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サンタさんなんていないということがわかっている大人になった今も、ついついお供物をしている。
「まあ、サンタさんは別に神様じゃないんだけどね」
英語の授業で歌わされたクリスマスの歌に、クリスマスとニューイヤーを一緒にまとめておめでとうと歌っている歌があった。
『クリスマスと新年を一緒にするなんて外国の人は大雑把だね』と帰国子女のクラスメートに言ったら、『外国人からしてみれば、キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝う方がおかしいと思ってると思うよ。しかもミサに行くわけでもなく、することといえば、チキンを食べてショートケーキを食べてホテルでカップルが盛ってるってどんなクリスマスだって思ってると思うよ。』と至極真っ当な答えが返ってきて、ぐうの音も出なかったことがある。
でもいいの。この何でもウェルカムな感じが我々の国民性なんだから。この際サンタさんだって神様ってことでよくない?
さてと。
弥生は油でギトギトになった指をウェットティッシュで拭って、白い紙を取り出した。可愛らしいポストカードも、女子っぽい便箋なんてものも、うちにはない。前に買って余ったコピー用紙で十分。
弥生はペンを握った。考えることもせず一気に書く。
『ディアサンタさん
愛をください
弥生』
うむ。
弥生はうなずくと、白い紙を二つに折った。これがサンタさんへの手紙だ。サンタさんへの手紙には欲しいものを書くでしょう?
私が欲しいものは愛だから、毎年こう書く。
このお願いをし始めて、もうどれくらい経つだろうか。
お金で買えるものならとっくに買っている。
買えないほど高価なものは、自分には縁がないとさっさと諦めている。
でも、愛は買えない。
『大きな愛は買えないけど、小さな愛なら買える』というわけにはいかないのだ。
大粒のタイヤなんて一生かかっても買える気がしないけど、小粒のタイヤなら、給料3ヶ月分(自分のね)をつぎ込めば何とか買えるかな、と言う単純な話ではない。愛は小分けになって売っているわけではないのだ。
きっと愛はお金では買えないって、こういうことを言うんだろうな。
ふたを開けてみないと、自分が手に入れた愛が大きいものか、小さいものかなんてわからない。
気になる人に頑張ってアピールして、やっと付き合うことができても、実は相手は自分のことはそれほど好みでもなく、あっさりと振られることもあるだろうし、逆に軽めにOKした人がすごい重い愛を押し付けてくるなんていうパターンもある。
だから、コスパで計ることなんてできないし、『これだけのものをつぎ込んだらこれだけの愛が返ってくる』というものもない。今は確かタイパ(タイムパフォーマンス)なんて言葉もあるらしいけど…
それにしても。
弥生が欲しいのは愛だけだ。
サンタさん、愛を下さい。
ちょうどテレビでは、外国の歌姫が歌う往年の名曲が流れている。クリスマスの定番ソングだ。12月に入ってから、彼女が歌う曲を聴かない日はない。
この人、本当に伸び伸びと歌うよね。そしてすごく息が続くよね。
このお腹の底から声を出しているようなパワフルなエネルギーは、弥生の学生時代にだってなかった。やっぱり肉食だと体力がつくのだろうか。さすがフライドチキンの発祥の地である。肉をメインに食べるなんて、魚と野菜を食べて暮らしていた我々のご先祖様には目から鱗だったんじゃないか。
私だって、外国人みたいに情熱的に『あなたが欲しいわ』なんて言ってみたいけど。でもこの『あなた』に該当する人がいないのだからしょうがない。
早くお風呂に入って寝ないと。明日だって普通に仕事だ。きっと明日の朝は、オールして、おかしなテンションになった若者たちが道路に転がっているんだろうなぁ。
…学生の時にハメを外しておけばよかった。昔から地味な部類の弥生は、コンパだの、合コンだのといった飲み会に参加した事は無い。もっと若い頃に頑張っていれば違う未来が開けたのではないかなんて、こういうカップル必須のイベントでは、毎年落ち込む。
「休みたい…」
弥生はつぶやいた。
いや、駄目だろう。
「クリスマスに休むなんて浮かれてんじゃねよ」と上司に一蹴れそうだ。
「いや、クリスマスなんて全く関係ないところで休みたいんですよね」なんて言う度胸なんてない。
年末年始まであとひと踏ん張り。力尽きて倒れるまで働くなんて、そんな人生…
早くこたつから出なければとは思うのだけれど、なかなか踏ん切りがつかない。ぬくぬくのこたつの誘惑、恐るべし。
なんで世の中にはクリスマスなんて人の心をえぐるイベントがあるのだろうか。クリスマスの次は大晦日、それから新年でしょう。それから年が明ければバレンタインなんていうイベントがあって、その次にはホワイトデーなんていう高レベルのイベントがある。
冬は寒いから、消費が落ちるっていうのもわかるんだけどさ。企業としては、もっとソロ活動に力を入れている人のためのイベントを作るべきだよね。そんな企画でも会社で出してみようか。…私全然そういう方面の仕事じゃないけど。はは。
弥生は乾いた笑いを漏らした。