第37話 裏切り者ども
ふんふん。ふんふん。
ちょっと待ってよ。ここを読み終わってからページをめくるから。
ふんふん。なるほど。
いや、だから待ちなさいよ。あなた達、読むの速すぎない?ちゃんと理解してるの?してる?本当に?ともかく待ちなさいよ。いいから少し待ちなさいよ!
早くページをめくれと急かしてくるチルちゃん達と争いながらも、読み進めたこの魔法陣図鑑は、流石に初心者(お子様)向けだけあって分かりやすかった。
良い子のみんな向けに挿絵付きで書かれた解説によると、世界で最初の魔法陣は、ぽんっと一瞬小さな火の玉を生み出し、それでおしまい、という素朴なものだったらしい。
描き方も、指先から魔力を流しながら地面に直接描いたのだ。
『最初の魔法陣を描いた人間は、精霊王の友だったと伝えられている』
ふんふん。そうなのね。
精霊王が教えてくれたのかしら。
それまで、魔法の習得はひどく感覚的なもので、魔力を持ちながらも上手く魔法が使えない者も多かったが、魔法陣により、そういった者達でも魔法が使えるようになった。
『魔法陣は、魔法を使えなかった魔力持ちの未来を開いたのだ!』
解説文から情熱を感じる。
この本の作者は、魔法が使えなかった魔力持ちなのかもしれない。
『では、君たちに素晴らしき魔法陣の数々を紹介しよう。さあ、ページをめくりたまえ』
「チルチルチル!」
チルちゃん達にも作者にも急かされながら、私はページをめくったのだ。
まずは、『 原初の火の魔法陣 』
ふんふん。簡単。まる。さんかく。しかく。ふんふん。私でも描けそう。
次は、『 改良された火の魔法陣 』
まる。さんかく。しかく。さんかく。さんかく。ふんふん。ちょっと難しい。でも描けそう。
『 さらに改良された火の魔法陣 』
・・・・・。あ。無理だわ。これ、私には描けない。急に難しくなり過ぎじゃない?何?この複雑な図形は。線も細くなっている。
『 炎の魔法陣 』
・・・・。
『 そよ風の魔法陣 』
・・・・。
「チルチルチル!」
そんなに早くページをめくらないで!と騒ぐチルちゃん達を無視して、次々とページをめくっていった。
そして思ったのだ。
私に描ける魔法陣は、『原初の火の魔法陣』と『改良された火の魔法陣』だけかもしれない。
それにそれぞれの魔法陣を描いたページの隅に『魔力ペン3型推奨』とか『魔力杖ならば10より短い物を』と描いてあるけれど、専用の道具がいるの?
「ねえ、イブ」
私が呼ぶと、控えていたイブが静かに近づいてきた。
「はい。奥様」
「この図鑑に、魔法が使えない魔力持ちは、魔法陣を使って魔法が使えるようになったと書いてあるけれど、こんなに難しい魔法陣をみんな描けるようになるものなの?」
「・・・描けない方もおられます」
「どのくらい?」
「・・・十人中九人ぐらいでしょうか」
「ほぼ描けないじゃない!この本には、魔法陣は魔法を使えなかった者達の未来を開いたと書いてあるけれど、嘘なの?」
イブは綺麗な長いまつ毛を伏せ、図鑑を見つめながら、「別の方法があるのです」と言った。
「別の方法?」
「はい。魔紙、と呼ばれる紙を使うのです。製法は秘されておりますが、魔力が流れやすい紙です。魔法陣を描ける者が、魔力を込めず、普通のペンとインクを使い魔紙に魔法陣を描いたものが、魔道具屋などで売られております。魔力持ちが後からその紙に魔力を流せば、魔法陣が発動します」
「まあ、便利なものが売られているのね!でも、お高いんでしょう?」
興味津々で身を乗り出して聞いてみると、イブは勢いに押されたように体を引いた。
「魔法陣の複雑さによって値段は変わるので、簡単な魔法陣は安いと聞いております。どちらにしても、自分で魔法陣を描くよりは威力がかなり落ちるそうです。それに・・・」
と、イブは、そっと私から目を逸らし、「残念ですが、魔力のない方には使えません・・・」と言った。
私に魔力がないと思っているイブは、気の毒に思ったらしい。
でも、魔力はあるのだ。
あるけれど、専用のペンを買わないといけないのかしら。
『原初の火の魔法陣』くらいなら、指で描けるかしら。
人差し指を立てて考えていると、その指先にいる玉ちゃんが、やる気に溢れた光を放った。
あ、そうか。そうね。玉ちゃんがいるわ。玉ちゃん越しに描けば、描けるかしら。
そんな事を考えながら、玉ちゃんを見つめていると、一緒になって玉ちゃんを眺めていたチルちゃんが、はっ!と何かに気づいた顔をして、光の槍を出したのだ。
私の魔力で輝く光の槍。
そうね!光の槍から魔力を流せば、『魔力ペン3型』や『魔力杖10』の代わりになるかもしれない。チルちゃんにも魔法陣が描けるかも!
とりあえず一番簡単な魔法陣を描いてみましょう。
急いで『原初の火の魔法陣』のページを開き、玉ちゃんと一緒にワクワクピカピカしている間に、チルちゃんが光の槍で机の隅に描いた魔法陣から、ポンっと火の玉が飛び出し、消えていった。
え?成功したの?
驚き動きを止めた私の周りで、光の剣や、光の矢や、光の何かで描かれた魔法陣から次々に火の玉が飛び出し消えていった。
えーーーー!?みんなも出来たの?
「奥様!ここは図書室です!本を燃やすつもりですか!!」
後ろに控えていた侍女のローズの怒声が響く。
一斉にチルちゃん達は机から飛び降り、逃げていった。
残されたのは、何もしていない私と玉ちゃん。
でも、その玉ちゃんだって、さっきまではあんなに威勢よくピカピカと光っていたのに、今ではなるべく小さく、なるべく微かに、どちらにしたってローズに玉ちゃんは見えてえないのに、なるべく自分の存在を消すくらいにひっそりと、光を落としたのだ。
そう。
チルちゃん軍だ、仲間だ、友達だといったって、怒られるのは、いつだって私だけ。
酷い。酷すぎる。
でも、今はともかく、どう言い訳をすれば・・・・。
ローズの方を振り返る事も出来ず、必死に言い訳を考える私に、イブが詰め寄ってきた。
「どうやったのですか!?」
「え?何が?」
すごく間抜けな奥様の返事をしてしまった。
でも、綺麗な顔を険しくしたイブは、今の答えの間抜けさに気づくどころではなかったらしい。
「今の、魔法陣です!奥様は魔力がなかったのではないのですか!?それに何も使わず魔法陣を描くなど、それもあんな一度に複数の魔法陣を描くなど不可能なんだ!聞いた事もない!」
ああ、なるほど。イブには、うちの逃げ癖のある光の戦士どもが見えないから理解が出来ないのだ。
あの裏切り者どもは、ちゃんと道具を使い、形式通りに魔法陣を描いたのだけれど。
「どうやったのです!」
詰め寄られながら、ちらりとローズの方をみると、あれほど穏やかに見えていたイブの豹変具合に、厳しいローズも唖然としていた。
よし。
このまま誤魔化そう。
私は椅子から立ち上がると、「不思議ね」と微笑んだ。
「ふ、不思議?不思議どころではないではないですか。不可能だ!ありえない。そうでしょう?あなたも、そう思うでしょう?」
すがるようにイブに突然訴えられたローズは、戸惑ったように瞬きをし、
「私は魔法陣の事は良く知りません。でも、奥様の周りでは、よくありえない事が起きますから」と言った。
「よく、ありえない事が、おきる・・・!」
噛み締めるように言ったイブに、ローズは気の毒そうに言葉を足した。
「はい。奥様がありえない事をしますから、ありえない事が起きるのです。イブ様。いちいち気にしてはダメです。奥様は、そういう方だと諦めなくては」
諦めているの?ローズは?そうだったの?
衝撃を受けた私に、ローズは軽く眉を顰めると「でも、二度と図書室で、いいえ、屋敷の中で火の玉など出してはダメですよ!」と注意した。
もちろん私は「はい」と答えたのだ。
良かった。これ以上怒られないみたいだ。
指先の玉ちゃんも、安心したのか、少し光を強くした。
「よく、おきる。諦める・・・」
まだ立ち直れないイブに、私は、ローズの怒りを逸らしてくれた事に感謝しながら声をかけた。
「イブ。では、図書室を出ましょう。その魔法陣図鑑を持ってついてきてちょうだい。まだ調べたい事があるの。みんなも行くわよ」
みんなと言うのは、侍女のローズと、護衛のルイスと、図書室の一番隅からこちらをそっと伺っている裏切り者の戦士どもだ。
「ど、どこに行かれるのですか?」
魔法陣図鑑をそっと閉じ抱え持ったイブが訪ねてきた。
もちろん、昨夜見つけたあの魔法陣のところだ。
あれが、何の魔法陣なのか調べるのだ。
私は微笑み、図書室を出た。




