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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな日常を与えた
19/79

神は雨を降らせた

◆◆◆


「ごめん、いろいろ迷惑かけて…… 」


「いや、こっちのことは気にしないで。いつも恒星の戦力には助かってるから。今回は麻愛にも活躍してもらったし 」


「っていうか、送れなくてごめんな。麻愛ちゃん、お大事にね 」


 旅館の裏口には、匡輔と椿、それに椿の母が見送りに来てくれた。あれから一時間ほど様子をみたが、残念ながら彼女の熱は下がらなかった。だけど長時間、病人を旅館に放置しておくのも、いろいろな意味で問題がある。

 椿の母親が車を出してくれると言ってくれたが、この繁忙期のバタバタしているときに、手を煩わせるのは申し訳なかった。旅館から家までは歩いてもそう距離はないので、僕は彼女をおぶって帰宅することにした。 


「本当、皆さんには余計な手間をかけて申し訳なかったです。他の皆さんにも宜しくお伝え下さい。おやすみなさい 」


「恒星、気を付けてな  」


「ああ、ありがとう 」


 彼女はと言うともう声も出せないくらい、グタリとして目を閉じている。寝ているのか意識はあるのかも僕にはわからない。

 本来ならば一礼して退勤すべきところなんだろうけど、僕は言葉のみでそれを省略すると、自宅に向かって歩きだした。


 外は予報に反して、霧雨が降っていた。

 それは歩き出してから雨が降っていることに気づくくらいの微細なもので、マイナスイオンと言われたら納得してしまいそうだった。


 さっき宿を出る前に家に連絡したから、父さんか母さんが途中まで徒歩で迎えに来てくれると言っていた。きっと霧雨にも気づいて、雨具を持ってきてくれることに期待するしかない。今日に限って、珍しく両親は酒を飲んでしまったらしい。そのあたりは少しツイていなかったが、雄飛閣と我が家は数百メーターの距離だし、彼女は華奢な体躯だから背負ったところで許容範囲だ。だけど彼女が作務衣を着たままのせいなのか、ごわつく生地は手の収まりが悪かった。 

 彼女は言葉を発する気力もないのか、ぐったりと僕の背中に体を埋めている。背中越しに彼女の火照る熱さが伝わってきて、何だかこちらまで体が熱くなる。僕の肩の辺りには、少し乱れた呼吸が当たって少しむず痒い感覚を覚えたが、さすがに体力的なこともあり、動揺する余裕はなかった。こんな時間ともなれば、当然辺りには人はいないし、車の通りも殆んどなくなる。


 とても、静かな夜だった。

 初めて彼女がここに来たときも、漆黒の闇夜が広がっていた。


 今日は何となく、いでゆ大橋からみる風景が怖い。

 水流はいつもと変わらないはずなのに、顔や体に水滴がまとわりつく霧雨が、水を身近に感じさせる。マイナスイオンと言えば響きは良いのかもしれないが、体や顔は霧吹きをされたように水が滴ってくる。汗と水が交わって僕の体も彼女の体もかなり水分を含んでいた。


 数百メーターある橋の真ん中を越えた辺りで、僕は体勢が辛くなってきて、少し前屈みになって立ち止まった。

 いくら軽いとはいえ、脱力状態の彼女を担いで歩き続けるのは、少し堪える。

 足元も踏ん張らないと滑りそうだし、余計な体力が奪われる。しかし身体全体で呼吸している彼女を、雨に打たせたままにするわけにもいかなかった。


 僕はほんの数秒間立ち止まると、また前を向いた。

人の影…… だろうか……?


 僕の視線の先には、父さんでも母さんでもない別のシルエットが、傘を差してこちらへと向かって来ているのが見えた。


「佳央理……? 」


「麻愛ちゃん、大丈夫なの? 」


「……大丈夫ちゃ大丈夫だし、駄目っていったら駄目だろうね。まだ九度近くあるんだ。鎮痛剤を飲ませたけど、全然下がらなくて 」


「そう。疲れが溜まってたのかもね 」


「ああ。彼女には悪いことしたと思う。傘持ってきてくれて、ありがとう 」


「どういたしまして 」


 佳央理は雨具を身に付けていて、差していた傘を僕と彼女の頭上に向けた。そして持っていたタオルで彼女の顔や手足の水滴を優しく拭うと、それを折り返して僕の顔をゴシゴシと擦った。


「僕の扱い…… 雑じゃないか? 」


「そう? 気のせいでしょ? 」


 佳央理はとぼけた口調でそう言うと、彼女の手や足を持ち上げて体勢を整えてくれた。そしてそのまま彼女の下半身をグイッと持ち上げると、僕の隣りを一緒に歩き出した。


「佳央理はいつ、こっちに帰ってきたの? 」


「さっき、夕方くらいに戻ってきたの。おじさんとおばさんに人形焼き持って行って、少し話し込んでたの。そしたら恒星から電話が来たから。私が迎えにいく流れになって 」


「そっか。悪かった。暗いのに、ありがとう 」


「……恒星が、私を女子扱いした。びっくり 」


「はあ? そんな言い方されたら、僕がいつも佳央理を邪険にしてるみたいじゃないか? 」


「違うの? 」


「そんなわけないでしょ 」


 ついさっき、匡輔に言われた言葉の数々が頭を駆け回っていた。

 もしアイツの言っていることが仮に本当ならば、このシュチュエーションは所謂修羅場というやつじゃないか。本当に匡輔の言っていることが真に正なのか、僕にはにわかに信じられなかった。


「ふふっ…… 」


「何が可笑しいんだよ 」


「恒星…… 私はやっぱり下呂(ここ)が好きだわ 」


「何だ? 急に…… 」


「別に。ここは空気も美味しいし、緑も豊かだし心が落ち着くの 」


「実家がキツかったのか? 」


「…… 」


 傘が外れて、僕の額に再び優しい水滴がまとわりつく。そして彼女の体重がズシリと全身を巡る感覚がした。

 ゆっくりと僕は体勢を横に向ける。

 佳央理は足を止めて、静かに立ち尽くしていた。


「うん、まあ。そんなことない…… ハズだったんだけどね…… 」


「そっか…… 」


「いいの。私は一番になれなくても。ここに居られれば…… それで十分だから 」


「…… 」


 佳央理は返答を濁すと、それ以上は何も言わなかった。


 佳央理の家庭は複雑だ。

 僕も詳しい事情は理解していないけど、佳央理の父親が再婚したり異母弟が産まれたりと、なかなか大変な立場にある。僕も一回しか会ったことはないが、継母は佳央理と十も年が違わないと言うし、余計に難しい状況にある。


 さっき匡輔に一方的にいろいろ言われたとき、僕は何も言い返せなかった。

 もし仮に佳央理が僕を再従兄弟以上の情を持っていたとしても、僕はその感情を受け入れることはない。

 だけど、反故にすることはもっと出来ない。


 だから、この件に関しては今のところ現状維持しか選択肢はない。

 これ以上多くを望んだから、きっと神様の怒りを買う。

 僕はそう思った。




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