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死神公爵に「おまえを愛することはない」と言われましたが、我が栄光のチルちゃん軍にお任せください!  作者: 雷雨
第2章 国王陛下と我が栄光のチルちゃん軍

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第28話 狩れるものは全部狩る

 旦那様の叔母様シモーヌ 対 雷のカトリーヌ


この注目の一戦は、どう考えたって熾烈な饒舌戦だけれど、シモーヌはおそらく五十歳ぐらいだし、カトリーヌだって七十歳を超えている。

長期戦が出来る体力はないはず。

だから今頃、二人ともソファーの上でぐったりとしているはず。

はず。

きっと。

たぶん。

お願い。

弱っていますように。


ピリピリとした沈黙の続くお化粧直しで消耗した私には、元気いっぱいの二人を相手にするより、疲れ果てた二人を相手にするぐらいが丁度良いのだ。

だからお願い。


沈黙を続けるローズ達侍女と、そんな侍女達を戸惑ったように見上げながら歩くチルちゃん達を引き連れ、私は応接室へと向かったのだけれど、応接室の豪奢な両開きの扉の前には、気難しい顔をした護衛のロンと、同じく護衛のマークが立っていた。


ヒョロリと背の高いロンは「君の側にいられれば幸せだ」と、よく行く酒場の娘に求婚して断られた三十歳。

私と旦那様の部屋に飾る絵を注文した画家を故郷に送り届けたり、護衛以上の仕事もお願いしている。

皮肉っぽい言動と、多少悪い性格のせいで、女性人気はないけれど、結局は誠実な人なのだ。私は頼りにしている。


マークは背が低く、どこか子供っぽい風貌をした十八歳。

ぼんやりしているようでいて、何かと器用にこなしてしまう人だ。

マークは先日、出会って一ヶ月の彼女に「好きかも。結婚しよう」と求婚し、「ふーん。いいわよ」とあっさり承諾されたそうだと、ロンが忌々しげに教えてくれた。


ロンの次の求婚が、マークの求婚くらいあっさりと上手くいけばいいのにと思う。性格が悪くったって、好きになってくれる人はいるはずなのだ。


「奥様。この部屋に入る気ですか?」


扉の前についた私に、ロンが皮肉げな笑顔を浮かべて聞いてきた。


「入るわ。扉を開けてちょうだい」

「では、覚悟を」


覚悟って何?


「中は、そんなに酷い事になっているの?でも、いくら何でもシモーヌもカトリーヌも疲れ果てている頃でしょ」

「さっき、エルビスが部屋に戻る時に扉を開けましたが、まあ、俺は入りたくはありませんね。エルビスも震えながら入っていきました」

「そんなになの?」

「そんなにですよ。それで?覚悟は?」


皮肉な笑顔を浮かべ、揶揄うように言ったロンに、私の背後のローズから「ロン。奥様に気安すぎます」と低い物言いが入った。


「それは失礼」

ローズを見て小馬鹿にしたように返事をした女性人気のないロンが、再び私を見て馬鹿丁寧に言った。


「覚悟はできましたか?奥様」


何度も覚悟を迫ってくるけど、そんなになの?


チルちゃん達は、波が引くように素早く私の後ろに隠れた。指先の玉ちゃんは、覚悟を決めたように瞬いた。

私は一度深呼吸をし、ロンに頷いてみせた。

「覚悟は出来たわ。開けてちょうだい」


ロンがマークに視線で合図をした。

二人は両開きの分厚い扉にそれぞれ手をかけ、さっと開いたのだ。


途端に高笑いが響き渡った。


「おほほほほ!まあ!カトリーヌ!私の心からの親切も、あなたみたいな性格の曲がった年寄りの目を通せば、悪意に見えるのね!それとも生まれが下賎な平民だから、そんな嫌らしい考え方をするのかしら。嫌だわ。あなた、この屋敷で働いていた田舎くさい子爵を色仕掛けで落として、子爵夫人に成り上がったのでしょう。下賎な平民が考えそうな事ね。穢らわしい!」


「ふふふ。嫌ですわ、シモーヌ様。思い出してくださいませ。昔よくシモーヌ様が、お姉様である公爵夫人に嫌がらせをしにいらしていた頃に」


「嫌がらせ!?何を言っているの!?私がイヴォンヌお姉様にそのような事をするはずがないでしょう!」


「あら、失礼いたしました。言い間違えたようですわ。公爵夫人になられた慈悲深く美しいイヴォンヌさまの元にシモーヌ様が頻繁にいらしていた頃、イヴォンヌ様もよく話していらっしゃったではございませんか。

部下の子爵が公爵家の侍女に恋をしたのを知った当時の公爵様が、二人の仲を取り持とうと奮闘してくださった話を」


「子爵が恋した侍女!?それがあなただとでも言うの?ほほほ!昔から性格が悪くって、いつも不機嫌で、みっともない枯れ枝みたいな見た目のあなたに、子爵が恋!?おほほほほ!誰があなたなんかに恋するものですか!正直にお言いなさい。どうせ媚薬でも飲ませたのでしょう?」


「ふふふ。媚薬など飲ませずとも、あの人は私に恋をしたのですよ。媚薬を飲ませて結婚したのはシモーヌ様ではございませんか」


「な、何ですって!?私を侮辱するつもり!?」


「とんでもございません。しかし、媚薬は飲ませたのではございませんか?」


「何ですって!」



うーむ。と、私は部屋を見渡した。


応接室の壁際には、シモーヌが連れてきた侍女達と、ハスラー公爵家の侍女達が、それぞれ震えながら控えていた。

もちろん私の後ろにいたチルちゃん達も、素早く部屋の隅に集まり震えている。

同じ隅で、エルビスも震えていた。


シモーヌの怒鳴り声が響き渡る度に、ぴしり、ぴしり、と心霊現象のように部屋が軋む音を立てた。

これはシモーヌの魔力の影響なのかしら。

姉のイヴォンヌは魔力量が多かったそうだから、シモーヌの魔力も多いのかもしれない。

影響を受けた部屋が、ぴしり、ぴしり、と悲鳴をあげている。

こんなに美しく整えられた部屋なのに。


シモーヌもカトリーヌも、壁に飾られた美しい絵画には目も向けず、大きく造られた窓から見える庭園に咲き誇る花々など気にも止めず、艶やかに磨き上げられたテーブルに置かれた紅茶にだって手もつけず、居心地の良さそうなソファーも完全に無視していた。


二人とも、美しい部屋の真ん中で、怒れる熊のように向かい合い立ち、お互いを睨んでいるのだ。


元気いっぱいだ。

少しは弱っていると思ったのに、座ってすらいないなんて、マジで?


侍女のローズには絶対にバレてはいけない言葉を私が心の中で呟いていると、シモーヌがこちらを向いたのだ。


「あら、エルサ様。やっとお戻りになったのね!良かったわ。こんな陰気な年寄りと一緒に置いておかれて、私、エルサ様に嫌われたのかと思いましたわ」


厚く化粧を施しているはずのシモーヌの顔は、怒りでドス黒くなっていた。

しかし、雷のカトリーヌの顔つきも凶悪だった。


「奥様、このような騒ぎになってしまい、申し訳ございません。しかし、シモーヌ様が公爵家にはまだ侍女が足りないだろうとおっしゃって、侍女を三十人連れて来たそうなのです。今日から、その三十人を受け入れろとおっしゃるのですが、こちらではまだそれほどの人数を受け入れる準備も、理由もございません」


「まあ!何を言っているの!ここは田舎子爵の屋敷ではないのよ。今までが少なすぎたのよ。求人を出していると聞いたわ。だから、私の屋敷の侍女を貸してあげると言っているのよ」


「求人は出しておりますが、誰でもというわけではありません」


「私が準備した侍女達以上の者はいないわ。エルサ様、よいわね。私が連れてきた侍女達を使いなさい。それがエルサ様にとって一番良い事よ」


「なりません!」


「あなたは引っ込んでいなさい!」


ぴしり、ぴしり、と部屋が鳴り、カトリーヌの頭上にも雷が見えそうだ。


シモーヌは強引に侍女達を公爵家に入れて、何をするつもりだろうか。

公爵家を乗っ取るつもり?誰かに命令されたのだろうか。


ギラギラとした目つきで私の手を取ったシモーヌは、威圧的に言ったのだ。


「エルサ様。あなた、ずっと田舎の領地で暮らしていたのでしょう?それなら、何も分からなくて不安でしょう?私に任せておきなさい。舞踏会の事も、王都での生活も、貴族社会の事も、全て私が教えてあげるわ。私の言った通りにしなさい。分かるわね。私の言う事を聞いていれば大丈夫なのよ」


「シモーヌ様にはそこまでやっていただく必要はありません!」

カトリーヌがシモーヌの後ろで叫んでいる。


「私を信じるのよ」

シモーヌが私の手を強く握りしめた。


シモーヌの目には、焦りがあった。必死だった。


私は微笑んで、シモーヌの手を握り返した。

シモーヌがニヤリと笑う。


「ええ。エルサ様なら分かってくれると思ってましたわ。あなたは賢い人だもの」


やけに優しげに言ってくるシモーヌに、私は微笑みながら言ったのだ。


「まずはお茶ですわ。シモーヌ様。ソファーに座って話しましょう。侍女の事については、私にも考えがありますの。もちろん、シモーヌ様のご厚意を無には致しませんわ。まずは面接をさせてくださいませ。全ての侍女を今日、受け入れる事は出来ませんが、何人かは受け入れるつもりですわ」


「何人か?」と眉間に皺を寄せたシモーヌの手を離し、壁際の侍女達に言ったのだ。


「さあ、新しいお茶を用意してちょうだい。それに美味しいお菓子も忘れないで。いつものようにね」


震えていたエルビスが、顔を上げ、「いつものように、ですか?」と聞いたのだ。


「ええ。いつものようによ」

「いつものように・・・・!」

エルビスは目を輝かせると、侍女を何人か連れて部屋を出た。


シモーヌにはここに来た目的があるのだろうけれど、私にだって目的があるのだ。


とりあえず、シモーヌの求婚の言葉は狩る。

もちろん、カトリーヌの恋バナと、媚薬を使ったシモーヌの恋バナの真相も狩りたい。

シモーヌが侍女達を押し付ける理由も狩ってもいい。


「さあ、お座りになって、シモーヌ様。カトリーヌもいらっしゃい」

奥様らしい仕草で、二人をソファーへと導いた。


狩れるものは全部狩るのだ。

私は慎重に擬態した。


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