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異端の聖女と流刑地ライフ 〜番外編〜  作者: 右中桂示


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18/20

裁定者は傲慢であるべからず 後編

 妖精の足跡(スピリステット)

 北方からも南方からも移住者が増え、急速に発展が進む街。朗らかな賑わいは熱気を伴っていた。満ちる活気は天まで届かんばかり。


 そんな通りを、十に満たない子供達がはしゃぎながら走っている。

 周りを見ておらず、案の定荷物を運ぶ大人にぶつかった。なんとか荷物を落とさず支えた彼は既に遠い彼らへ向けて声を張る。


「うお! 危ないだろ。走るんじゃない!」

「別にいいじゃんかよ!」

「待ちなさい!」

「別にいいだろ。今急いでんの!」


 叱責も聞かずに笑って駆ける少年。その前方を塞ぐように人影が現れる。


「いいえ、罪は罪です」


 “純白の聖人”、リュリィ。

 全身を包む潔癖の白が厳しい。見据える目も淡々とした声も冷たく、肌を刺すようだ。


「うわ!」

「逃げろ!」


 少年達は彼女を怖がり、進路を変え更に速度を上げて走り去る。笑いの消えた、怯えた逃走。


 リュリィは静かに掌を掲げ光の輪を作り出した。

 罪人を問答無用で拘束する“断罪の奇跡”。“純白の聖人”のみが扱える神に認められた技だ。

 それが放たれる前に、彼女の眼前に手をかざして止める人物がいた。


「流石に大袈裟でしょう」

「罪に大小はあっても罪である事に変わりありません」


 アブレイムが諌めるも、リュリィは折れる気配がない。厳格な聖職者同士であるが、異なる方針には譲れないのだ。

 見上げる視線の鋭さは光輪をアブレイムへ向けかねなかった。


 そんな緊張の最中、唐突にローブが(ひるがえ)った。

 突然アブレイムが消えたように移動。緩やかな歩みのようでいて、不思議な程に速い。

 人波を風のようにすり抜け、瞬時に追いつく。驚いて立ち止まった少年としゃがんで視線を合わせ、(たしな)める。


「きちんと謝らないといけませんよ」

「わ、なんだよ!」

「素直に反省すれば彼女も罰を下しません」

「ぐ、う……わるかったよ!」

「よくできました。次から、いえ今から気を付けてくださいね」


 チラと後ろを見て追いついてきたリュリィを見た少年。怯えた顔で観念して謝ると、早歩きで去っていった。

 手を振るアブレイムに、リュリィは険しい表情を向ける。


「子供だからといって甘いのではないですか。小さな罪を許せばいずれ巨悪になります」

「厳罰が正しいとは限りません。余計に悪化する場合もあります」

「以前も罰しましたが、彼は反省しませんでした。私の顔を見て逃げるのも罪悪感のある証拠。より厳しくするのは当然です」

「恐怖は罪悪感とも改心とも結びつきませんよ。それに、奇跡は手段の一つです。貴女の研鑽の結晶は安易に使うべきではありません」

「かつて最悪な手段を用いた罪人に諭されたくはありません。あれ程の厳罰がありますか」

「あくまで最終手段です。止める手立ては他になく、私は無力でした」


 言葉は重い。しかしそれに反して晴れやかな表情でアブレイムは語る。


「ですが今、この街の環境ならば最悪の手段を取る必要はないと信じています。言葉のみで導けるはずです」


 希望のある口調、にこやかに細められた目。重みを喜んで背負う意気が彼にはあった。

 ただ、聞いてもリュリィに変化はない。彼女の顔が語るのは不信感だった。

 そんな態度に構わずアブレイムは穏やかに続ける。


「信用できませんか。確かに既に怖い印象を持たれている以上、貴女では説得するのは難しいかもしれません」

「ですから、やはり奇跡を用いるしかないでしょう」

「いえ。手段ならばあります。試してみましょうか」


 アブレイムは振り返って手招きする。リュリィはやはり訝しげな反応を返しつつも、見定めるべく後に続いた。





 街自慢の豪華な劇場。静かに楽しむその場所が、今日は喧騒に満ちている。


「みんなー。元気かなー!?」


 歌姫サルビアが色とりどりに飾られた舞台に立つ。

 観客は皆幼い子供。そして客席ではなく、舞台の周りに集まっていた。

 美麗なドレスではなく、活動的な衣装の歌姫。ガラリと雰囲気の変わった彼女が元気に呼びかければ、子供達も声を揃えて盛り上げる。微笑ましい歓声が空気を震わせる。

 数少ない娯楽の中で不動の人気を誇っていた。


 サルビアの次に現れたのは毛むくじゃらの人型。魔物のような異質さがありつつ妙な愛嬌もあった。歩くたびに、ぱぷっ、と間の抜けた音が鳴る。

 お馴染みのキャラクターだ。登場と共に劇場は明るい笑いに包まれた。


「ぱあみゅーん!」


 観客の大きな声が揃い、呼ばれたぱあみゅんも大きな身振り手振りと並外れて甲高い声で応える。


「みんなありがとう! ぼくがんばるよ!」

「さあ、みんなー。はじまるよー」

「わああい!」


 サルビアとぱあみゅんが盛り上げ、熱気が高まる。

 陽気な音楽が響き、舞台上で歌劇が始まる。歌と踊りは子供向けの可愛らしいもの。

 それだけに観客は喜んで笑みが溢れる。一緒になって歌い踊り、空間自体が幸せに包まれる。


 ただ、途中でぱあみゅんの面白可笑しい大袈裟な動きが、サルビアに当たった。


「きゃあっ!」


 倒れてしまうサルビア。

 痛々しい悲鳴と、悲しげな音楽が流れ更に悲痛な空気へ。観客の子供達も心配げな声を上げる。


「わあ、ごめんなさい!」

「大丈夫だよ!」


 慌てて近寄り謝るぱあみゅん。サルビアは立ち上がり、元気にアピール。

 徐々に音楽も変調し、子供達もホッとした反応をした。 


「でも気を付けなきゃダメだよ!」

「はぁい、ごめんなさい……」

「じゃあまた踊ろっか。よし、みんなも一緒に!」


 舞台上の二人は手を取り、歌劇は再開。

 更には希望した観客も舞台へ。一体となって楽しげな笑顔がより広がった。


「みんなもおねえさんと約束だよ! 人に乱暴しないように気を付いてね!」

「悪い子になっちゃイヤだよ!」


 再び盛り上がり、素直に頷きうんと応える子供達。

 この場限りではなくしっかり心に刻まれただろうか。

 ぱあみゅんは観客の中にいた、あの乱暴な少年を見据えていた。





 大好評の歌劇が終わった舞台裏。まだ熱気の冷めぬ空気の中、アブレイムが和やかな労いをかける。


「お疲れ様です。よくできていたではありませんか」

「……子供扱いは止めてください」


 ぱあみゅんの衣装から出てきたのは、リュリィ。

 元々はアブレイムの役目で彼に合わせたものだったが、作成者(ペルクス)による魔術でサイズは変動してピッタリ。

 急に振られた仕事に困惑しつつも、善良なる子供達の為と押し切られ全力でこなしたのだ。

 音楽とぱあみゅんの声を担当していたシャロもリュリィを褒める。


「いやーホント良かったよ! また次もやってみない? それより二体目も作ってもらおっか!」

「シャロ、いい加減な思いつきで喋るのは止めて。今日も大変だったんだから」

「えー、いい考えじゃない? 今日もサルビアは完璧で最高だったよ! ありがとう!」

「褒めれば良いワケじゃないからね?」


 仲良く反省会を始める夫婦。痴話喧嘩のようで段々と専門的かつ本格的になっていくのは、劇に対して本気だからだ。


 二人から離れ、リュリィはアブレイムを睨む。


「これが役に立つと本気で思うのですか」


 疑念に満ちた視線。皮肉げに失笑する彼女を、アブレイムは穏やかに見下ろす。

 

「人は上辺で判断するするという事は理解しましたが」

「その通り。印象は大きい影響を与えます。罰だけでなく改心を望むのなら、説得する者は上辺を整えねばなりません」

「しかしどう善を説いても、決して改心しない者もいるでしょう」

「はい。残念ながら。しかし。それでも諦めず、叶う限りは説得したいものです。その為にも手遅れになる前、小さな内から地道に説く事が重要だと考えます」


 真剣な問答には緊張感が伴う。体験から完全に伝わってなくとも、アブレイムは自らの考えを真摯に通す。


「貴女もそうでしょう。幼い頃から聖人として活動してきた結果、過剰な正義感が身を滅ぼそうとしていました」

「その件は反省しています。しかしやはり、あなたでは説得力がありません」

「ならば友人の話を聞き、子供のように遊びなさい。それが一番の学びになるでしょう」


 指し示した先には、リュリィの事を聞きつけたカモミールが来ていた。

 この街を象徴する聖女。友達になろうと苦心してリュリィを救った彼女には一目置いている。


「リュリィさん、今日は凄かったんだってね。見てみたかったなぁ!」

「……いいえ、凄いという程の事は。やはり私には合っていません」

「それならまた一緒に劇を見よう。好きになれるよ!」

「そう、ですね。それなら引き受けましょう」


 多少強引な誘いに戸惑いつつも、最後には柔らかく微笑んだリュリィ。頑なな態度は、以前と比べれば大いにほぐれている。いずれはより朗らかな関係になるだろうと思わせた。

 それは罪と罰への態度にも表れるはずだ。

 アブレイムもまた温かい笑みで見守るのだった。

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