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マーガレット・アン・バルクレーの涙  作者: 高城 蓉理
神は彼女に新たな日常を与えた
11/79

僕はもう一人の彼女と鉢合わせた

■■■■



 おっ、今日は野菜が安いな。

 僕はキャベツ手に取り重さを吟味すると、買い物カゴの中に突っ込んだ。 冷蔵庫にベーコンがあったから、今晩は春キャベツのパスタでも作ろうか。


 僕はいま、自宅からチャリで数十分の場所にあるスーパーにいる。僕の家は温泉街の中心地にあるので、日用品を買い揃えるような俗物的な施設は、少し離れたところに集中している。

 共働きの我が家では夕飯作りは当番制になっていて、週に一回夕練のない火曜日の夕飯だけは、何故か僕が作ることになっている。冷蔵庫を開けたら残念なくらい食材が底を尽きていたので、買い出しにやって来たという具合だった。


 あとはシーフードミックスと生クリームを買えば、今日の夕飯は揃う。僕は目当てのものと、来たついでに牛乳やセール品の肉類なども適当にカゴに入れると、会計レジへと並んだ。


 夕方ともなると、レジ前には列ができていた。しかも前に並んでいる女性はカゴ一杯に食材を乗せていて、何だか会計に時間が掛かりそうだ。女性は大きめのTシャツにチノパンを身に付けていて、スマホを片手に列に並んでいた。髪の毛は黒のロングヘアーで後ろ姿は若そうな女性だけど、こんなに買い込むなんて大家族のヤンママか何かだろうか。

 僕は何となく興味が湧いて、会計をするその女性を然り気無く覗き込む。

 するとそこには、いつもの見知った顔がいた。


「あれ? もしかして佳央理? 」


 女性はビクッとした様子で、僕の方を振り返った。


「えっ、恒星? 」


 僕が勝手にヤンママに仕立てあげていたのは……

 佳央理だった。



◆◆◆



 佳央理はレジ袋四つ分の荷物を、自転車のカゴとハンドルにぶら下げていた。端から見れば完全にサーカスか曲芸の技みたいだが、彼女はチャリを乗りこなしている。


「っていうか、佳央理って独り暮らしだろ? 何でそんなに買い込んでんだ? 」


「買い物に頻繁に来るのが面倒だから、買いだめしてるの。これで二週間は生きていけるから 」


「二週間!? 」


 僕はビックリして、思わず声を荒らげていた。二週間分なら確かに大荷物にはなるかもしれないが、そんなに食材をやりくりできるのは、ある意味家事の才能にも恵まれているような気がする。


「そーよ。課題とかも忙しいし、そんなに食事に気も使ってられないから 」


 あんなにビニールを下げていると、バランスも悪いのだろう。彼女はたまに左右にハンドルを煽られていて、少し不安定な走りをしていた。


「ちょっ、荷物がチャリのキャパ越えちゃってんじゃん 」


「別に平気だから 」


「全然平気じゃないだろ。見ててすげー危ないから。ちょっとチャリ止めて 」


 佳央理は相変わらずの甲高い声で僕に抵抗すると、少しだけチャリの間隔をあけた。彼女は真っ直ぐ前を見つめながら、相変わらずプルプルと左右に身体をくねらせている。さすがに僕もこの状況を無視できるほど冷たくはない。僕はペダルを踏み込んで彼女の前を塞ぐと、強制的に自転車を止めさせた。


「なっ、恒星、急に何すんの! 」


「何って…… 半分僕のチャリに乗せるんだよ。どうせ家まで一緒だろ 」


「別にいいから。いつもこの状態で帰ってるし 」


「佳央理がよくても…… 僕がよくないんだよ。気になるだろ? そんな千鳥足みたいな運転されたら 」


「なっ 」


 僕は無理やり彼女の荷物を強奪すると、それを前カゴにぶちこんだ。佳央理は少し驚いたような表情をしていたが、それ以上は何も言わなかった。


「ありが……と…… 」


 僕と佳央理は仕切り直すと、またチャリに跨がった。この道は飛騨川沿いで道幅もあるから、自転車に乗るには持ってこいだった。


「今日は麻愛ちゃんはいないの? 」


「彼女は留守番。買い物に二人で行っても仕方ないし 」


 そもそも彼女が自転車に乗れるのかは、僕はまだ知らない。母さんのチャリを使えば連れてくることは出来るのかもしれないけど、そこまでする意味が僕には感じられなかった。


「でも、最近いつも一緒だよね? 」


「ああ、クラスも部活も一緒だしね。必然的に一緒にいる時間は長くなるよね 」


「そっか。やっぱり同い年っていいね。一緒のタイミングで時を刻むことが出来てさ。圧倒的有利じゃん 」


「はい? 」


 佳央理はよくわからないことを口にしていて、僕は思わず聞き返した。同い年でも、僕は彼女との距離感を日々模索しているのだ。年齢が一緒なだけでは太刀打ちできないこともある。


「あっ、ごめんごめん。今のは私の独り言だから。でさ彼女は今は…… 何してんの? 」


「さあ? 僕もそこまでは。多分、(薬局)で治療薬マニュアルでも読んでんじゃないかな。日本の医療に興味があるっていってたし 」


「治療薬マニュアル? 何でそんな難しい本なんか…… 」


 佳央理の不思議そうなリアクションを目の当たりにして、僕はハッとした。そうだ。親戚だから油断していたが佳央理も彼女の事情は知らないのだ。


「ああ、彼女は医療に興味があるらしくて…… あはは 」


 僕は佳央理に悟られないように、慌てて適当な言い訳を見繕う。そのうち誰にどの言い訳を使ったか、わからなくなりそうだ。


「ふーん。でも荒巻家は最近は賑やかそうだよね。よく笑い声があたしんちまで聞こえてくるもん 」


「そうか? 彼女が最近庭で弓の練習してるからね。それでギャーギャーしてたかもしれないね。気を付けるわ 」


「別にうるさい訳じゃないよ。楽しそうだなって思っただけ 」


「じゃあ、佳央理もたまにはうちに来れば? 弓も練習しないと、中らなくなるらしいし。ゴム弓でも、やらないよりはマシだろ。どうせ青年会の稽古にも行ってないんだろ? 椿が怒ってたよ。夕飯も早めにいってくれたら、飯の準備増やせるし 」


 僕は会話の流れで、半ば社交辞令のように佳央理に声をかけていた。どうせ佳央理には「今さら、何言ってるの? 」くらいに笑い飛ばされると思っていた。

が、隣を自転車で駆ける彼女は沈黙していた。


「佳央理? 」


「別に、私はいいよ 」


「えっ? なんで? 学校忙しいの? 」


「それもあるけど…… 」


 何でいきなり、佳央理はこんなにテンションが下がっているんだ?

 というより、こんなにわかりずらいヤツだったっけ? 佳央理が何でこんなリアクションなのかはわからなかったが、このままやり取りが終わってしまっては良くないことだけはわかっていた。


「再従兄弟なんだし、今さら遠慮する必要もないだろ 」


「再従兄弟ね…… 」


 彼女は長い髪を風になびかせて、こちらをチラリと覗き込んだ。

 そしてまた前を向いて、何かを悟ったかのように軽く吹き出すと、


「血が繋がってる方が厄介なんだよね 」


と呟いた。

 というより、そういうふうに言ったように聞こえた。

僕は本気で佳央理の発言の意味がわからなくて、深く考えることもなく、その理由をストレートに訊ねていた。


「佳央理? それ……どういう事? っていうか、今日の佳央理はちょっと変だよ? 」


「そう? 」


 彼女はほんの数秒沈黙し、一瞬こちらを振り返った気配がした。

 そして大きな溜め息を一息つくと、


「ううん、何でもない 」


 というと、一方的に話を纏めた。

 僕には、納得ができなかった。


 彼女はそれっきり自宅に着くまで何も語ることはなかった。いつもバカみたいに明るい佳央理が、今日は妙にしおらしく感じた。



◆◆◆



「恒星、ありがとう。助かったよ 」


「どういたしまして 」


 結局、残りの数分は無言のまま気まずいサイクリングになった。

 彼女は荷物を受けとると、寮の外階段を昇り始めた。部屋まで運ぼうかと提案したら、それはあっさり拒否された。


「あのさ…… 」


「何? 」


 僕が佳央理に声を掛けると、彼女は足を止めてこちらを振り返った。スーパーの袋は彼女の指や腕に深く食い込んでいて、僕を見下ろすその視線はいつもより元気がなかった。


「そういえばさ、佳央理。ゴールデンウィークは暇? 」


「……えっ? 何で? 」


彼女はそう言うと、僕の目を見ていた。

その声のトーンは、さっきよりも少しだけ明るいような気がした。


「……匡輔が短期就労(旅館のバイト)をしないかって。あと暇なら麻愛を放置するのも何だから、車出して欲しくて 」


「何それ 」


 彼女は明らかに落胆した表情を浮かべると、また階段を昇り始める。

というか、一体何の誘いだと思ったんだ?

 そして階段の踊り場に差し掛かったとき、佳央理は再びこちらを振り返り僕にこう声をかけた。


「私は、今年はパスするよ。親のところに顔出すことになってるから 」


「そっか。悪い、変なこと言っちゃって 」


「そう……だね…… 」


 彼女は一瞬寂しそうな笑顔を浮かべた。

 でも本当にそれは刹那の出来事で、僕が瞬きして次に佳央理が視界に入ったときには、彼女は満面の笑みでこちらを覗いていた。


「恒星 」


「何? 」


「あんたって、たまにちょっと鈍感だよね。っていうか、デリカシー 」


「はあ? 佳央理、今日、何かちょっとおかしいぞ? 」


「恒星にだけは、言われたくない 」


 佳央理はそう言うとこちらを振り向くこともなく、自分の部屋へと戻っていった。その足音はいつもよりもぶっきらぼうで、年季の入った鉄筋造りに無駄に響いているような気がした。


 今日の佳央理とのやりとりは、何だかとても後味が悪かった。



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