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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな選択肢を赦した
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神は僕と姉を対峙させた

◆◆◆

 

 久し振りに帰省した、姉との再会は唐突だった。姉はいきなり下呂に戻ってくるや否や、すぐさま母校に足を運び、僕の担任兼自分の元担任の村松先生に顔を見せに来たらしい。僕は赤点の現場を目撃されて、何となく気まずくもあった。姉ちゃんは車で学校まで来たらしく、僕は同乗して帰宅することにした。


「恒星、あんた今日は部活ないの? 」


「今日は朝練日だから、夕練はない日 」


「ああ、そう言えばそんな日もあったね 」


 僕は姉貴とは高校生活は被っていないけど、同じ弓道部員だったからそういう話はあっさりと通じた。


「今日は麻愛ちゃんはどうしたの? お母さんから、弓道部に入ったって聞いたけど 」


 姉貴の部屋からあれだけ装備品をパクったら、流石に耳にも入るだろう。姉貴はまだ彼女とは再会していないようだが、やはり気になる存在らしい。


「さあ? 今日は放課後は委員会って言ってたから、図書室にでもいるんじゃないかな? 椿と一緒に図書委員やってるから、当番でもやってんじゃないかな? 」


「相変わらず、神童オーラは健在な感じ? 」


「いや…… そんなことはない。ここ(下呂)に来てから、暫くはそんなに喋らなかったし、今ももしかしたら意図的に話す内容とかを気をつけてるのかもしれない。父さんとは、たまに医療関係の話してるけど、学校ではそういう素振りは一切見せないし 」


「そう。麻愛ちゃん、すっかり馴染んでるね 」


「うん、多分そうなんだと思う…… 」


 本人の努力は言うまでもないのだが、僕のアシストも少しは評価してほしいものだ。何だか僕は急に面白くなくなって、サイドミラーを覗いた。


「それにしても、まさか追試の弟と鉢合わせるとはね 」


「それは、母さんたちには黙ってて 」


「さあーて、どうしよっかなー 」


「……セコいな。条件は何? 」


「肩たたき三十分  」


「なんだそれ? 最初ッから隠すつもりなんてないだろ? 」


「まーね 」


 姉貴は少しだけ嫌みな笑い方をすると、少しワイルドにハンドルを切って右折する。重力を感じるドライブテクニックを披露する辺りは、何となく母さんの娘だな、と感じてしまう。


「恒星は、うちの家系だと珍しいくらい文系人間だよねー ちっちゃい頃から、よく本も読んでたしね 」


「いや、そんなこともないけど…… 」


「でも国語は、中学の頃から殆ど満点じゃん。それに英語も成績いいし 」


「別に。だからと言って、ね。理数科目は壊滅的だから。順位は万年平均キープだよ。ねーちゃんこそ、急に帰ってきて高校(母校)にくるなんて。村松先生に用事かなんか? 」


「うん。ちょっと進路のことでね。村松先生、院卒だから 」


 僕の担任兼姉貴の担任の村松先生は、新任でうちの高校に来た所謂新卒教師というやつだ。年齢も比較的僕らに近いので、もしかしたら姉貴も何かと話しやすいのだと思う。


「……姉ちゃん、院に行くの? 」


「うん。まあ、行ければなーって、最近思ってて 」


「行けるなら、行けばいいじゃないの? 何で、そんなに悩むんだか 」


「あんたね、いくら国立でも薬学は金掛かるのよ。それに博士課程までいったら、十年間学生することになるんだから。そんな簡単に決めらんない 」


「じゅ、十年!? 」


 僕は思わず、声を上げていた。

 そんなに長い月日が掛かることならば、時間をかけて決断するのは自然な流れだとも思う。


「そうよ。だから少しくらいは悩むのも、多目に見てもらわないと。四年はデカイし、それだけの年数があれば、数千万単位で生涯年収は変わってくる。そんな簡単には、決断できないよ 」


「そうなんだ…… 」


「別に恒星にプレッシャー掛けるつもりはないから。薬剤師(免許)は取るし、学部を卒業したらバイトしながら博士課程行くつもりだし 」


 いや、どっちにしろ、僕の今の成績じゃ国立は無理だ。だいたい理系科目が絶望的過ぎる。それに姉貴の学力と僕の能力では、そもそも同じ土俵にすら立つことは出来ない。


「姉ちゃんは、大学院で何を勉強したいの? 」


「新薬の開発 」


「研究がしたいってこと? 」


「入りたい研究室の教授が、悪性腫瘍の新薬の研究開発をしてるの 」


「姉ちゃん、薬作りたいんだ 」


「…… 」


 悪性腫瘍の薬ということは、つまりは抗がん剤に興味があるということなのだろう。姉貴は僕の問いには答えず、暫く黙ってハンドルを握っていた。車は相変わらず山の間を縫うように進んでいく。そして姉貴の運転は、相変わらず独特の荒々しさがあった。


 僕はまだ自分が何者になりたいのか良くわからないが、姉貴はなりたいものになっていいのかを迷っている。中途半端な僕からしてみれば、姉貴の悩みと言うのはとても贅沢で、少しだけ羨ましくもあった。


「恒星 」


「……なに? 」


「最初は…… お父さんやお母さんみたいに、病院で臨床の道に進むつもりだったんだけどね。興味が沸いてきちゃって。研究室の申し込みの締め切りまでに、ちゃんとお父さんたちと話をしておきたくて 」


 将来の夢……か……

 その研究室に入るのも難しいことなんだろうけど、最終目標を見据えて一歩を踏み出そうとする辺りは、とても姉貴らしいと思う。


「あのさ、姉ちゃんはいつから薬剤師…… つーか、薬の道に進もうと思ったの? 」


「えっ? うーん、いつ頃だったかなー はっきり決めたのは、今の恒星くらいのときかな? 」


「ふーん やっぱ父さんたちの影響? 」


「そうね。それは、一番大きいかな 」


 地域医療では、薬剤師が担う働きは大きなウエイトを占める。日々勉強を惜しまず、人のために頑張っているうちの両親のことは、僕も純粋に尊敬している。


「あんたが、そういうの聞くの珍しいね 」


「そう? そんなことはないと思うけど 」


「麻愛ちゃんの影響? 」


「なっ…… 」


「ふふ、恒星は、わかりやすいね 」


「そんなことはない、けど…… 」


「まあ、あんな異次元みたいに、先の先の人生歩んでる同い年がいたら、イヤでも影響されるよね。私なんか麻愛より三つ上だけど、私よりも前にいるからね 」


「姉ちゃんも、麻愛のことを意識するんだな 」


「まあ、一応ね 」


 姉貴のリアクションは、僕には意外な感じがした。そして姉貴は何故か車の窓を少しだけ開けると、こう話を続けた。


「私たちは、まだこの世に生まれて十八年ちょっとなのにさ、そこから先の何十年、自分がどうやって生きていくか考えなきゃならない。しかも十八年っていったって、三歳くらいまでは物心付いてないから、実質十五年くらい? っていうか、私なんか早生まれだから、もっと不利かもしれない。子供の頃なんて、ただ漠然と生きてるだけだったし、社会にどんな仕事があるのか自分の適正もよくわからない。そういう限られた条件のなかで天職を探すのは、やっぱり一筋縄じゃいかないんだよね 」


「どうしたねか? ねーちゃん、今日めっちゃ語るね 」


「そう? まあ、つまり何が言いたいかっていうと…… 」


「麻愛はスゲーって話だろ 」


「どうしたの、恒星? 今日は冴えてんじゃん 」


「別に。いつも、こんなもんだし 」


 数ヶ月振りに姉とサシで話したと思ったら、随分込み入った話をしてしまった。


 彼女は十歳の時点で医者になることを決めて、十六歳で医者になった。

 一方の僕は十六歳なのに、まだ自分がこれからどうしたいか、どうなりたいのか照準が定まらないでいる。


 彼女の隣を僕が歩けるビジョンは、まだまだ沸きそうにはなかった。



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