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死神公爵に「おまえを愛することはない」と言われましたが、我が栄光のチルちゃん軍にお任せください!  作者: 雷雨
第2章 国王陛下と我が栄光のチルちゃん軍

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第38話 支配力?

広々とした玄関ホールの壁に小さく描かれた魔法陣は、まだ銀色にぼんやりと輝いていた。

知らずに通りかかれば、気づかず通り過ぎてしまうほどの弱い光だった。


でも、あれが魔法陣の光と知ってしまった今となっては、魔法陣が見つけやすくなる便利な光となった。


「ここよ」

銀色の光を目印に、皆を連れた私は、ぴたりと魔法陣の下まで行ったのだ。


「それではイブ。あなた、その魔法陣辞典を開いて、ここに立ってちょうだい。ええ。壁を背にして、辞典はこちらに向けてね。ええ。そうよ」


麗しいイブは、優雅な仕草で壁の前に立った。華奢な腕は、思ったより非力ではないらしいく、流れるような動きで重い辞典を開いて持った。


「奥様、これから何をなさるのですか?」イブが聞いた。


「魔法陣を調べたいの」辞典のページをめくりながら答えた。


「調べる?ここで、ですか?」

「ええ。ここでよ」

「何故、ここなのですか?」

「ちょうど良いからよ」


この壁に描かれた魔法陣が何かを調べたいのだ。ここで調べるのが一番良い。


私は、黙り込んだイブが持つ魔法陣辞典と、壁の魔法陣を見比べたのだ。


 ⭐︎


うーん。

なかなか同じような魔法陣が見つからない。

ほんの少しだけでも似た魔法陣を見つけられれば、この魔法陣が何なのか推測ができると思ったのだけれど、難しいなあ。


これじゃない。これでもない。これも違うわね。うーん。


流れるようにめくっていくうちに、チルちゃんが私をよじ登り、肩の辺りにやってきた。


重い。でも、チルちゃんも一緒に探してくれるなら、大歓迎だ。


このページの魔法陣はどうかしら?似てる?


問いかけるようにチルちゃんを見ると、ぷるんとしたほっぺを傾げながら「チルチルチルー」と、首を振っていた。


ふんふん。やっぱり、この『クッションぐらいの重さの物なら浮かべられる魔法陣』ではないらしい。では次の魔法陣を。


私はペラリとページをめくった。


この魔法陣はどうかしら。


『床が滑りにくくなる魔法陣』


うーん、違う。でも便利そう。でも次だ。ペラリ。


『酸っぱい果物が甘くなる魔法陣』


えー!この魔法陣、覚えたい!料理長が私に酸っぱい果物を出してくるとは思えないけれど、やってみたい!でも、とりあえず今は次だ。ペラリ。


『影が長く伸びる魔法陣』


何の役に立つのか分からないけれど、これもやってみたい。こっそりやって、影の長さに気づいた護衛のルイスが凝視するのをニヤニヤしながら見ていたい。いいわあ。でも、次を。ペラリ。


『猫が不思議と入る魔法陣』

何これ?ただの丸じゃない。これも魔法陣なの?やってみるけど。絶対に。まあ、次を。ペラリ。


ペラリ。

ペラリ。


魔法陣、面白い。

でも、なかなか壁に描かれた魔法陣と似た魔法陣にたどり着かない。



うーむ。もしかして、子供用の魔法陣辞典だから、実用的そうな魔法陣は書いてないのかしら。


あれ?でもこの魔法陣似てるわ。


『声を遠くに送る魔法陣』(注意:『遠くの声を聞き取る魔法陣』と一緒に使わなければ発動しない)


うーん。これ?

「チルチル?」


チルちゃんと二人で悩んでいると、イブが声をかけてきたのだ。


「・・・奥様は魔法陣が見えるのですか?」


イブの声が少し震えた気がして顔を上げた。

銀色の髪と紫色の瞳をした、美女よりも綺麗な男が私を見下ろしている。


「分からないわ。魔法陣の勉強をし始めたところなのよ。魔法陣って、見えたり見えなかったりするものなの?イブはどうなの?魔法陣が見えるの?」質問を返してみた。


「見えません。魔法陣は、その魔法陣を描いた本人にしか見えません。よほど魔力が強い者が、魔法陣を見せたいという意志を持って描かない限り、他人には見えないものなのです。魔法陣が描けない私には見える魔法陣などありません」


「まあ、そうなの?それなら私には魔法陣が見えないのね」


描いてないから見えないはずなのに、どうして見えているんだろう。

銀色に光る魔法陣を見つめながら首を傾げた。


すぐ側にいるイブが、ごくりと唾を飲み下す音がした。

思わずイブに目をやると、美しい顔が青ざめていた。


「大丈夫?イブ」

「チルチル?」

小さな声で、優しく聞いたつもりだったけれど、イブは恐ろしげに息を呑んだ。


「奥様は、本当に魔力がないのですか?」掠れた声で聞かれた。


「ない、と言われたわ」


「子供の頃の魔力測定で?それは正式な魔力測定なのですか?」


「そうよ。どうして、そんな事を聞くの?」


「他人が描いた魔法陣が見える場合もあるのです」綺麗な紫色の瞳に、わずかに恐怖が宿っている。


「どういう場合?」


尋ねると、イブは微かに震える声で言ったのだ。


「魔法陣を描いた者の持つ魔力よりも、はるかに強い魔力を持った者には、魔法陣が見える場合があるそうです」


私たちはしばらく見つめあった。


どちらが強くてどちらが弱いか、お互いに分かってしまった。


この魔法陣を描いたのはおそらくイブだ。きっと私はイブよりもはるかに魔力が強いのだ。


「魔力が強い人は、恐ろしいの?」

魔法陣辞典を持つ手が微かに震えているイブに尋ねてみた。


「・・・魔力とは、支配力です。強大な支配力を前にして、恐怖しない人間などおりません」


えー?そーかなあー!?魔力が支配力?


私にとって魔力とは、チルちゃん達の食糧だ。

チルちゃん達を育てる為に、せっせと増やして差し出し続け、代わりにムチムチと育ったチルちゃん達の姿を見て癒される。


闇との戦いにおいての魔力だって、呆気なく消費され、必死になって飴玉や角砂糖で補っていくただの消耗品なのだ。


それが、支配力?恐怖?マジで?


「支配力・・・?」小さく呟くと、イブがまたビクッとなった。

もしかすると私から支配力が漏れ出ているのかもしれない。


「よく分からないからもういいわ。次の場所に行きましょう。イブ。辞典を閉じてついてきてちょうだい」

「次の場所があるのですか?」

「あと四箇所あるわ。みんな行くわよ」


そして、あの魔法陣が描かれた場所を全部回ったのだ。


玄関ホールの正面扉の外の壁。警備の部屋の前の壁。使用人達の休憩室の中の壁。

最後は雷のカトリーヌの執務室の前の壁。



全部の場所でイブに魔法陣図鑑を開き、持ってもらい、『声を遠くに送る魔法陣』とじっくり見比べた。

魔法陣図鑑を、床近くまで下ろしてもらい、チルちゃん達にも見てもらったのだ。


結果、チルちゃん達も頷いた。


『声を遠くに送る魔法陣』と五箇所の壁に描かれた魔法陣は、ほぼ同じ物。一部違う部分はあったけれど、ほぼ同じ物。


きっとこの場所で誰かが話す声は、どこか離れた場所で聞くことが出来るのだ。

イブは、情報を集めているのだろうか。


「なるほど。分かったわ。閉じていいわよ。重かったでしょう。ありがとうイブ。これで終わりよ」


そう言っても、唇まで白くなっているイブは魔法陣辞典を開いたまま、目を見開き私を見つめていた。


あれ?聞こえなかったのかしら。


「イブ?聞こえなかったの?これで終わりよ」

「終わり・・・」イブが上擦った声で繰り返した。

「そう。終わりよ。イブ。終わりなのよ」

「私は、終わり」私は終わり?


イブが悲劇の美女のように震えている。無意識に私の支配力が漏れているのかしら?


私は首を傾げながら「ともかく終わりよ。イブ。あなたは仕事に戻ってちょうだい。私はこの後、約束があるの」と言ったのだ。


後ろで控えていた侍女のローズが「約束ですか?」と不思議そうに言った。


「そうよ」私は微笑み、すぐそこにある雷のカトリーヌの執務室の扉を叩いたのだ。


扉が開き、少し疲れた顔のカトリーヌが現れた。

この生真面目な雷は、また疲れを無視して働いている。


カトリーヌは驚いたように、「まあ、奥様。もしかすると本気だったのですか?」と言った。


「もちろん本気よ。毎日一緒にお茶を一緒にすると言ったでしょう。蜜月花酒も取り寄せてあるの。カトリーヌは小さなグラスで飲みなさいよ。私はあれを紅茶に垂らすわ。ふふふ。楽しみにしていたのよ」


それで魔法陣の事なんかすっかり忘れて楽しいお茶をした。


その日、一日、忙しくも楽しく過ごした。


でも、また夜中にやってきたのだ。あいつが!あの猫が!


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