第9話 思ってる
以前、見た男達だった。
旦那様の部下だったかしら。
私がこの屋敷に来てすぐに、私に嫌がらせをしたという男達だ。心当たりはないけれど。
先日と同じく、壮年の男がジロリと私を睨み、長々と話し始めた。
「ああ、そうでした。私とした事が、まだお祝いの言葉を言ってなかった。おめでとうございます。ついにやりましたね。どうです。公爵夫人になったご感想は。詐欺師の娘が公爵夫人にねえ。はっはっは。女どもの好きそうな物語みたいじゃありませんか!すごいすごい。余程の恥知らずじゃなければ出来ない事ですよ。ねえ、恥知らずさん」
しきりと何か喋っているけれど、私はそれどころではなかった。
塔の方からやってきた男達は、先日より濃い闇を連れていた。
雲のような闇をたっぷり纏っていたし、足元は粘りのある闇に浸かっていた。
旦那様の住む塔は、どれほどの闇に覆われているんだろう。
「しかし奥様は、公爵様に相手にされてないのでしょう?式を終えて、公爵様に何度お会い出来たのですか?ふん。知ってますよ。一度もお会い出来てないのでしょう。ねえ、もう諦めてはどうですか?もしかすると、自分が惨めだと理解出来てないのか?諦めて出て行けと言っているんです。出て行け!恥知らず!詐欺師の子!公爵様に近づくな!」
「近づくな!」
「恥知らず!」
「出て行け!」
男達が何か叫んでるけれど、怖々ながらも戦い始めたチルちゃん達の戦いが苛烈すぎて、あまりよく聞いていなかった。
やはり塔の闇は、厄介だった。
チルちゃんの槍が刺さっても、消えないのだ。何度も何度も刺してやっと消える。
消せないわけではないけれど、とても魔力を消耗する戦いだった。
繰り返し魔力を補充しにくるチルちゃん軍。
私はそれに備えて、バスケットの中のケーキや果物を食べ続けた。
「おい!聞いているのか?さっさと出て行けと言っているんだ!我々を無視して必死に食べているようだが!・・・・え?まだ食べるのか?え?いや、ちょっと。まだ食べるのか?いくらなんでも、え?本当に?」
男達は何か言っているようだけれど、本当にそれどころじゃなかったのだ。
ああ、猫をここに残しておけば良かった。
猫のシャアアアア!があれば、もう少し楽に戦えたかもしれないのに。
頑張れチルちゃん軍。私は魔力が切れかかってる。もっと食べ物を。ああこの角砂糖でもいいわ。魔力をもっと作らないと。頑張れチルちゃん軍!私も頑張ってる!
☆
気がつくと戦いは終わっていた。
良かった。なんとか魔力がもった。
バスケットは全て空っぽだった。角砂糖も全部ない。
私もチルちゃん軍もぐったりしていた。
「奥様」
声をかけられ、ふと顔を上げると、ローズが白い猫を抱いて立っていた。
猫はひらりと地面に降りると、まだ残っていた闇のカケラに「シャアアアア!」と言った。
吹き飛ぶ闇のカケラ。
別猫のように綺麗になって戻ってきたけれどあの悪い顔つきは猫のパイだ。
さっきの戦いの時にいてくれれば・・・・
「奥様。どうなさいましたか?まさかこの者達に何か不埒なことをされたのでは!」
グッタリとした私を怪しみ、気色ばむローズ。
毒気が抜かれたような顔をして立ち尽くしていた男達が、途端に慌てだした。
「ち、違う!我々は何も!この女があんまりバクバク食べるから、我々は呆れて!」
「この女ですって!?奥様になんと無礼な!」
バクバク食べると言った事と呆れた事には全く怒らなかったけれど、私を「この女」と呼んだ事にはカンカンに怒るローズ。
「悪かった。奥様だ。言い間違えた」
「言い間違えたですって!?ふん!それで奥様になんのご用ですか!」
すごい剣幕だ。ローズは怒るとこんなに怖いなんて知らなかった。
チルちゃん軍も私の背後に集まり震えている。
「いや、我々は、我々は何を・・・」
男達は戸惑ったように顔を見合わせる。
きっと闇のせいで少しおかしくなっていたのだ。何かしきりに叫んでいたし。
しかし、壮年の男がはっとした顔をして、「そ、そうだ公爵様に頼まれて来たのだ」と言い出した。
「公爵様に?」
ローズが怒りを止めて聞きかえす。
私も立ち上がり、男達に聞いた。
「旦那様に何を頼まれたのですか?」
男達の中から、あの壮年の男が進み出て、バツの悪そうな顔をして私を見た。
「その、我々の中から一人、奥様の護衛として付くよう公爵様に頼まれたんだ。屋敷の敷地内とはいえ、奥様が一人で彷徨くのは危険だとおっしゃられて。しかし奥様が屋敷の中で大人しくしていてくれれば、我々は護衛などしなくてすむ。奥様も、我々に護衛などされたくないだろう」
やはり旦那様は良い人だった。
私は護衛が付くことを快諾した。
☆
私に付けられた護衛は、軽薄な顔つきの若い男だった。
「話しかけないでくれ」
それが彼が最初に言った言葉。
「俺はあんたの護衛なんかしたくなかった。公爵様の頼みじゃなきゃ、誰があんたなんかの護衛をするもんか」
そう言った後はムッツリと黙り込んだ彼の名前はルイスだ。
歳は十九で、貧乏伯爵家の六男。両親には邪険に扱われてきたから、家名を捨てて平民になってもいいかなと思っている。どこにも馴染めなかった俺を拾ってくれた尊敬する公爵様は、きっと俺が平民になっても今までと同じように側に置いてくれると思う。
好きな食べ物はカラシを塗った肉をパンに挟んだやつ。旨い。
甘いものも好きで果物に糖蜜を絡めたやつを時々買って食べている。自分へのご褒美。
最近気になっている女の子はローズ。
前から可愛いなと気になってはいたけれど、この前の怒ったローズを見て、惚れてしまった!可愛くて気が強いなんて最高!
まだ目も合わせてもらえないけれど、話してみたい。でも話しかける隙がない。それが今一番の悩み。
全部本人から聞き出した。
マリー仕込みの話術で三日かかった。
「ローズには何て話しかけるつもりなの?」
「えー。そんなの、まだ分からないよ。でも最初は普通の挨拶からだよな。おはようとか、いい天気だね、とか、そんなのだよ」
「へー。それで求婚の時は何て言うつもりなの?」
「求婚?気が早くない?」
「そう?私が今まで聞いいた中で、一番素敵な求婚の言葉は、あなたは私の光です、よ。いいでしょ」
「いいけどさー。俺にはちょっと高尚すぎるよ。俺ならさ、もっと普通の言葉でさ、俺と一緒に暮らさないか、とかどうかな」
「いいかも」
「だろー」
チルちゃん軍に魔力をあげながらルイスと雑談をするのは楽しかったのだけれど、護衛五日目にルイスは現れず、別の男がやって来た。
☆
「ルイスを手懐けたそうだな。ふん。油断のならない女だ。しかし、俺に同じ手が使えるとは思うな」
剣を腰に下げた厳つい顔立ちの男の名はニコラス。二十歳。
結婚は十七の時。子供は三人。女女男。三人とも超可愛い。
一番下の男の子は先日生まれたばかりで、公爵様は俺が遅くまで仕事をしていると、早く帰れと急かしてくる。本当に良い方だ。
好きな食べ物は、奥さんの作ってくれる豆のスープ。好きだ。
求婚の言葉は「絶対に幸せにする。だから結婚してください」
時々、あの時の約束は守れているだろうかと、奥さんに聞いている。
四日で聞き出した。
☆
次に送られて来た護衛は、ロン。三十歳。
ヒョロリと背が高い彼は、数年前まで病いで寝込みがちだった。極貧生活を送っていると、公爵様が支援してくれた。おかけで少し健康になれた。
魔力があるし、弓は多少使える。公爵様の盾として生きていくつもり。
求婚の言葉は「君の側にいられれば幸せだ」
先日、よく行く酒場の娘に言ったばかり。
返事はまだもらっていない。
二日だ。
☆
次に送られて来たのは、ケビンで五日。無口な人で時間がかかってしまった。求婚の言葉は簡素で「結婚して欲しい」でも、振られてしまった。
その次はダン。三日。求婚の言葉は「あの月が沈むまで、何度だって言うよ。君を愛してる。結婚してくれ」先月結婚した。
その次はミシェル。その次はアントニー。その次はマークで、その次はジーン。
☆
「いい加減にしてくれ!」
私がいつものように庭の闇をチルちゃん軍と葬り去っていると、男達のまとめ役らしい、あの壮年の男が怒鳴り込んできた。
「おまえが汚い手を使うせいで、私が来なくてはいけなくなった。私がお守りしたいのは公爵様だ。おまえなどに時間を割きたくはないのだ!」
「公爵様が私の護衛を変えろって言ったの?」
「つけあがるな!公爵様はおまえの事など気にかけていない。全て私の判断だ。しかし私を他の者達と同じだと思うな。私を甘く見るな!」
なるほど。では全力で行かせてもらおう。幼い頃からマリーを見て学んだ私の持つ話術を全て使って!
男の名前はエルビス。
求婚の言葉は「君は私の光だ」
サマンサ先生と同じ!聞けば昔流行った芝居の台詞なのだそうだ。
そういえば、サマンサ先生とエルビスは同年代。
二人とも流行りの言葉を使ったのだ。ふふふ。
一日だった。
☆
翌日やって来たのは、最初に私の護衛をしてくれたルイス。
「一周したのね」というと「一周したんだ」と少し不貞腐れた顔で言われた。
「なあ、奥様」ルイスは空を見上げながら「俺たちの事、チョロいと思ってんだろ」と聞いてきた。
思ってる。