聖剣魔王~魔王との婚約~
真紅の鎧を身にまとい、聖剣を携えて出発準備を終えていた、ニルナ様の元におもむいた。
黄金の髪をなびかせて、黄昏色の瞳を持つ美女。
アンデットパニックを終焉させた、サンヴァ―ラの王家の生き残り。
世界一強く美しい魔王。
それがニルナ様だ。
「ニルナ様にお願いしたいことがあります」
僕は、緩やかに跪いた。
「改めて、なんですか?」
僕の態度に、ニルナ様は不思議そうに首を傾げる。
ああ、そんな些細な仕草も美しい。
魅力が怒涛のように押し寄せてきて、毒のように心をしめる。
僕は、間違いなく思う。
狂おしいほど、愛していると。
僕は、胸から取り出した箱を開いてみせる。
「僕と婚約していただけませんか?」
箱には、一対の指輪があった。
なん魔法も込められていないただの指輪。
だけど、僕の想いのすべてがこもっている。
「いいんですか? 私は魔王ですよ」
ニルナ様の顔には、喜びと戸惑いが混ざっていた。
「僕がそんなこと気にすると思いますか?」
雇い主と部下の関係だった。
そのはずだったのに……。
近すぎる距離感が心を狂わせた。
まるで蛇の毒のように、全身にまわる。
いつもは、どんな敵にも勇敢に立ち向かうニルナ様が、おそるおそる手をあげる。
「つけていただけますか?」
僕は箱から片方を手に取るとニルナ様の左手の薬指に指輪を嵌めた。
僕が魔力を込めると、青い宝石が、天空の星々のように無限の輝きを放った。
ニルナ様も、箱から指輪を取ると、僕の指輪につけてくれる。
ニルナ様が、魔力を込めると、赤い宝石が、世界の始まりを告げるような色鮮やかな輝きを放った。
指に、指輪が嵌ると、今まで見たことないほどの晴れやかな笑顔を僕に見せてくれた。
「無限に勇気が溢れてくるようです!」
僕は、ニルナ様に聖剣を渡す。
ニルナ様は、僕に魔杖を渡した。
まるで、指輪と同じように。
お互いの武器を、渡し合った。
ゆっくりとお互いの心が通っていく。
僕は、どうしようもないほど、ニルナ様のことが好きだ。
破滅的なほどに。
「では、やるべきことをやってしまいましょうか」
「はい。そうですね」
僕らは、頷き合う。
そして、ニルナ様は言った。
「では、国を滅ぼしに行ってきまーす!」
「はい。いってらっしゃい。準備は進めておきます。結婚式までには、戻ってきてくださいね」
「もちろんです」
スキップでもするような軽やかな足取りで、風のように走っていってしまった。
この国に仇なす勇者の国を滅ぼしに。
「僕は、僕でやるべきことをしましょう」
胸の奥から決意が溢れてくる。
守ってみせる。
あなた自身ではなく、
あなたが大切に思う国を。
「大好きだからこそ、あなたのことは守ったりしません」
勇者なら、か弱い人を守るのだろう。
だけど、あなたは世界一強い人。
僕は、あなたが絶対勝つと信じてる。
それこそが、僕らの勇気。
「きっと僕は勇者にはなれそうにない」
歪で普通の人には理解できないかもしれない。
だけど、これが魔王軍としての、僕らの勇気の示し方だ。
「でも、あなたがいないのなら僕には世界は必要ない」
あなたを失えば、きっと僕は魔王になる。
きっとあなたよりも、偉大な魔王になるだろう。
だけど、僕は、あなたほど世界を愛していない。
あなたの存在しない世界なんて存在意義はない。
魔王になった僕は、八つ当たりに世界を滅ぼすのだ。
そして、世界は絶望の底に沈むだろう。
僕も世界をそんな風にはしたくない。
あなたとずっと、同じ世界で過ごしていたいから。
「だから、ニルナ様。僕の心も守ってくださいね」
愛するあなたが無事に帰ってくることを、願っています。
他の『聖剣魔王シリーズ』もよろしくお願いします。