神は僕に彼女の出生の秘密を暴露した②
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僕は宅配便のレシートを片手に握りしめて、自宅へと急いでいた。夕方のバイトまでは自由の身だから、少しでも早く帰って、家で昼寝でもしていたいというのが本音だった。
今日は僅かに風があるので、それは炎天下を歩く中でも唯一の救いだった。
僕は少しだけいつもよりも歩幅を広げると、今日二度目のいでゆ大橋を渡り始めた。
一人でこの道を歩くことは、最近はあまりない気がする。登下校はだいたい彼女が隣にいるから、何だか逆に落ち着かないくらいだ。部活も雄飛閣も自宅でも一緒だから、彼女と過ごす時間が一日の大半になっている。
行きの道のりは佳央理の好意で、大幅なショートカットをさせてもらった。
だけど帰りは違う。
自力でこのクソ暑い道程を、何とかして帰らなくてはならない。 一人で飛騨川のせせらぎを聞きながら歩くことも最近は殆どないけど、そういうときはいろんな思考が頭の中を駆け巡るものだ。
佳央理とは血の繋がった関係なのに、特に最近は微妙な空気になることが多い。
言葉の端々に違和感を抱かないほど、僕も鈍くはない。わからない振りをして、知らぬ存ぜぬを貫いて、全力で気づいていない体を装っている。そんなところだ。
佳央理が、僕に何をどこまで求めているのかは、良くわからない。
佳央理は、先日僕に「恒星は鈍感だ」と言い放った。
あの一言が、話をより複雑にして、僕を悩ませていると言っても過言ではない。
そもそも、佳央理が僕に向けている感情が親類愛を越えたものなのかも、確証は得られていない。だけどそれを本人に確かめるわけにも、身近な人間に相談する訳にもいかない。僕らは再従兄弟同士で、この血の繋がりは死ぬときまで普遍の事実として、僕らを縛り続ける。
それは互いに一過性の感情かもしれないし、僕の疑念だけで、今後の関係性が壊れるようなことだけは避けなくてはならない。
血の繋がりがあるということは、嫌い、振られた、さようなら、連絡先を消したで、すっぱり別れられるようなことではない。
どんなことがあっても、親類縁者として助け合って暮らしていく未来は続いていく。そして、僕もそれは本能の範疇で理解をしている。
だけど、このままのらりくらりと生温い状態を維持できるのかどうかは自信はない。
僕は麻愛に対して、特別な感情を持っている。
彼女は多分それに気づいてない。
というか気づかせたくない。
僕自身も気づいてくれることを望んでいないし、彼女に僕を好きになって欲しいと願っていない。このままの関係性は、あと一年は続く予定だし、その時間一緒に過ごせるだけで、僕にとっては丸儲けなのだ。
勿論、何かの間違いで進んだ関係になったら嬉しいし、その時がもし奇跡的に訪れれば話は別だ。
だけど、現実はそうは甘くはない。
彼女の頭の中は、既に大学卒業並みで医者として働けるまでの叡知を持っていて、そのレベルの人間たちと対等に渡り合える、成熟した精神を持ち合わせている。
そんな人間が、何の取り柄もない、むしろもっといろいろ頑張らなきゃいけないくらいの平凡な日本の高校生に興味を抱き、さらには恋をする感情まで発展するのは、難攻不落の城を突破するよりも厳しい確率の話だと思う。僕の場合は相手が強力過ぎるし、何より不相応なのだ。
人類が、みんな僕のように悟りを開いた恋をしているとは限らない。
なんとしても、相手を振り向かせて両思いになりたい、幸せになりたいと思う人もいるだろうし、あらゆる手段でアプローチをする人もいるだろう。
でも一方で、相手の幸せが自分の幸せだという人もいる。十人十色だ。
僕は、佳央理が向けてくれている好意には気づいている。だけどまだ、僕はそれにどう向き合えばいいのか、良くわかってはいない。
血の繋がりが、邪魔になることもある。
それは相手が嫌いなときだけに効力が発生するものでもない……
そんな飛躍した思考が、頭の中をリフレインしているときだった。
風が目の前を駆けるのが
見えたような気がした……
ビューッッ!!!
次の瞬間、耳元を大音量の暴風が掠めた。
そしてゆっくりと僕の意識は、目の前の風景へと舞い戻る。
いでゆ大橋は、川からかなり離れた高さにあって、周辺を山で囲まれているから時折強い突風が吹く。
僕はこのとき、誰にも打ち明けられない感情で悶々としていて、体が弛緩していたのかもしれない。そして僕が油断したことに気づいたときには、握っていたレシートを離していた。
レシートは空を大きく舞い、太陽と同化する。その光景はスローモーションに見えて、ゆっくりと空を舞い、大きく交錯するように川岸へと落下していく。
母さんは確定申告もあってか、律儀に帳簿をつけている。どんなことがあっても、レシートは渡さなくてはならない。それが出来なかった場合は、とても面倒で大変な目に遭う。
それだけは嫌だった。
つまり僕は自分の不注意で、仕様もないピンチに追い込まれて、プチパニックに陥っていた。
「ちょいまっっッ、僕のレシートっッー!! 」
僕は思わず柵から頭を突きだし、点のように小さくなっていく紙切れを目で追った。
無情にも紙は重力に沿って、どんどんと川の方へと落下していく。水のなかに落ちたら、さすがに諦める。が、レシートは幸運なことに、再び突風に乗って川岸の方に流れて行き、ヒラヒラ回転しながら落ちていった。
これは、一旦、河原まで降りるしかないっ……
自分の油断で、蒔いた種だ。
僕は意を決すると、いま来た道のりを全力で逆走する羽目になった。




