神は彼女に短期労働させた
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確かに匡輔は新戦力がうんたらかんたら、とは言っていた。
あのときは、あまり気にも止めてなかった。
しかし、あの時点で気づくべきだったのだ。
で…… 何でこうなったんだ?
でもって、何故、彼女が作務衣を着ているんだっッ?
しかも腰に手を充てて、エッヘンと凄んでいる。
控えめに言っても重症だ。
「麻愛も、もしかしてバイト…… するの? 」
「うん、ツバキに誘われたから。恒星と一緒に掃除しろって。私、生まれてはじめてバイトするんだ。バイト初体験! 」
「ちょっ、そんなデカイ声で初体験とか言わなくていいから 」
「何事も初体験は大事よ。大人になる第一歩なんだからっ 」
「……!? 」
気づいたときには、僕は思わず彼女をの口を塞いでいた。
思春期だし未成年だし健全であるためにも、不必要なボディタッチは良くないと思う。が、彼女の尊厳を守るためにはこれは必要な措置だと思うし、将来的に感謝されるような事案にもなる気がした。
「なんで? 初めてだから初体験でしょ? 」
「そーだけどっッ、そこだけ聞いたら別の意味に取る人もいるんだよっ。パブリックスペースで連呼したら、誤解が生じるの 」
「……なにそれッ。変なのっッ 」
彼女は僕の焦りを悟ろうともせず、あっさり腕のガードから逃れると、ぐるっと一周してピンクの作務衣を見せつけた。
どうせ、麻愛にこんな痴女みたいな仕込みした犯人はアイツだろう。
ったく椿のヤロウ…… 覚えとけよ……
それに大体なんで匡輔とちゃっかりグルになって、彼女までリクルートしてるんだっッ。
まあ、文句を言っても何も生まれない。こうなったら、バイトを全うするのみだ。
僕はガックリと肩を落としながらも、リネンでパンパンになったカートを引っ提げて、廊下を歩いた。そして彼女はというと、後ろからちょこまかした動きで付いてきている。和服は弓道衣でたいぶ慣れたようだが、まだ草履はそれほど馴染みがないようで、歩調と連動してパタパタと音がした。
「ねぇ、ツバキたちは? 」
「アイツらはフロントと案内係。今は風呂掃除でもしてんだろうけど。跡取り息子たちだから、一番の戦場に送り込まれてるんだよ 」
「ふーん。二人で旅館の跡を継ぐの? 」
「だと思うよ。本人たちがどう思ってるかは知らねーけど 」
「そっか。仲いいもんね 」
「麻愛も、そう思うの? 」
「そのくらい、私でもわかるよ 」
「へー それは意外だわ 」
僕は匡輔と椿の当て付けに、まだ不確定な要素を彼女に教え込むことに成功した。
彼女も僕の発言に疑念は持ってないようだし、一般的な視点から見ても、匡輔と椿の距離は近く感じられるのだろう。
「で、私たちはこれからどうするの? 」
「午前中は、ひたすら部屋の掃除。とにかく二時までにはノルマ全部終わらせないといけないから。で夕方は一旦休んで、夜からは布団敷きに回る感じ 」
「ふーん 」
彼女はわかったんだかわからないんだか微妙な返事をすると、僕の後ろを付いて回る。そもそも彼女は英語が堪能なんだから、フロントとかに回せばいいのに、敢えて僕付きの重労働にアサインするのだから、匡輔の性格の悪さも侮れるものではない。
「よし、じゃあまずこの部屋から掃除するから 」
「はーい 」
「って、部屋…… なかなかの荒れ具合だな…… 」
「ん?コーセー今なんか言った? 」
「いや、何も…… 」
今日一発目の部屋は、まあなかなかな散乱具合だった。布団はごちゃごちゃだし、なんと言うか、とにかくメチャクチャなのだ。ここは一般的な温泉旅館だぞ、お盛んなことで、と見えない客に言って聞かせたい。
「 僕が…… 先に布団畳むね。 麻愛はマスクとゴム手袋して、使用済みのタオルをまとめてこのボックスに突っ込んで、新しいのをセットして。一部屋四組づつね 」
「オッケー! 」
彼女の声色は、いつになく弾んでいる。楽しく感じるのは最初だけだと思うけど……
僕のテンションの低さとは裏腹に、彼女はとてもウキウキしているように見えた。
「コーセー、ゴミは集めなくていいの? 」
「あっ、ゴミは、僕がやる…… 」
ゴミは分別もしなきゃならないし、宿のゴミ箱ともなると、少々刺激的なものがそのままポイと捨てられていることもある。
彼女のバックボーンを考えれば別に気にしなくてもいいのかも知れないけど、十六歳の女の子がわざわざ見る必要もないものだと思った。
「コーセー、タオル終わったけど…… 次は何をすればいい? 」
「ああ、もう終わったの? じゃあ、次はお茶菓子のセットと湯飲みの交換お願い 」
「はーい 」
彼女は返事をすると、廊下に向かい交換用の備品を取りに行く。いつもバイトのときは一人で部屋を回るから、それと比べたら今日は流石に仕事が早く進む。僕が布団の上げ下ろしとシーツの交換作業している間に、彼女が部屋の備品のケア全般をこなしてくれるから、後は掃除機を掛ければ従来の半分の時間で作業が終わるのだ。
「麻愛、畳は目に沿って掃除機を掛けるんだ。こうやってね。じゃないと畳が痛んじゃうから 」
「そっか。なるほどね 」
彼女は何か納得したのか、腰をいれてゴシゴシと畳に掃除機を向けている。
僕はその間に部屋の備品の最終チェックを行う。すべてのアメニティは四組づつ、と。浴衣と温泉セット…… は問題ない。後は風呂場のバスタオルを確認するだけだ。
やっぱり彼女はしっかりしている、と思ったときだった。
バスタオルに厚みが足りない……ような気がした。
僕はゆっくりとそのタオルに触れてみる。
よく見ると、そこにはバスタオルが二つしか置かれていなかった。
僕は極めてフラットな感情で、彼女も人の子なんだな、と思った。
そして同時に、何故か安堵していた。
僕は廊下にリネンを取りに行くと、そっとバスタオルを追加した。彼女に隠してフォローするつもりもなかったが、ミスを指摘する気持ちも沸かなかった。
「コーセー、終わった……よ……? 」
後ろから、突然彼女の声が聞こえた。
反射で背筋がピンとする。
僕は何事もない風を装うと、彼女にこう声を掛けた。
「ああ、じゃあ終わりだね。次は隣の部屋だから 」
「あの、それ…… 」
彼女の視線は、明らかにバスタオルに向いていた。
こうなったら誤魔化すのも変な話だった。
「この宿のバスタオルは四つ折りにしてるから、ぱっと見一つが二つに見えるんだよね 」
「あの、ごめんなさい。気を付けます 」
「最終的に足りてれば問題ないから。そのためにのダブルチェックだし 」
彼女は頭を下げて、複雑な表情を浮かべている。泣きはしないと思ったが、彼女はあまりにもしおらしかった。
一瞬、目の前にいる彼女が
脆く崩れていく音が聞こえた。
そして気づいたときには、僕は恐れ多くも彼女の頭に手をのせていた。
それは脊髄で判断した行為ではなく、もはや反射とも呼べる感覚だった。
「そこまで、気にしなくて大丈夫だから。次から気を付ければ 」
「……うん 」
僕はほんの数秒だけの温もりを感じると、ゆっくりと手を離した。
この感情に名前があるのならば……
僕はまだ、気づかぬ振りをしたいと思った。




