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夜の呟き・滅びの魔人

作者: 明鏡止水

『滅びの魔人』。

それは、最近になって大陸の各地に現れるようになった、謎の存在。

その姿をはっきりと見た者はいない。

そして、その目的も定かではない。

しかし、奴が訪れた町の住人は、一人残らず姿を消す。

そして、ゴーストタウンのようになってしまうという。


このあたりにも現れるかもしれない。

まっまく、恐ろしい世の中になったものだ。


…なんて話を、行きつけの酒場のマスターから聞いた。

バカバカしい、と思ったが、同時にあり得なくもないかな、と思った。

なんせ、こんな時代だ。無差別に人を殺しまくる化け物がいたとしても、なんら不思議はない。


仮にそんなやつがいたとして、どうなるだろう。

この町にも来るんだろうか。

本当に、皆を殺すんだろうか。

そうなったら、…。

さあ、どうしたものか。



僕は注がれた酒を飲み干し、店を後にした。




僕は、田舎の町で暮らす貧乏な若者だ。

親父は2年前に流行り病で死んだ。

母さんは、去年借金取りから逃げるために家を出たっきり、行方不明だ。


今、僕は恐ろしく貧しい生活をしている。

幸い家はあるが、そこらの空き家と同じレベルのボロさで、正直外との違いは屋根と壁があることくらいだ。

そして、僕は毎日日雇いの仕事をしながら、なんとか食いつないでいる。

正直、キツいとかは感じない。

ただひたすら、毎日をコツコツと生きていくだけだ。


余計な事を考えると、ロクな事にならない。

故に、僕は感情を消し去った。

機械のように、淡々と同じような毎日を送る。

ただ、それだけだ。




家に帰ってくると、ポストに手紙が入っていた。

それは、弟からの手紙だった。

そう…僕には4つ下の弟がいる。

そしてこの弟は、ここから140キロも離れた城下町に住んでいる。

その生活も僕とは雲泥の差で、仕事で成功して金持ちである上に婚約者もいて、幸せな日々を送っている。


僕は、手紙を広げて秒で破り捨てた。

幸せそうな弟と婚約者の写り込んだ写真が、一緒に入っていたからだ。


弟は、昔から何かと卑怯でいやらしい奴で、真面目な僕とは対照的だった。

故に、子供の頃は喧嘩ばかりしていた。


そんなあいつが変わったのは、2年前。

親父が死んですぐ後のことだ。


あいつは、僕の恋人を奪った。

弟は、僕が仕事でいない間に何回も会って、仲良くなっていたのだ。

そして僕が気付いた頃には、もはや彼女は完全にあいつの物になっていた。


僕は、捨てられた。

初めて愛した女性に。


僕は、捨てられた。

実の弟と、実の母に。


最初は、まだなんとかやっていけるだろうと思っていた。

だが、去年の冬、母が突然姿を消した。

テーブルに置かれていた置き手紙を読んだ限り、相当な額の借金を作っていたようだ。

そして、まだ若い僕に迷惑をかけたくない、という事で一人で出ていくことにしたらしい。


そうして、もとより日雇い労働者だった僕はたちまち生活に困ることになった。

一日に一回しか、まともな食事が出来ない時もあった。

服がボロボロになっても、新しいものを買えなかった。


でも正直な所、別によかった。

仕事場があり、帰る場所がある。

それだけで、十分だからだ。




翌日の仕事は半日で終わった。

僕は昔からどういう訳か仕事が続かない。

なもので、職を転々としている。

それも、日雇いのものばかり。


でも、別にいいのだ。

僕は、どうせ一人。

自分だけが生きていければ、それでいい。



ふと通りがかった町の教会が、なんだか賑やかだった。

そう言えば今日は結婚式があるんだっけ。


花婿は、昔の僕の友人。

以前招待状が来たけど、返事は出さなかった。

こんな身なりの男が、あんな華やかな場所に座る資格はないからだ。


気づかれないよう、教会の窓を覗いて友人の姿を見た。

奴は、立派な服を着て、満面の笑みを浮かべて、きれいな花嫁と手を繋いでいた。



なんだろう。

別に羨ましくはないけど、複雑な気分だ。

憎らしいような、悲しいような。


僕だって、結婚はしたい。

でも、こんな生活では見込みはない。

かといって、生活を大きく変えられる希望もない。


そもそも、僕の生活は日に日に貧しくなっている。

今日の仕事だって、今までのような全日のものではなく、半日だった。

当然、稼ぎは半分以下だ。


しかも、今日は明日の仕事先を見つけられなかった。

つまり、明日から収入ゼロだ。

どうしたものか。




夜、計算して答えを出した。

なけなしの金は、もう明日にはなくなる。

その後は、無職として生きていくしかない。


無職?

仮にそうなったとして、その後どうする?

のたれ死ぬか?

はたまた、盗賊になるか?


いや、僕はどっちも嫌だ。

のたれ死ぬなんて、そんな惨めな最期は絶対に嫌だし、盗賊なんかにもなりたくない。


では、どうする?




必死に考えていた時、ふと昨日聞いた話を思い出した。

「滅びの魔人」。

訪れた町の人をみんな消してしまう、目的も姿も正体も謎の存在。

僕は、いてもおかしくはないと思う。

でも、同時にいないような気もする。


この町は田舎だが、周りには複数の町や村がある。

もしそんなものが実在するなら、これらの町や村から人が消えているはずだ。

でも、そのような話は聞かない。


ということは、やはりそんなものは存在しないのだろう。

きっとそうだ、そうに違いない。




…ふと思った。

そうか、滅びの魔人は「今は」存在しない。

そんな、行く先々で町の人を皆殺しにするような怪物は、存在しない。

所詮は、噂やおとぎ話の類の話の中の存在なのだ。

だとすれば…。





翌日、僕は町を出た。

用意した、ありったけのものを持って。





昨日、答えにたどり着いた。

滅びの魔人は、存在しない。



なら、僕がなればいい。

そう、全ての人に死と恐怖を与える存在に…


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