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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな日常を与えた
12/79

神は彼女に短期労働させた

■■■




 確かに匡輔は新戦力がうんたらかんたら、とは言っていた。

 あのときは、あまり気にも止めてなかった。

 しかし、あの時点で気づくべきだったのだ。


 で…… 何でこうなったんだ?


 でもって、何故、彼女が()()()を着ているんだっッ?

 しかも腰に手を充てて、エッヘンと凄んでいる。

 控えめに言っても重症だ。


「麻愛も、もしかしてバイト…… するの? 」


「うん、ツバキに誘われたから。恒星と一緒に掃除しろって。私、生まれてはじめてバイトするんだ。バイト初体験! 」


「ちょっ、そんなデカイ声で初体験とか言わなくていいから 」


「何事も初体験は大事よ。大人になる第一歩なんだからっ 」


「……!? 」


 気づいたときには、僕は思わず彼女をの口を塞いでいた。

 思春期だし未成年だし健全であるためにも、不必要なボディタッチは良くないと思う。が、彼女の尊厳を守るためにはこれは必要な措置だと思うし、将来的に感謝されるような事案にもなる気がした。


「なんで? 初めてだから初体験でしょ? 」


「そーだけどっッ、そこだけ聞いたら別の意味に取る人もいるんだよっ。パブリックスペースで連呼したら、誤解が生じるの 」


「……なにそれッ。変なのっッ 」


 彼女は僕の焦りを悟ろうともせず、あっさり腕のガードから逃れると、ぐるっと一周してピンクの作務衣を見せつけた。


 どうせ、麻愛にこんな痴女みたいな仕込みした犯人はアイツだろう。

 ったく椿のヤロウ…… 覚えとけよ……

 それに大体なんで匡輔とちゃっかりグルになって、彼女までリクルートしてるんだっッ。


 まあ、文句を言っても何も生まれない。こうなったら、バイトを全うするのみだ。

 僕はガックリと肩を落としながらも、リネンでパンパンになったカートを引っ提げて、廊下を歩いた。そして彼女はというと、後ろからちょこまかした動きで付いてきている。和服は弓道衣でたいぶ慣れたようだが、まだ草履はそれほど馴染みがないようで、歩調と連動してパタパタと音がした。


「ねぇ、ツバキたちは? 」


「アイツらはフロントと案内係。今は風呂掃除でもしてんだろうけど。跡取り息子たちだから、一番の戦場に送り込まれてるんだよ 」


「ふーん。二人で旅館の跡を継ぐの? 」


「だと思うよ。本人たちがどう思ってるかは知らねーけど 」


「そっか。仲いいもんね 」


「麻愛も、そう思うの? 」


「そのくらい、私でもわかるよ 」


「へー それは意外だわ 」


 僕は匡輔と椿の当て付けに、まだ不確定な要素を彼女に教え込むことに成功した。

 彼女も僕の発言に疑念は持ってないようだし、一般的な視点から見ても、匡輔と椿の距離は近く感じられるのだろう。


「で、私たちはこれからどうするの? 」


「午前中は、ひたすら部屋の掃除。とにかく二時までにはノルマ全部終わらせないといけないから。で夕方は一旦休んで、夜からは布団敷きに回る感じ 」


「ふーん 」


 彼女はわかったんだかわからないんだか微妙な返事をすると、僕の後ろを付いて回る。そもそも彼女は英語が堪能なんだから、フロントとかに回せばいいのに、敢えて僕付きの重労働にアサインするのだから、匡輔の性格の悪さも侮れるものではない。


「よし、じゃあまずこの部屋から掃除するから 」


「はーい 」


「って、部屋…… なかなかの荒れ具合だな…… 」


「ん?コーセー今なんか言った? 」


「いや、何も…… 」


 今日一発目の部屋は、まあ()()()()な散乱具合だった。布団はごちゃごちゃだし、なんと言うか、とにかくメチャクチャなのだ。ここは一般的な温泉旅館だぞ、お盛んなことで、と見えない客に言って聞かせたい。


「 僕が…… 先に布団畳むね。 麻愛はマスクとゴム手袋して、使用済みのタオルをまとめてこのボックスに突っ込んで、新しいのをセットして。一部屋四組づつね 」


「オッケー! 」


 彼女の声色は、いつになく弾んでいる。楽しく感じるのは最初だけだと思うけど……

 僕のテンションの低さとは裏腹に、彼女はとてもウキウキしているように見えた。


「コーセー、ゴミは集めなくていいの? 」


「あっ、ゴミは、僕がやる…… 」


 ゴミは分別もしなきゃならないし、宿のゴミ箱ともなると、少々刺激的なものがそのままポイと捨てられていることもある。

 彼女のバックボーンを考えれば別に気にしなくてもいいのかも知れないけど、十六歳の女の子がわざわざ見る必要もないものだと思った。


「コーセー、タオル終わったけど…… 次は何をすればいい? 」


「ああ、もう終わったの? じゃあ、次はお茶菓子のセットと湯飲みの交換お願い 」


「はーい 」


 彼女は返事をすると、廊下に向かい交換用の備品を取りに行く。いつもバイトのときは一人で部屋を回るから、それと比べたら今日は流石に仕事が早く進む。僕が布団の上げ下ろしとシーツの交換作業している間に、彼女が部屋の備品のケア全般をこなしてくれるから、後は掃除機を掛ければ従来の半分の時間で作業が終わるのだ。


「麻愛、畳は目に沿って掃除機を掛けるんだ。こうやってね。じゃないと畳が痛んじゃうから 」


「そっか。なるほどね 」


 彼女は何か納得したのか、腰をいれてゴシゴシと畳に掃除機を向けている。

 僕はその間に部屋の備品の最終チェックを行う。すべてのアメニティは四組づつ、と。浴衣と温泉セット…… は問題ない。後は風呂場のバスタオルを確認するだけだ。


 やっぱり彼女はしっかりしている、と思ったときだった。

 バスタオルに厚みが足りない……ような気がした。

 僕はゆっくりとそのタオルに触れてみる。

 よく見ると、そこにはバスタオルが二つしか置かれていなかった。


 僕は極めてフラットな感情で、彼女も人の子なんだな、と思った。

 そして同時に、何故か安堵していた。


 僕は廊下にリネンを取りに行くと、そっとバスタオルを追加した。彼女に隠してフォローするつもりもなかったが、ミスを指摘する気持ちも沸かなかった。


「コーセー、終わった……よ……? 」


 後ろから、突然彼女の声が聞こえた。

 反射で背筋がピンとする。

 僕は何事もない風を装うと、彼女にこう声を掛けた。


「ああ、じゃあ終わりだね。次は隣の部屋だから 」


「あの、それ…… 」


 彼女の視線は、明らかにバスタオルに向いていた。

こうなったら誤魔化すのも変な話だった。


「この宿のバスタオルは四つ折りにしてるから、ぱっと見一つが二つに見えるんだよね 」


「あの、ごめんなさい。気を付けます 」


「最終的に足りてれば問題ないから。そのためにのダブルチェックだし 」


 彼女は頭を下げて、複雑な表情を浮かべている。泣きはしないと思ったが、彼女はあまりにもしおらしかった。


 一瞬、目の前にいる彼女が

 脆く崩れていく音が聞こえた。


 そして気づいたときには、僕は恐れ多くも彼女の頭に手をのせていた。

 それは脊髄で判断した行為ではなく、もはや反射とも呼べる感覚だった。


「そこまで、気にしなくて大丈夫だから。次から気を付ければ 」


「……うん 」


 僕はほんの数秒だけの温もりを感じると、ゆっくりと手を離した。


 この感情に名前があるのならば……

 僕はまだ、気づかぬ振りをしたいと思った。




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