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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな選択肢を赦した
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神は彼女に雷鳴を聴かせた②



「キャッッ! 」


 彼女は、声を上げて叫んでいた。

 今の雷で、停電したのか?

 窓から外を覗いてみるが、温泉街の明かりも落ちている。光ってから音が鳴るまでも早かったし、雷鳴は尋常じゃない、音の大きさと響き方だった。どうやらこの辺り一帯で、停電してしまったらしい。


「きゃっ!? 何これッッ! ブラックアウト?! 」


「……停電みたいだね 」


 彼女は珍しく声をあげて、僕はその声に驚いた。これほど取り乱す彼女を、僕は見たことがない。こんなときなのに、僕は彼女は焦るとこんな表情を見せるのか、とすら思ってしまう。


「麻愛、そこにスマホある? タブレットの液晶でもいいから。少し部屋を明るくできる? 」


「コーセー? って、なんで…… そんなに冷静なの? 」


 彼女の声は震えていた。

 そして少し怒っているのか、ぶっきらぼうに液晶を立ち上げると、僕の方にそれを照らした。


「あはは…… 僕も別に冷静な訳じゃないから 」


 僕は僅かな光を便りに、手探りでテレビの裏に保管している懐中電灯を取り出すと、スイッチを点灯させた。


「近くに落ちたんだろうね。直ぐに復旧すると思うけど、麻愛は動かないでここにいて。僕は一応、ブレーカーを見てくるから 」


「う、うん…… 」


 僕はそう言うと、懐中電灯を持って洗面所へと向かう。すると次の瞬間、僕の腕に何か温かいものが触れた感じがして、少し遅れて手首を捕まれたことに気がついた。


「ちょっ、麻愛? 」


「ごめん。今ひとりでリビング(ここ)にいるのが怖すぎて 」


「えっ? 僕は、すぐ戻ってくるよ? 」


「わかってる…… わかってる…… けど…… 」


 彼女はそう言うと、もっと力を込めて、僕を掴んだ。こうなったら僕にはもう、どうすることも出来ない。


「わかった。足元、気を付けてね 」


「うん…… 」


 僕は、彼女に半ばしがみつかれるような格好に陥っていた。多分、通常運転なら僕も少しは舞い上がっていたのかもしれない。だけど今日に限っては、そんな余裕はなかった。 


 僕は彼女と一緒に、自宅を一周して電源プラグを抜いて回ると、押し入れの奥からラジオを引っ張り出した。ついでに部屋からは毛布も持ってきて、長期戦に備えておく。彼女は少しは落ち着いているようにも見えたが、相変わらず僕の左手は拘束されたままだ。


「コーセーは怖くないの? 」


「そりゃ、僕も雷は嫌いだよ。怖いし。この辺りでは、この時期の停電はたまにあるから慌ててないだけ 」


 僕はラジオをつけると、無理やり周波数を合わせる。ただでさえ電波は強くないのに、この悪天候ではそれは余計に難しくなる。暫くして流れてきたラジオの情報だと、電力会社の施設に雷が落ちたらしく、回復するまでには時間が掛かると言っていた。


「雷、止まないね 」


「そうだね 」


 僕は座ったまま、少しだけ窓から外を覗いた。温泉宿を中心に、外はポツリポツリと明かりが灯っている。自家発電が作動し始めたのだろう。


「もう今日は寝ちゃって、明日早く起きて、いろいろやった方がいいかもね 」


「えっ? こんなにゴロゴロしてるのに、コーセーは眠れるの!? 」


 彼女は驚いたのか声を張り上げると、僕の方を振り向いている。そんなことを言われても、選択肢は限られている。それなら少しでも、よさそうな手段を選ぶしかない。


「まあ、熟睡は無理だけど、目を瞑っておくくだけでも、体力は回復するし 」


「男の子って、便利でいいわね 」


「はい? 」


 彼女はプイッとすると、毛布にくるまりソファーの上で体を丸める。それでも、僕の手首だけは掴んだままだ。こんな拗ねた様子の彼女の態度は、僕の目にはとても新鮮に映った。


「麻愛 」


「何? 」


「雷が光ってから、ゴロゴロって鳴るまでに時間があるだろ? 」


「えっ、うん。光と音のスピードは違うからね 」


「僕は雷が光ってから音が鳴るまでの間、心の中で数を数えるようにしてるんだ 」


「数? 」


「うん。そうするとね、何故か不思議とあんまり怖くないんだ 」


「そうなの? 」


「ああ。これは父さんからの受け売り 」


「…… 」


 僅かな明かりで照らされた室内は、薄暗い。そんな状況なので、彼女の表情はハッキリとは見てとれなかった。だけど彼女は疑いの目を、僕に向けている気がする。

 僕は無駄にカーテンを全開にすると、稲妻を待った。そして数十秒もしないうちに暗闇に閃光が走り、ピカッっと鋭い線が漆黒の夜空を切り裂いた。


「いち…… に…… さん…… 」


 彼女は光を確認すると、小さな声で数を唱える。そして三つ数えたところで、ゴロゴロと雷鳴が響いた。


「本当だ。不思議だね。あんまり怖くない 」


「でしょ? 近くに落ちたときとかは、あんまり意味ないんだけどね 」


「ありがとう 」


 彼女はそう言うと、僕の腕をぎゅっと握りしめた。

 無自覚でなんとも思ってない相手だから、なし得る技、というかイギリス人の人と人との距離感は僕には理解できそうにもない。

 彼女のパーソナルスペースは、たまにとても近距離だ。僕をいつも悩みの小部屋に閉じ込めて、そこを出ることを決して許さない。

 そして改めて、彼女と二人きりという現実が込み上げて、何だか今更ながら僕の心はざわつき始める。



 このまま朝まで、これが続くんだろうか?

 そしてこのシチュエーションに、僕はいろんな意味で耐えられるのだろうか?


 僕が一抹の不安を抱き始めたとき、微かな明かりに照らされた、彼女と目が合った。

 薄暗い室内で見る彼女の瞳は、いつもよりも鮮やかな透き通るようなグリーンで、僅かな光源を拾って、燃えるように揺らめいている。


 そして彼女は何故かもう片方の腕を上げると、僕の頬の辺りを優しく撫でた。

 僕は全身に電気が走るような感覚になって、思わずその手を掴む。


 いまここが嵐でなくて、家とかじゃなくて、もっと現実離れした空間であったら……


 僕は一瞬、理性と本能の間で戦った。

 だけど彼女がここに来てからの僕は、幾分か精神が鍛えられている。

 彼女の真意がわかっていたならば、僕は本能に身を委ねていたかもしれない。

 でも僕と彼女の関係は発展途上というか、それ以前に何も起きてはいないのだ。



「……麻愛? 」


「えっ、あっ 」


 彼女が少しあたふたする様子が見えたので、僕はその手をパッと外した。

 僕の手はじんわりと汗ばんでいて、もしかしたら()()()()と、彼女にバレているかもしれない。

 こういうときに気の利く一言が言えればいいのに、咄嗟には面白いことの一つも、声には出来ないのだ。


 ああ、もう今日のことは全部……

 雷のせいだ。


「あの…… 僕、寝るわ 」


「えっ? あの、コーセー? 床で寝るの? 」


「別に。毛布があるから、平気だよ 」


「こんなに雷うるさいのに、眠れるの? 」


「だって、他に出来ることもないだろ? 」


 彼女が、上から僕の方を覗き込んでいるような視線は感じたが、僕はそれから逃げるように毛布を被った。


 相変わらず雨の勢いも風の強さも、雷の猛追も止みそうな気配はない。

 外は、こんなに煩い。

 なのに僕の体内では、それらを上回る鼓動が駆け巡っていて、その勢いは落ち着きそうにない。


 何度も寝返りをすると、狸寝入りがバレそうで、僕はずっと窓の方を向いていた。彼女もやはり怖いのか、背後から頻繁に布団をカサカサさせる音がしている。

よくよく考えたら、僕はもう何時間も、真っ暗闇の密室で彼女と二人きりで過ごしている。二ヶ月前に十数年ぶりに再会したときも、彼女は無防備に僕の肩で寝ていた。

 それに先日のこともある。

 そんな間柄なんだから、僕は今更深く意識をしなければいいのに、どうしても彼女のことが気になってしまう。彼女と僕は住む世界が違うのはわかってるんだから、さっさと諦めればいいのに、あの初めて会った日から、僕にとってはただの女の子でもあるのだ。


「ねえ、コーセー? 起きてる? 」


 深い沈黙を破ったのは、彼女だった。

 返事をするべきなのか…… 一瞬、躊躇う自分がいる。だけど、それを押しきることに、僕にはメリットがなかった。


「ああ まだ、起きてるよ 」


「ほんと? それなら、良かった 」


 僕は仰向けになって、彼女の方に顔だけ向いた。薄闇ではっきりとはわからないが、彼女はソファーに座ってこちらを見ていた。


「私、何だかドキドキしてて、目が冴えてるの 」


 僕も君とは違う意味で、この状況下に緊張しっぱなしだ。もう今日は停電の復旧は、難しいかもしれない。

 そうなれば、朝までこのままだ。


 僕は、一瞬考えた。

 僕を悩ませる唯一の存在は、今日はいつも以上に無自覚に僕を攻めてくる。

 そして無性に、僕は彼女に少しイタズラをしたくなった。


「まあ、それはそうだよね。僕もきっと君とは違う意味でドキドキしてる 」


 僕は少しの本心を交えて、彼女にこう返した。彼女がこの意味をどう取るかはわからないが、こんなに僕はいろいろと堪えている。少しくらい困らせても、バチは当たらないハズだ。


 だけど、彼女の反応は、僕の予定を遥か上をいくものだった。


「えっ? 何でわかったの?  」


「ん? はい? 」


「私…… その、気を付けてたんだけど…… 」


「……? 」


 彼女は、会話が成立しない返答をした。

 僕もビックリして声が裏返ってしまったが、彼女がタジタジな物言いをすることは、もっと珍しい。彼女は空咳を数回すると、また毛布にくるまってしまった。


 どうしよう……

 気まずい……

 変なことを言ってしまった。


 彼女が発した、

 何でわかったの? 気を付けてたのに、の流れがわからない。

 僕の本心は彼女には理解されず、混乱だけさせてしまうのは、かなりの計算外だ。


 雷鳴は止まない。

 雨も風も増している。

 でも、いま僕を駆け巡るのは、激しい心音と耳に焼き付くような耳鳴りと沈黙だった。


 ガンガンガンガンっッッ!

 ガンガンガンガンっッッ!


「なっ…… 」


 僕は突然の物音に、思わず声をあげていた。すると彼女も毛布から、ちょこんと顔を覗かせてこちらを見てくる。


「ゴーゼーーっッ!! 玄関から物音するよね? 」


「ああ…… 」


 彼女はパニックになっているのか、もう僕の名前か、わからないような単語を発すると、ギャーギャーと喚き始めた。

 僕は床から起き上がると、ゆっくりと玄関の方へと近づく。すると彼女も毛布を引きずりながら僕の後ろを付いてきて、僕の腕をガッチリとホールドしてくる。


 ああ、もう今日はこういう日なのだ。

 もう、僕は諦めるしかない。


 それにしても、こんな時間に客人とは一体誰なのだろう?

 というより、もしかしたら玄関に何か吹っ飛んできた物がぶつかって、音が上がっただけかもしれない。


 僕は恐る恐る、かつ慎重にドアスコープを覗き外の様子を伺った。

 そしてそこに居たのは、意外でもなんでもない人物だった。


「恒星っ! 麻愛ちゃんも! ねぇっ、雷が怖すぎるっッ 」


 ドアを開けた瞬間、佳央理は僕らにダイブすると、ワンワンと喚き始めた。風圧でドアはすぐさま閉まり、室内は、また僅かな明かりだけになる。


「じゃあ、せめて電話するとかしろよっッ! こっちは暗闇で玄関のドアをガンガン叩かれて、恐怖のドン底だよっッ 」


「電話したけど、恒星が出なかったんだもん。あー、怖すぎたぁー 」


 佳央理はそう言うと、僕の胸ぐらを一発殴って、今度は彼女と包容しでギャーギャー騒いでいる。

何とも、人騒がせなヤツだ。


 結局、一時間後に停電は復旧した。

 だけどその日は朝まで、僕らは三人で一夜を過ごすことにした。


 別に二人きりで、夜を明かしたかった訳じゃない。

邪な気持ちはなかったと、それは天命に誓いたい。

 だけど佳央理の登場で、安堵した自分がいた。何だか残念な気持ちになったのも、決して偽りではないのだ。


 大人のコミュニケーションは難解だ。

 彼女が何を考えて、突然あんなことをしたのだろうか。そしてあの不可解な言葉の意味は、一体何だったのだろうか。

 僕はまだまだ、彼女のことは、やっぱりよくわからなった。


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