第26話 狩ればいいじゃない
「チルチルチルー!」
「では、エルサ様。またね。うふふ」
「チルチルー!」
髪に飾った大量の羽根を魅力的に揺らしながら去っていく流行の教師ジョルジュを、チルちゃん達は悲しみと共に盛大に見送っていた。
「チルチルー!」
もし、羽根を少なく飾る事が流行して、ジョルジュがちょっぴりしか頭に羽根を飾らなくなったら、チルちゃん達は号泣するかもしれない。
「チルチルチルー!」
でも、大丈夫よ、チルちゃん軍。
ジョルジュが飾っているのは羽根だけじゃないのだ。ひらひらレースの大袈裟な襟や、高価な布でたっぷりとった服のひだや、キラキラとした宝石や、ともかく過剰なアレやコレ。
羽根がなくても、チルちゃん達はジョルジュに夢中になるに違いない。
信用はしないだろうけれど。
などと、ジョルジュが帰ってから、どうでも良いことを長々と考えているのは、私が今、酷い目に遭っているからだ。
現実逃避をしているのだ。
現実から逃げたいのだ。
「奥様!両手を挙げてください!」
可愛い侍女のローズに厳しく言われ、大人しく両手を上げる私。
「こちらを向いてください!」
またローズに厳しく言われ、大人しくこちらを向く私。
これがずっと続いている。
ローズは、シモーヌを迎える準備に駆り出されていたのだけれど、ジョルジュが帰った途端に大勢の侍女達を引き連れて私の元へ戻ってきて、厳しい顔で言ったのだ。
「シモーヌ様が予定よりも早くいらっしゃいました」
ふんふん。シモーヌはまだ支度が終わっていない我がハスラー公爵家にやってきて、慌てる私達に嫌味を言うつもりなのかしら。
そして、混乱する私たちを、どうにかするつもりなのかしら。
「迎える準備が間に合わなかったのね?」
残念そうに尋ねたけれど、ローズはキッパリと言ったのだ。
「いいえ。私達は母の、侍女長クロディーヌの指揮のもと、既に迎える準備を終えております」
なるほど。我がハスラー公爵家の屋敷には、嵐のクロディーヌが侍女長として君臨しているのだ。
屋敷の使用人達を軍隊のように厳しい指揮下においているクロディーヌにかかれば、シモーヌの早い来訪など、取るに足らない事なのかもしれない。
「さすがクロディーヌね。頼りになるわ」
にっこりと微笑み、良かった良かったと思っていると、厳しい顔つきをしたローズが、私の間近に迫ってきた。
「準備を終えていないのは、奥様だけです。ドレスを着替えなくてはいけません。お化粧のお直しもいたしましょう。急ぎます。急ぎましょう。さあ、みんな、急ぐわよ!」
最後に呼びかけられた侍女達は、私を静かに取り囲み、素早く衣装部屋へと連れ去ったのだ。
シモーヌを迎えるドレスは、私が普段着ているような、気楽で緩いドレスではいけないらしい。
シモーヌを迎えるドレスは、着る者にコルセットで締め付けた造形美を要求するドレスらしい。
えー。どうして?ドレスのくせに要求してくるなんて生意気な!
でも、私はそんな疑問や苦情を持ってはいけないのだ。
だって、ローズが厳しい顔で私に迫り続けるのだ。
他の侍女達も、鼻の頭に玉のような汗を浮かべ頑張っているのだ。
みんな私の為にやってくれているのだ。
とても疑問や苦情を言えるような雰囲気じゃないのだ。
「奥様、後ろを向いてください。みんな、いくわよ。引っ張るのよ!さあ、頑張って!みんな、頑張って!」
キリキリと締められる私。
ああ、苦しい。辛い。逃げたい。でも逃げられない。
私を守ってくれるはずの護衛ロザリーは、扉の前で静かにこちらを見ているだけだった。
チルちゃん達なんか、私の正面に並んで座り、「チルチル」と何事か話し合いながら、もみくちゃにされる私の姿を見物している。ひどい。
誰も助けてはくれないのだ。
「頑張るわよ、みんな!そこを結んで。ええそうよ。緩めないで。きつく縛るのよ。みんな、頑張って!」
ローズの言う「みんな」の中に私は入ってはいない。
孤独と苦しさの中、私はいろいろ考えたのだ。
一番考えなくてはいけないのは、流行の教師でお友達ジョルジュが言っていた「生き残れ」という言葉の意味だ。
比喩的に言ったの?貴族社会で生き残れって事?シモーヌとの面会を上手くやれって事なの?
それとも、これから本当に命の危機があるけど生き残れって事?
うーん。
我がハスラー公爵家に、バルバトル公爵家から闇に塗れた手紙と共に流行の教師として送られてきたジョルジュ・モロー子爵。
あなたはどういう意味で、「生き残れ」なんて言ったのかしら?
「奥様、こちらにお座りください。みんな、次はお化粧直しよ。急ぐわよ!」
厳しい顔のローズの声に、私は大人しく鏡台の前の椅子に座り、また考える。
ジョルジュ自身の目的は、チャラチャラ生きる為に、お金をたっぷり儲ける事だ。
だって、自分でそう言ってたし。
ジョルジュは自分で流行りの店を持ち、たっぷり稼いでいるようなのに、更にもっと稼ぎたいのだ。
では、ジョルジュはお金を儲ける為に、ここで何をしようとしているのだろう。
ジョルジュがやりそうな事は、何かしら。
情報を集めて売ってる?誰かに依頼されて偽情報を流してる?
うーん。
我が友ジョルジュは、きっと、どっちもやっているわね。
ジョルジュは、シモーヌが信頼できる良い人だと、私に信じ込ませるようとしていた。
私が信じるかどうかは別として。
誰からの依頼で、そんな偽情報を流しているのかしら。
やはりバルバトル公爵家なの?
「奥様、髪はもう少しキツく結い上げましょう。ええ。大人っぽくなりますから。お化粧も直します。目を閉じてくださいませ。さあ、みんな、急いで。でも丁寧に。頑張りましょう!」
ローズの言葉に私は目を閉じる。
髪が引っ張り上げられ痛い。辛い。
顔が何かでパタパタされている。くすぐったい。
ああ、痛くて、くすぐったくて、ゆっくり考える事も出来ない。
でも生き残る為に考えなくては。
ええと、それで、ジョルジュの「生き残れ」がどういう意味なんだっけ?
それで、ええと。
「奥様、マッサージも少しいたしましょう」
マッサージが得意な侍女ニコルの声がして、私の腕を、むっちりとした手が掴んだ。そしてゴリゴリと揉みほぐされる。
痛い。でも気持ちいい。
むっちりとしたニコルの手の平が、私の肩をむっちり揉みほぐす。
今朝は激しいダンスの授業も受けたので、疲れているのだ。
何かに吸い込まれるように、眠りへと誘われていく。
薄れゆく意識の中、投げやりに考えた。
この後、シモーヌに会うけれど、生き残れれば、もう、それでいいかな。
結局のところ、シモーヌもバルバトル公爵家の人たちも、等しく私の獲物なのだ。
それなら、相手の目的が何であれ、私は擬態をしてでも生き残り、求婚の言葉を狩れば、もう、それでいいかな。
狩ればいいじゃない。
それでいい。
よし。寝よう。
潔く思考を止め、うっとりと眠りにつく瞬間、ローズが言った。
「奥様、終わりました。目を開けてください。ああ、なんて美しいのかしら。みんな頑張ったわね!」
ローズの言葉じゃなければ、そのまま眠ってしまったと思う。
でも既に身についていた、ローズに逆らってはいけないという習性が、私の目を開けたのだ。
目の前には、明るく輝く茶色の瞳をした、可愛い笑顔があった。
「さあ、ご覧ください」
喜びに溢れたローズが身を引き、ローズの後ろにあった鏡台の鏡が見えた。
「え?すごく綺麗・・・・!」
自分でも驚いた。
すごく綺麗な女の人がいる。え?これ私?
化粧のせいか、いつもよりも勝気で大人びた美女になってる。
立ち上がって全身を見ると、淡い紫色をした、すっきりとした形のドレスを着た私には、うっとりするような美があった。
すごい。
ジョルジュが「信じられるのは重量だけだ」と言っていたのも理解できる。化粧と締め上げとドレスで、こんなにも女性の見た目は変わるのだ。
頬を染めたチルちゃん達が駆け寄ってきて、「チルチルチル!」と叫んでいる。
多分、褒め称えてくれているのだと思う。
指先の玉ちゃんもピカピカと光っていた。
「奥様。完璧ですわ」「素晴らしいですわ」「なんて美しい!」
涙ぐんだ侍女達も、次々に褒めてくれた。
「ありがとう。みんなのおかげよ」
私は感謝をし、決意をしたのだ。
先程までは、シモーヌを狩ればいいかな、なんて安易に考えていたけれど、私はもっと深く勝利を目指すべきなのだ。こんなに頑張ってくれたみんなの為に。
ハスラー公爵家の完全勝利を目指すべきなのだ。完全勝利がどう言ったものになるのかは分からないけれど。ともかく私は勝つべきなのだ。
「では、奥様。シモーヌ様の元へ参りましょう」
少し得意げな顔で私を見つめるローズに導かれ、私は決意を胸に、シモーヌの元へと向かったのだ。
⭐︎
そして旦那様であるアレクシスの伯母、シモーヌ・アールストーム侯爵夫人と対面した。
「初めまして。エルサ様。お会い出来て嬉しい・・・え!?エルサ様?ど、どうなさったの?エルサ様!エルサ様!」
対面した途端、私は泣き崩れたのだ。




