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第8話 奥様のバスケットは五つ

「奥様」とローズに呼ばれた。


うふふ。

奥様。

いい響き。

逃げる未来しか考えていなかったから、自分が奥様になる未来なんて想像もしてなかったけれど、今は奥様になっている。


ここは居心地がいいし、ご飯も美味しい。

呪いも怖くはなかったし、旦那様は良い人だった。

逃げる理由がなくなっていた。


結婚式の間中、旦那様が言っていたのは、私を気にかける言葉ばかりだった。

恐ろしいか?逃げたいのなら。怖いか?気分は?

そんなことばかりを言っていた。

きっと優しい人だ。

おまけに声が凄くいい!


できれば、あの旦那様の呪いを消してあげたかった。

あんな呪いはない方がいい。


そして私は呪いに隠されている旦那様の顔を見てみたかった。

だって、私の旦那様なのだ。


 ☆


「奥様、本日は何をして過ごされますか?」


朝の支度を整えた後、ローズに聞かれた。

旦那様は呪われているので、社交などはしなくても良いし、公爵家の仕事は旦那様と有能な部下達がやっている。

だから私がやる事は、いつも同じだ。


「いつもと同じよ」とローズに告げる。

「ではバスケットが必要ですね」

「ええ。三つお願いするわ」

「・・・はい。三つですね」

「いえ、待って。やっぱり五つにしてちょうだい」

「・・・・・は、はい。五つですね。申し付けておきます。どちらにお持ちすればよろしいですか?」

「今日はあそこよ」

窓から見える芝生の上をピシリと指差す。

「・・・かしこまりました」

ローズは一瞬、顔を曇らせ、何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わず下がっていった。


「さあ、それじゃあ今日も始めるわよ」

足元でチルちゃん軍が「チルチルチル!」と叫んでいた。


 ☆


私がやる事といえばもちろん、戦いだった。

屋敷中の闇は、ほぼ消し去っていたが、完全には無理だった。入れない部屋もあるのだ。それに消しても闇はまた湧いてくる。

でも、完全に闇を消し去っておきたい場所もあるのだ。

そこはもちろん、


「やあ、奥様。聞きましたよ!今日はバスケット五つだってね。ははは。本気ですか?いや、本気なんでしょうけど。かなりの量になりますよ。いつも言ってる事ですがね」


チルちゃんよりも丸々とした料理長のいる調理場には、大きなバスケットが五つ並べられていた。

まだ空っぽだった。

これから詰めてくれるのだ。

楽しみ!


「大丈夫よ。いつも全部食べてるでしょ」

「ああ、そうです。いつも綺麗になくなっている。奥様は我々の料理が大好きだ。嬉しいことだ。しかし不思議だ。いつも思うんですが、魔法みたいだ。この量がその細いお腹に入るなんて、どう考えたって無理だ。でも入っていくんですよねえ。はあ。世の中は不思議でいっぱいだ。さあ、今日のバスケットの中身を見ますか?まだこれから作るものもありますから、これが全部じゃありませんが」


料理長はチラチラと私のお腹を見ては首を傾げながら、バスケットに詰めるお菓子を見せてくれた。

冷たいクリームのパイと糖蜜のパイ、ハチミツ酒のケーキとチョコレートケーキ。あとは新鮮な果物がいっぱい!


「これからドーナッツを作ります。粉砂糖がかかっているのと、スパイスがかかっているやつです。沢山沢山作ります。全部できたらバスケットに詰めて、ご指示された所へ持っていきますよ。あと、紅茶と角砂糖をたっぷりとね。ああ、これを先に渡しておきましょう」


料理長は私にずしりとした小袋を渡してくれた。

中を覗き込むと、色とりどりの飴が入っている!


「ありがとう!!!」

私は袋を抱きしめて言った。

これで魔力切れを防げるし、何より美味しい!


「さあ、それを持って行ってください。ドーナッツを揚げるのは危険な作業だから、ここにいちゃいけません。ドーナッツが揚げ終わったら、我々はお昼ご飯を作らなきゃいけないんだ。これもまた、たっぷりとね」


最後は呆れたような顔をして料理長は私を送り出してくれた。

その間に、我がチルちゃん軍は調理場の隅々まで見て周り、潜んだ闇を消していたのだ。


「さあ、大切な場所は守れたわ。次へ行きましょう」

私たちの手口はいつも同じだ。

私がお喋りをしながら入り込み、私がお喋りをしている間に一緒にこっそり入り込んだチルちゃん軍が闇を消して回るのだ。


でも最近は、日傘をさして、庭の方を重点的に回っている。

公爵家の庭は広い。

森まである。

でも、森の闇は大した事はないのだ。

厄介なのは公爵様の住む塔の近く。

塔に近づくほど闇は濃くなり、チルちゃん軍はすぐ魔力切れになる。

おやつが沢山必要なのだ。


 ☆


庭を練り歩き、すっかりお腹を空かせて約束の地へと辿り着いた。

料理長がくれた飴はすでにない。

あの飴のおかげで魔力切れを恐れる事なく、いつもより多く闇を消せたのだ。ありがとう。美味しかった。色違いの飴は違う味がするなんて思わなかった!

これからも調理場の闇は優先的に消し去るつもりだ。

本当にありがとう。


約束の地でローズはもう芝生の上に大きな布を広げて待っていた。

布の上にはクッションが置かれ、パスケット五つもちゃんと置かれている。紅茶のセットも用意してある。お皿の上には山盛りのドーナッツがある。

なんて素敵な光景だろう。


「さあ、どうぞ奥様。お腹が空いたでしょう」

「もうぺこぺこよ!」


微笑むローズの顔色は悪かった。

この場所からは塔が見える。

屋敷の者達は塔へ近づくのを嫌がった。寒気がするのだそうだ。

濃い闇が流れてきているせいだと思う。


チルちゃん軍はすぐさまローズの周りの闇を片付け始め、私はローズがお皿に山盛りにしてくれたドーナッツにかぶりついた。美味しい!


ドーナッツを全て片付け、近くの闇を一掃したチルちゃん軍に魔力をあげながら、ローズがパイを大きめに切り分けてくれているのを眺めていると、顔色が良くなっていたローズがクスクスと笑いながら言ったのだ。


「最初は奥様が食べるのを見ていると、頭の中が真っ白になっていたんです。信じられない量がなくなるんですもの。

でも最近では、爽快さを感じるようになってきました。

こんな量、食べ切れるわけがないと思いながらお出ししても、奥様は綺麗にペロリとお食べになって、幸せそうに微笑んでらして、それを見ている私も幸せな気持ちになって、なんだか心がすっきりとするんです」


なるほど。それは私が食べている間に、チルちゃん軍がローズの周りの闇を消し去っている事も関係していると思うけれど、ローズが幸せそうに笑っているなら、なんでもいい。

「ローズが幸せになってくれて嬉しいわ」

私たちはふふふと笑い合った。


「それより、奥様。そちらにいるのは何ですか?」

ローズは私の横を指差した。


ドラネコだ。目つきが悪く、汚れてガリガリに痩せている。まだ若い雄猫だ。


  ☆


「庭に迷い込んでたみたい。今日から雇う事にしたの」

「雇う?飼う、という事ですか?」

「そうね。飼う、という事かしら?」

私が首を傾げて言うと、ローズも首を傾げて私を見た。


結果的には飼うのだけれど、雇うといった方が正しいのだ。


公爵家の森の入り口でいたのだけれど、私達をシャーっと威嚇した。

私だけではなく、チルちゃん達も威嚇したのだ。チルちゃん達は素早く私の後ろに身を寄せた。

チルちゃん達は人には見えないし、動物達にも見えない存在だった。それなのに、この猫は威嚇した。

見ていると木の下に溜まった闇も威嚇している。

威嚇された闇は少し震え、少し猫から遠ざかった。


私はすぐさま調理場に駆け込んで「何か猫が食べそうなものを!」と料理長に要求したのだ。

料理長は「ご自分で食べるのではないのですか?お腹が空いたのなら正直に言ってください」と怪しみながらも、茹でてほぐした鶏肉をくれた。


私は森に駆け戻った。

そして用心深げに鶏肉を咥えた猫を観察したのだ。

足が大きい。

きっとこの猫はまだ大きくなる。きっと良い戦力になる。

私は頷き、猫に言った。


「あなた、いい体をしているわね。我が軍に入らない?」


更に鶏肉を見せると、猫は私について来た。

きっとこの猫は戦力になる。

塔に近づくほど闇は濃く、粘っこくなっていく。

チルちゃん軍はそんな闇にも勝つけれど、正直な所大変だったのだ。

私も魔力が限界だった。

でもこの猫は、魔力がいらない戦力なのだ。闇を消し去ることはできなくても、少し弱らせる事ができれば、私もチルちゃん軍も助かるのだ。


ローズは眉を顰めて猫を見た。

「飼う、という事は奥様の部屋に入れるという事ですか?」

「もちろんよ。一緒に寝るわ」

私たちは親睦を深めなくてはいけないのだ。

「・・・洗ってきます」

ローズは怖々と猫を抱えあげた。猫はお腹がいっぱいになっていたせいか、軽く威嚇はしたものの、大人しくローズの腕に収まった。

「すぐに誰か他の者を寄越します」

「あとは自分でやれるから大丈夫よ。猫には水もあげてちょうだい」

「猫・・・・。名前はまだ付けていないのですか?」


私は名前を付けるのが苦手だった。

チルちゃんはチルチル言ってたからチルちゃん。

チル友ちゃん達は、みんなチル友ちゃんと呼んでいる。

猫の名前ね。

うーん。


私は手元に目をやり、

「パイにするわ」とローズに言った。

ローズは私のお皿の上に乗っている、自分が大きく切り分けたパイをチラリと見て「承知しました。パイですね」と屋敷の方へ向かっていった。

「リボンでもつけてあげれば少しは可愛くなるかしら」と呟きながら。


そして私がローズの切り分けてくれたパイを頬張っていると、

「なんてことだ。牛のように良く食べるとは聞いていたが、本物の牛のような食欲じゃないか。なんとまあ意地汚い」

と、男達がやって来たのだ。

あれ?これ10話で終わるの無理っぽくない?

私は何を長々と書いてるんだろう。

短編を書きたかったのに。私は何故。

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