応をしていいのか、正解はよくわからない。それにも関わらず、僕は落ち着いた状態で男性の言葉を聞いていた。


 意外……でもない話だった。

 彼女を取り巻く環境も彼女自身も、僕にはトリッキーで、元々が浮世離れしているところがあるかもしれない。

 すると男性は僕の方を向き直し、また淡々と話を続けた。


「娘は、こんな俺を親にしてくれて、家族を与えてくれた。本当に感謝しかない 」


「家族が…… 欲しかったんですか? 」


「そんな願望はなかったはず…… だったんだけどね。今の科学技術では、同性のカップルが両方の遺伝子を持つ子どもを持つことは出来ないから。だからそういう感情は抱かないように、意識しないようにしてたし、親には孫の顔を見せられなくて、悪いなってずっと思ってたよ 」


 男性は一つ一つ単語を選びながら、僕の質問に答えてくれる。僕はただの高校生で、なんの義務も権利も持たない存在なのに、男性は誠実に向き合ってくれている。この人には多分初めて会ったけど、横から見える眼差しは、どことなく彼女の面影があるような気がした。


「でも、そうだね。もしかしたら潜在的なところで、そういう意識はあったのかもね。昔、パートナー…… 娘を産んだ母親に言われたんだ。子どもが欲しいから、協力して欲しいって 」


 パートナーとは、恵倫子さんのことだろうか?

 恵倫子さんには、小さい頃に会ったことはある。だけどどんな声をしていたか、どんなことを話したか、ハッキリとは思い出せない。この前、彼女の部屋で写真を見てしまったから、顔の印象は思い出せる。彼女に似ていて目がパッチリとしていて、誰もが思わず振り返ってしまうような美人だった。 微かな記憶しかないけれど、昔会ったときは僕らとも遊んでくれて、明るくてハキハキとしたした雰囲気だったような気がする。


「そのときは、どう答えたんですか 」


「もちろん断った。俺は同性愛者だからね。確かに、誰もがみんな子どもを持つ自由も権利もある。だけど、僕のようなバックボーンを持つ人間が親になると、家族という形は非常に複雑になる。それは生まれてきた子どもには関係がないことなのに、そういうことが理解できる年代になったときに、普通でない自分の家族の形に悩んだり、衝撃を受けることがあるかもしれない。

子どもは親を選べない。パートナーのことは、性別を越えて信頼できる親友だと思ってはいたけどね。まあ、そう簡単に受け入れられるお願いではなかったよ 」


「…… 」


 意外なほど真っ当な答えが返ってきて、僕は少し萎縮していた。それと同時に、男性はなぜ初対面の若者に、そんな込み入った内容を話すのか、不思議に思った。


「パートナーは、こう言ったんだ。私の心臓は長くは持たない。自分には、伴侶とおばあちゃんになるまで添い遂げることは難しい。配偶者の人生すべてを幸せにすることは出来ないから、結婚はできない、ってね。 だけど自分が生きた証を残したい、子どもだけは欲しい、それだけは心残りだから協力して欲しいって言われたんだ。娘の母親は、俺が同性愛者と知っていたからね。貴方は他の誰かと添い遂げればいいって。勝手な奴だと思わないか? 」


「……迷ったりは、しなかったんですか? 」


「迷ったね、本当に迷った。何回も何度も断った。 娘の母親のことは、性別は違うけど何でも相談できる、友達というか戦友みたいに思ってたけど、簡単に折れる訳にもいかなかった。でもあっちも食い下がらなくてね。アイツは気が強かった。ヤツの願いは叶えてあげたいけど、俺が女性に恋をすることはないし、何より命が長くないのがわかっていて、子どもを持つことは親のエゴじゃないかって何度も説得をした 」


「…… 」


 でも実際、麻愛はこの世界に産まれてきた。

 それは、つまり……

 男性は、彼女がいる未来を自分の意思で選んだということなのだと思う。


「娘は母親の病気のことを知りながら、この選択をした俺を恨んでるかもしれない。娘は俺のセクシャリティも、自分が生まれた経緯も知らない。それはパートナーと生涯告知しないって、約束しているからね。娘の母親は、頑張って余命よりもかなり長く生きたけど、出産をしなければ、もっと生きられたかもしれない。少なくとも俺が娘の立場なら、そう思うだろうね 」


「後悔してるんですか? 」


「母体に負担を掛ける選択を許した、っていう点ではね 」


 麻愛がこの件についてどう思っているのか、僕には全く見当がつかない。恵倫子さんがリスク承知で産んでくれなければ、彼女はこの世にはいない。そのきっかけを作ったという点では、男性を疎ましく思うかもしれないけれど、そう単純な話でもない。


「俺は娘の母親には恋はしなかった。こればっかりは、努力とかそういうものでは抗えない。そうなれたら苦労はしない。でも俺は娘の母親を…… パートナーを、とても愛していたんだと思う 」


 恋はしない……

 愛してはいる……

 好きではあった……

 愛していたからこそ、願いを叶えてあげたかった……


 僕は何だか哲学的な言葉の羅列に、頭が付いていかなかった。でも男性が適当に何かを言っている訳でないことも、同時に理解はしていて、この言葉の意味を紐解きたいと思った。


「矛盾してると思うだろ? 」


「ええ、まあ…… はい…… 」


「俺も自分で言っていてそう思う。恋と愛がイコールであれば困らないんだろうけど、あいにく俺の場合はそうではないらしい。

言葉で表すのは難しいけど、俺は無償の愛を、娘の母親と娘から貰い続けてる。それは今も昔も変わらない。家族を持ってからも、新しく恋人を探そうと思ったけど、どれも長続きしなくてね。結局娘が生まれてからは独り者だよ。まあ、一応事実婚だし、結果としてそれで良かったんだけどね。そうしとかないと、親権とかの手続きが複雑になってただろうし。家族って偉大だなって、パートナーを失ってからより強く思い知ったよ。結局、きっとこれから先も、アガペーを抱くのは家族だけなんだと思ってしまう。パートナーは別の配偶者を見つけろとか勝手なこと言って逝っちゃったけど、俺のこと見くびり過ぎだよな 」


「……()()()()()の作戦、失敗しちゃったんですね 」


「まあ、そういうことだね。遺された方からすれば、迷惑千万な話だよ 」


 男性はそう言うと、ゆっくりと腰を上げた。それにつられて、僕もその場に立ち上がる。

 男性と一緒にいた時間は数十分程度のはずなのに、何だか一瞬のことだったような気がするし、逆に何年も前から見知っていたような感覚さえも抱いた。


「悪いけど、これを娘に渡してもらえるかな? 」


 男性はそう言うと、背負っていたリュックの中から、徐に何かを取り出した。少しグシャグシャになったビニールに包まれたこの中には、花束が入っていた。


「なっ…… 」


 僕は思わず変な声を出してしまいバツが悪くなった。男性がそれを見てか少し苦笑すると

「やっぱ、そういう感じ、スゲー似てんな 」

と言って、無理矢理 僕に花を押し付けた。そして今度は真後ろに振り向くと、斜面をゆっくりと歩きだす。


 その後ろ姿は、僕にはとても遠い存在のような気がした。


 でも、僕にもまだ確かめたいことが……

 あったのだ……


 

「あのっッ! 」


 自分でもビックリした。

 こんな声が出るのかと思うくらい、僕は大きな声で男性を呼び止めていた。周りの人たちに聞こえていても、もはや構いやしなかった。


「なんだい……?」


 男性は足を止めて、こちらを振り向いた。

 手をポケットに突っ込み僕を見るその姿は、それだけでも画になった。


「あの…… 会っていかないんですか? 」


「誰に? 」


「……娘さんに 」


「……今日は止めておくよ。会う必要がなくなったから 」


 男性はそう言うと、また少し笑みを見せる。会う必要がなくなったという言葉の意味はわからなかったが、そんなことはどうでもいい。

 僕には、まだ知らなくちゃならないことがあったからだ。


「あの…… ()()()()()っっ! 」


「……なんだい? 」


 賭けだった。

 返事をしてくれなかったら、どうしようかと思ったけど、逆瀬川さんは返事をしてくれた。


「何でっッ、僕に話そうと思ったんですか? 」


 自分でも、段々声が小さくなっていくのがわかった。そうさせているのは、僕が自分自身に自信がないがないからだと思う。


「何で、だろうね。君は自分では気づいてないかもしれないけど、傾聴力がある。頭の回転もいいし、洞察力もね。心地がよかったし、何よりも君は最初から俺の()が誰か判ったうえで誘導していた。それに娘のためにも、君には知ってもらった方がいいと思ったからね 」


「そんなことはありません。僕を買い被りすぎです 」


「それにね、君……いや、()()くんが…… 俺が信頼している人たちと、同じ目をしているって思ったからだよ 」


「まあ、一応()()の息子なんで…… 」


「あはは。俺が言いたかったのは、そういう物理的な話じゃないよ。もうすぐ()()()()()()の十七歳の誕生日なんだ。宜しくな。玄関に引っ掛けとくだけでいいから 」


「……お預かりします 」


 逆瀬川さんはそう言うと、また土手の方に体を向けた。

 今度こそ、時間がやってきたのだと思う。

 きっと今はこれ以上聞いても、僕のキャパシティーでは消化できない。

 ふと預かった花束を覗くと、同じ種類の物が数本束ねてあって、とても綺麗な色をしていた。


「そう言えば…… 」


 逆瀬川さんはそう言うと、もう一度だけ足を止めて、顔だけこちらに向けた。その姿は思わず男の僕でも見惚れるくらい、格好が良かった。


「ここに来る特急で、オクスフォード訛りの英語を話す外国人に道を聞かれたんだ 」


「はあ? 」


()()()が付かないように、恒星くん、宜しく頼むよ 」


「わかり……ました…… 」


 逆瀬川さんはそう言うと、今度はこちらを振り向くことなく颯爽と歩いていった。


 それがどうした? といった内容の追伸だった。








 だけど僕はその忠告を全く生かすこともなく、その日の晩から、例の外国人に暫くヤキモキする羽目になる。



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