聖女の隣に並ぶひと
晴れた空から朗らかな日差しが降る。風はふわりと柔らかい。牧場では牛が和やかに草を食む。
今日も気持ちの良い日だと楽しくなって、わたしの尻尾は自然と揺れた。
妖精のおかあさんの羽、獣人のおとうさんの耳と尻尾。それが合わさった姿はわたしの自慢。
そんな特別な生まれだから、わたしは聖女として頑張ってきた。
気恥ずかしいけど、色々あった末に今では皆に認められて、毎日平和に過ごせている。
「カモミールさん! 遅れて済みません!」
名前を呼ばれて、わたしは振り返る。そこにいたのは約束の相手。
「大丈夫だよ、クグムスさん。それで、今日はどうしたの?」
クグムスさんは獣人だ。耳と尻尾だけのわたしと違って顔も全身も毛皮に覆われている。
そして魔術師。師匠さんや先輩のペルクスには及ばないって言うけど、わたしは凄い人だと思う。
いつもお世話になっているし、大切な友達だ。
「はい、遂に完成した魔術をお見せしたくて」
「凄いね! また畑とか牧場に役立つ魔術?」
「いいえ。残念ながら……」
クグムスさんは申し訳なさそうに否定。
それから気を取り直して早速魔術を使う。
「“展開”、“野性喚起”、“翼肢”」
バサッと、背中から翼が生えた。
大きくて立派な鷹みたいな翼だ。濃い茶色でたくましい。体の方は細くなった気がするけど飛ぶ為なんだろう。
妖精と獣人が合わさったわたしと、お揃いみたいな姿だ。
「わあ! かっこいいね!」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
素直に言えば、クグムスさんは口元を緩めて頭を手でかいた。照れているみたい。
「カモミールさんは皆と一緒に飛びたいと言っていましたよね。それを叶えたいと思いまして」
「わあ! わたしの為に!?」
おずおずと言われた言葉に、わたしは手を叩いて嬉しくなってはしゃぐ。耳や尻尾も動いてしまう。
だけどクグムスさんはまた申し訳なさそうに縮こまってしまった。
「……い、いえ、その……カモミールさんの為でもあるんですが、それ以上にボクが一緒に飛んでみたいという気持ちがあってですね……」
「そっか。でもそれならもっと嬉しいよ!」
「え、はい……」
わたしの為でも自分の為でも、わたしと一緒に飛びたい。そう思ってくれたんだ。
それは、間違いなくとても嬉しい。
「精霊さん、空を飛ばせて!」
精霊魔法を使う。
妖精の力は相性が良いし、嬉しい気持ちが魔法を絶好調にしてくれた。
包み込むみたいに風が吹いて、ふわっと体が浮き上がる。
「じゃあ一緒に飛ぼう!」
「……はい!」
呼び掛ければ、クグムスさんも翼を広げた。
わたしとクグムスさん。それそれ違う羽と魔法が、それぞれの体を空へと運ぶ。
一緒に空へ。
まずはゆっくり浮遊感を楽しんで。
クグムスさんも大丈夫そうだから、一気に速度を増して、爽快な空間へ飛び込む。
地上の物が小さな粒に。見下ろす大地はひたすらに広い。
風と空気を突っ切るのは清々しい気持ち。体が自由に舞える最高の気分が胸にいっぱい。
そして、隣にはクグムスさん。
いつもとは違う感覚が新鮮な楽しさを生んでくれる。
「どう? 空って良いよね!」
「はい! 素晴らしい心地です!」
二人、一緒に、並んで飛ぶ。あまり遠くにいかないように、牧場の上をぐるぐると飛び回る。
競争してみたり、その場で浮かんでみたり、ただ遊ぶ。
嬉しくてやっぱり耳と尻尾がぶんぶん動く。クグムスさんの方も同じ感じ。きっと同じ気持ちだ。
気分が乗ったから、わたしはくるくると踊ったり曲芸みたいな飛び方もしてみる。
自由に、思うままに。
楽しい。その気持ちが収まらなくてあふれそう。
「やっぱり凄いですね。ボクには真似できそうもありません」
「あっ、ごめん。一人ではしゃぎすぎちゃったね」
「いえ、カモミールさんが楽しいのが一番です。……いえ、ボクも挑戦してみましょうか」
クグムスさんはわたしの動きを見ながら宙返りをした。翼を上手く使って格好良い。
それから翼を畳んでくるくると回った。十分凄くてちゃんと真似できている。
と思ったけど、その途中で異変が起きてしまう。翼の片方が小さくなってしまったんだ。
「あっ!」
片方の翼だけになって落ちていくクグムスさん。
慌てて追いかけてその手をがっしり掴む。
「大丈夫? ごめんなさい。無理させちゃった!?」
「いえ……魔術の制御を失ったのはボクが未熟なせいです。面目ない」
「クグムスさんは未熟なんかじゃないよ! 絶対に凄い人だよ!」
「ありがとうございます。しかし、まだまだ上は目指せますから」
クグムスさんは落ち着いてもう一度魔術を発動。危なかったのにこんなに冷静なのは、わたしを信じていたからなのかもしれない。
翼を生やして羽ばたいて、わたしと同じ高さに上昇してくる。
「それにカモミールさんこそ素晴らしいです。聖女に相応しい高潔な人物ですよ」
「あ、ありがとう……」
「だからボクはあなたの隣に並びたいんです」
熱さを感じる瞳。
繋いだ手からも体温。
クグムスさんの言葉には、優しい響き。
不意に、空の中、二人きりなのを強く意識する。
浮かんだのは空を飛ぶ楽しさとはまた別の、嬉しさ。
急にわたしはなんだかおかしな気分になって。
手をバッと離してしまった。
「あ! 済みません。ずっと繋いだままでしたね。失礼しました」
「あ、ううん。別に嫌とかじゃくて……でも、なんか変な感じがして……心臓が凄くドキドキしてるの」
クグムスさんが慌てて謝ったから誤解を解こうとする。
だけど、自分でもよく分からない。
耳や尻尾みたいに、勝手に手が動いた感じだったから。
「それって……もしかして……」
「クグムスさん! なにか分かるの!?」
困ったような期待するような顔のクグムスさん。
わたしは知りたかったけど、クグムスさんは悩んだ素振りの後に、首を横に振った。
「……いえ、ボクが決めつけたり誘導したりする訳にはいきません。それはきっと、カモミールさんが考えないといけないものです」
「そう、なの?」
「はい、そういうものです」
多分分かってて、でも教えてくれないのは意地悪なんかじゃない。
真剣なアドバイスなんだと思う。
やっぱりクグムスさんは頼りになるし、優しい。もっと一緒にいたくなる。
嬉しいドキドキはまだ続いていた。
でも少しは落ち着いてきたから、もう一度手を伸ばす。
「ね、また繋ご? 今度は急に離さないから」
「……はい。喜んで!」
手を繋いで、今度はのんびりと。もうしばらく二人で空を舞う。
一人の時とも、おかあさんと飛ぶ時とも違う。不思議な喜びが胸にいっぱい。ずっとずっと飛んでいたくなる。
その理由はまた考えるとして、今は素直に楽しみたい。
空はやっぱり素敵な場所。
柔らかくて気持ちの良い風が、わたし達を温かく包んでいた。




