若葉は春に惑う 後編
春の陽気がぽかぽかと心地良い精霊の足跡。雲がゆるやかに流れる空は爽やかだ。過ごしやすい気候に合わせて人の活気も増してゆく。
広場で待つクグムスは緊張していた。直立不動。待ち人が来るであろう方向を凝視し、耳を澄ませる。ただならない様子に辺りの人が避けていく程。
そんな折、カモミールが小走りでやってきた。
「お待たせ! ごめんね、クグムスさん」
「いっ、いえ。それより、素敵な格好ですね。よくお似合いです」
「えへへ……ありがとう」
動きを取り戻したクグムスが褒めれば、カモミールは顔を赤くして応じ自慢するようにその場で一回転した。
いつもの活動的な服装ではなく大人しめの服装だった。襟元や袖の装飾が上品な上にロングスカート。頭には花の髪飾り。耳がピコピコと動き、尻尾がふわりと揺れる。珍しい格好と見慣れた仕草にクグムスはドキッとした。
「サルビアさんとワコさんが張り切ってくれてね。今日は可愛くオシャレした方がいいって、わたしも気に入ってるんだ」
「空を飛ぶのには向かないと思いますが」
「今日は街の中を見て回るんでしょ。だから飛ばなくても良いかなって」
「あんなにお好きなのに?」
「うん。たまには、ね?」
くすぐったそうな笑顔のカモミール。クグムスも無意識に笑みが浮かんだ。
見つめ合いは数秒。それからカモミールはサッと自然に手を握ってきた。
「それじゃあ行こ!」
「あ、はい!」
思いの外強く引っ張られて移動。クグムスは手の温もりに再び動揺しつつも、負担をかけまいと急いで横に並んだ。
街は大いに賑わっている。人が増え、店が増えた。北から南、様々な国の文化が集まった結果が、統一感のない雑多な街並みを作る。その目まぐるしく変わりゆく様相が好きだった。
二人は服やアクセサリーの露店をを見て回る。シャロとサルビア以外の劇団も複数増えつつあるので飛び込んでみた。目的を決めずにブラブラと歩く。
有名なだけに声をかけられたりおまけをくれる事も多い。恥ずかしさはあれど、二人で分かち合えば嬉しさが上回った。
クグムスは春らしい色合いの鞄を買って贈り物に。カモミールからは機能的なペンをもらう。
「ありがとう。とっても素敵!」
「こちらこそ。良い物を選んでくださって嬉しいです」
「ふふっ。クグムスさんらしいね」
「それは、どういう意味でしょう……?」
「うーん? 思った通りに喜んでくれて嬉しい、かな?」
真っ直ぐな気持ちは眩しいくらい。
裏表のない笑顔が温かで、クグムスは卑屈になりそうな自分を改めたくなった。
時間をかけた散策で疲れてくると、北方から移住してきた人間が営む店に入った。名物は甘いお菓子とお茶。
羊や牛など、動物の形のクッキーに目を輝かせる。
「わあ、可愛い!」
「そうですね。食べるのが忍びないです」
少しの躊躇いの後、カモミールは思い切って食べる。
サクッと美味しそうな音がして、もぐもぐと口を動かす。耳がパタパタと機嫌良さそうに動いた。クグムスも遅れて一口。優しい甘みが広がり、その味を笑顔で確かめ合う。
「おかあさんとおとうさんにも一緒に来たいな」
「……やっぱり、皆と一緒の方が良いのでしょうか」
思わず言って、後悔。水を差してしまったとうつむくクグムス。
一方、カモミールはキョトンとした後、首を横に振る。
「ううん。それも素敵だけど、クグムスさんと二人きりなのも好きだよ」
顔を上げ、またカモミールと向き合う。純粋な言葉は勇気をくれた。そして意を決したクグムスは素直な思いを口にした。
「ボ、ボクもカモミールさんと過ごす時間は、好き、です」
「そっか! 同じ気持ちだね!」
互いに頬を赤らめ、笑い合う。ふわふわとした幸せを共有。またお菓子とお茶を味わう。ただただ甘く満ち足りた時間が流れていた。
そんな二人から離れた席に四人の男女がいた。
注文した品を置いて他の席、カモミールとクグムスの様子を見る事に夢中だった。
「おおっと、これまたストレートな言葉が直撃です。どうでしょうか、解説のサルビアさん」
「二人の好きは意味が違う気がしますね。カモミールちゃんにも薄々自覚はあるんでしょうけど。まだ友達としての好きとは違う、初めての好きにまだ馴染んでないんだと思います」
「なるほど! ではクグムス選手はどう対応すべきでしょうか」
「正面から恋愛感情だと伝えるしかないでしょう」
「つまりこうですか? ……サルビア、愛してるよ」
「今それどころじゃないの」
「わー、ツンツンー!」
シャロとサルビアが小声ではしゃぐ。独特のノリに慣れてきたぞんざいな対応は仲が良い証だろうか。
同席するペルクスは呆れ顔だ。
「全く何をしているのやら……」
「いやそれはこっちの台詞だからね?」
シャロが冷めた目で言い返す。
カモミールとクグムスをスケッチするワコ。ペルクスは彼女の口にせっせとクッキーを運んでいたのだ。
シャロの指摘に対して、不思議そうに首をかしげる。
「? ワコの両手が塞がっているのだからこうなるだろう」
「あーんしてるカップルの雰囲気じゃないよ。もっとこう、さあ!」
「そう言われてもな」
「ちょっと、騒ぐと気づかれるでしょ」
「はいすみませんっ」
素早く小声で謝罪。再び静かな観察に戻る。
カモミールとクグムスにこちらを気にする様子はない。楽しいお喋りに夢中。更には次の約束を取り付けている。順調そのものだろう。
「……心配要らないようだな。これ以上覗くのはただの悪趣味ではないか? やはり恋路は見世物ではない」
「それはそうだけどさー。いや、やっぱサルビアとのイチャイチャを他人に見せるのは別に嫌じゃないけど」
「ふざけないで」
「はいすみませんっ」
「ん。完成」
マイペースにワコが静かに呟いたので、スケッチを三人が覗き込む。
幸せそうな笑顔、ほっこりした空気感が見事に再現されている。自然と見た者も幸せにするような絵だ。それと同時に、他者が容易く踏み込んではいけないようなある種の神聖さを感じさせた。
「心配しなくてもあとは上手くいきそうね」
「心配はしてないけど見たいもんは見たくない?」
「見たい。絶対良い顔する」
「良い大人なら我慢するべきだな」
「えー。ペッさんだけには言われたくないー」
「ん。いつも研究優先し過ぎ」
「いや済まないな。自重しよう」
「ここの皆人の事言えないでしょ」
「それは確かに」
話が尽きずこちらはこちらで笑みが広がる四人。欲望はあれど抑える方向で話はまとまった。店を出た二人は追いかけず、名残惜しみつつ見送る。
それから四人は自分達の為に甘く愛しい時間を過ごすのだった。




