神は彼女を僕の日常にした
■■■
桜は刹那の美しさだ。
愛でられるのは、ほんの数刻。
だからこそ日本人は桜を慈しみ愛でることに、遺伝子レベルで惹かれるのだと思う。
そしてそれはあっという間に散ってしまったと思えば、いつの間にか山は緑に染り夏の始まりを告げる。最近は空が高く感じられる日が続いてて、何だか気分も弾むものだ。
僕が始業式に憂鬱に思った感情は何だったのかとさえ思うくらい、彼女はすっかり学校に溶け込んでいた。なかでも椿とは名簿も部活も最寄り駅も一緒ということで、特に一緒にいることが多かった。そして今ちょうど二人は朝練に励んでいる。
彼女の弓道衣は姉貴のタンスから引っ張り出したお古だけど、その姿は何だかとてもグッとくる。華奢な身体から繰り出される矢の鋭さ、そして髪を靡かせながら的に向かう姿は、なかなかのものがあった。
「御坂さん、メキメキ上達してんなー 」
匡輔はそう言いながら僕の隣に来ると、ゆっくりと腰を下ろした。手には一応装備のケア用品を持っていて合法的に休憩をするつもりらしい。
「ああ、麻愛は最近は家でも庭でもゴム弓で、めっちゃ練習してんだよ。真面目だよな 」
「はっ? 恒星、いま、何て? 家って、やっぱ御坂さんと同棲してんの? 」
「同棲って…… んな訳ねーだろ。せめて同居とか言えよ。一緒に住んでる訳じゃないけど、まあ、うちで飯食ったりしてるから、その延長で練習したりしてんだよ。幼馴染みだし普通だろ 」
「幼馴染みねえ…… 」
「なんだ? その軽蔑の眼差しはっッ。僕はオマエには言われたくないんだけど 」
僕はハァとため息をつくと、水をゴクリと煽った。いつの間にか、匡輔のこの手の冗談をあしらうのも慣れてしまった。そもそも椿と長年微妙な距離感を拗らせているコイツにだけは、指摘されたくない。
彼女は寝るとき以外は、すっかり我が家に居付いている。電気代の節約とかいって風呂もうちで入るし、顔も歯も磨くし、勉強もして食事も朝夕一緒に食べている。昼間の弁当の中身は同じだし、残念ながらどちらかとゆうと兄弟みたいな感覚の方が近いのかもしれない。
「そういえば恒星、ん? 恒星? 」
「……えっ? 」
僕は匡輔の声にハッとして慌てて返事をした。話しかけられているのに考え事をしているなんて、我ながらどうかしている。
「あのさ、ゴールデンウィークって予定は空いてる? 」
「予定は……ない……けど。今年は輪番で店開けとくらしいから、家族で出掛ける予定もないし 」
ゴールデンウィーク……かあ……
確かにもうあと十日も経てば、そんな時期がやって来る。そうすればこの小さな街も多くの観光客で賑わい、ちょっとした祭りのような華やかさになる。
「そっか。じゃあさ、つまり暇ってことだよな 」
「えっ? まあ、そういうことにはなるけど…… 」
僕は匡輔の言いたいことを何となく察すると、何だかゲンナリした。でもこの街で暮らす以上、断れない頼みがあることも重々承知しているつもりだった。
「悪いんだけどさ、うちの旅館の手伝い頼んでもいいか? バイト代、色をつけるように言っとくからさ 」
「はあ 」
高校生になってからというもの、繁忙期は大事な戦力として、毎度匡輔の家業の旅館の布団係で駆り出される。そして今回も例外なく、白羽の矢が当たったというわけだ。
「まぁ、二、三日なら…… 」
「ほんと! 助かるわ、サンキュー 」
僕はしぶしぶ譲歩すると、匡輔は目を輝かせた。解りやすいやつだ。何だかんだで、下呂でも三本指の老舗旅館の跡取り息子だし、家業に対しての情熱は持ち合わせているんだろう。
「いや、今回は戦力が増えて助かるわ。やっぱ持つべきものは友達だね 」
「戦力が増えるって、どうゆうことだよ。言っとくけど、僕の布団捌きにも限界はあるからな 」
「まあ、恒星の熟練の布団テクニックにも期待はしてるから 」
オイ、脳ミソお花畑さんよ。
熟練の布団テクニックて何だよ。新興風俗の類いか何かか?
僕は無言で遺憾の意を表明したが、匡輔は勢いよく僕の背中をどつくと、ニヤニヤしながら退散した。最初から道具の手入れなどする気は、さらさらなかったのだろう。
ただバイトを承知したのはいいが、せっかくの休暇に、彼女をどこにも連れていけないとゆうのは少し気にかかる。姉ちゃんはゴールデンウィークは名古屋でバイト三昧らしくてアテにならないし、まずは母さんと父さんにも少し相談をしてみようか。それに一応、佳央理という手段もある。混むかもしれないが、高山なら日帰りで観光もできるかもしれない。
彼女は、来年の夏には十八になる。
その時がくれば、彼女はイギリスで多くの人々の命を救うのだ。
タイムリミットが決まっている彼女の自由時間は、そう長くはない……




