第24話 強者のやり方
マナーの教師は、瞬きの少ない目で、咎めるように私を見つめた。
「真剣に考えてみてください」
「真剣に考えてみましたわ」
「・・・では、具体的に考えてみてください。ここは王宮。奥様は一人きり。私は奥様に好意を持っていない厄介な貴族です。さあ、奥様は私に対して、どう振る舞いますか?」
ふむふむ。
「私は、好意を持たれればいいのですね?まずは先生に教えていただいたマナー通りの挨拶をして、それからお話をするかしら」
「簡単におっしゃいますね。どう話を始めるのですか?私はあなたの事が嫌いで、あなたに恥をかかせようと待ち構えているのですよ」
マナーの教師は今まで見せたことのない、冷たい視線を私に向けた。
なるほど、と私もマナー教師を改めて見つめたのだ。
そして言った。
「あなたの愛する方は、綺麗な灰色の瞳をしているのですね」
マナー教師はぽかんと口を開け、続けて激しい瞬きを始めた。
「な、何を突然!」
恋バナの気配を嗅ぎつけたチルちゃん軍が、部屋のあちこちから慌ててこちらに走ってくる。
指先の玉ちゃんも、チカチカと瞬き始める。
私はテーブルによじ登るチルちゃん達をチラリと見た後、マナー教師に言ったのだ。
「ご主人は北方騎士団の騎士団長をされていると聞きました。雪に覆われ魔物が多い過酷な北の地を守る北方騎士団の紋章は、鮮やかな新緑色で、式典に出席する時には同じ新緑色のスカーフをつけると聞いています。先生の髪を飾った今日の羽根は、北方騎士団の緑色なのでしょ?とても大切そうに着けていらっしゃる。先生はご主人の事を大切に思っていらっしゃる。それならば、いつも着ているドレスの色も、ご主人の色かもしれないと思ったのです」
私のマナー教師であり、北方騎士団の騎士団長を二十年も勤めているハディ伯爵の妻でもあるマーガレット・ハディは、口元を手で覆い、ほうっと息をついた。
「・・・調べたのですね」
「あらかじめ相手の情報を集めて、失礼のないよう振る舞う事の大切さを教えてくださったのは先生ではありませんか。それもマナーの内なのでしょう?」
それに私は元々情報を集めるのが得意なのだ。他の貴族達の情報も、少しづつ集めている。
「でも、ハディ伯爵の瞳の色までは知らなかったのですよ。そこは、私の勘です」
「・・・占い師のような事をするのですね」
「よく言われます。でも、どうですか?私は先生に好意を持ってもらえましたか?」
「好意ではなく、呆れましたわ。でも、そうですね。一瞬で奥様に心をつかまれた気がします。これは好意なのかしら」
マーガレット先生は、灰色のドレスに包まれた胸元を手で押さえて、薄っすらとした微笑みを浮かべると、目を閉じた。
「では、マーガレット先生の求婚の言葉を教えてください」
すかさず私は言ったのだ。
今なら聞けそうな気がする。ずっと先生の求婚の言葉を聞く機会を狙っていたのだ。
この好機を逃す気はない!
テーブルの上にずらりと並び、マーガレット先生を見つめていたチルちゃん達が一斉に私の方を振り返り、ほんのり赤く染まった頬をして「チルチル」と頷いてくれた。
指先の玉ちゃんも、よく言った!というように、激しく瞬いている。
みんなの代表である私も、期待に輝いた目をマーガレット先生に向けたのだ。
呆れたように目を開けたマーガレット先生は、煌めく瞳の私を見ると、「ほっほっほ」とマナー教師らしい上品な笑い声をあげた。
そして教えてくれたのだ!
「あの人が私に言ってくれたのは『君を側で守る事は出来ないが、君が生きるこの国ごと必ず守ってみせる』ですわ。」
おおー!
なんて騎士団長っぽい求婚の言葉!
チルちゃん達も「チルチルチル!」と嬉しそうに、お互いの肩をぶつけ合った。
指先の玉ちゃんも、しきりに瞬いている。
「父の知り合いに紹介された次の日に、もう求婚されたのです。私の何が気に入ったのかは知りませんが、数日後には北の砦に戻らなくてはいけないから、今しかないと求婚したそうです。王都にある公園でした。結婚しても北の砦と王都にそれぞれ住む事になるから、私に求婚を断られるかもしれないと、不安そうな目をしていました。その灰色の目が、とても澄んでいて、綺麗だったのです。王都でいる他の貴族達とは違うと思いました。この灰色の目がまた見たいと思ったのです。それで承諾しました」
「チルチルチル!」とチルちゃん達がうるさいけれど、すごくいい話だと思った。
「素敵だわ」と私も頬を染めて言ったのだ。
「ほほほ。結婚してからも、あの人は北の砦から時々しか帰ってきてくれませんでした。それでも、私たちは子供を三人作ったのですよ。三人ともあの人と同じ灰色の目をしています。三人とも騎士になりました」
誇らしげに言った後、これまでで一番くつろいだ顔をして、
「何故、こんな事まで話してしまったのか分かりませんわ。不思議ですわ。これがあなたのやり方なんですね」と私に言った。
やり方、と言われれば何か悪事でもやっているみたいだ。
でも、「そうですね。これが私のやり方と言われれば、やり方なのかもしれません。正直なところ、私は相手が私に好意を持っていても持っていなくても、どちらでもいいのです。そんな事よりも、その人の真ん中に触れたい。真ん中にある事を聞きたい。相手の話を聞きたいのです」
そして最終的には求婚の言葉を聞きたい。集めたい。趣味だから。恋バナも好き。
指先の玉ちゃんも、同意するように瞬いている。
「・・・そう、ですか」
マーガレット先生はそう言うと、しばらく考え込み、
「私の三番目の息子の話をさせてください」と急に言い出した。
「もちろん、聞かせていただくわ」と私は答えたのだ。
「私の三人の息子達は皆、父親に似て体が大きいのですが、三番目の息子は特別に大きな子でした。そして特別強い子でした。剣を教わればすぐ達人と呼ばれるようになり、弓などは教わらずとも誰よりも上手くなりました。戦えば、八歳で兄たちを負かし、十歳で騎士団長である父親も負かし、十二歳の時には父親に連れて行かれた魔物狩りで、素手で魔物を殴り倒したそうです」
「すごいですね!」
テーブルの上に並ぶチルちゃん達も、思わず身を乗り出して話に聞き入っている。
「はい。しかし、戦いにおいてはそれで良いのでしょうが、人との交わりにおいては、まるでダメな子でした。何故、美しく振る舞わなくてはいけないのか。何故、相手を不快にさせてはいけないのか。マナーを教えても、まるで意味が分からないらしく、少しも身につかないのです。真似事のような事なら出来るのですよ。しかし、全てが上滑りになるのです」
あれ?何か私も言われたような言葉が出てきたわ。
上滑り。それは先ほど、私がマーガレット先生に言われた言葉だ。
「上滑りですか」
「ええ。上滑りです。そのせいか、三番目の息子は、何処にいても異質に見え、浮いて見えるのです」
なんてこと。上滑りって、そういう事なの?私も浮いて見えるの?
マーガレット先生は、悲劇的な顔をして話を続けた。
「何故、あの子がそうなるのか、散々考えました。結局、あの子が強者だからではないかと思ったのです」
「強者、ですか」
「ええ。強者だから、私のような弱い者が身を守る為に必死に編み出し身につけたマナーのような技術など、理解出来ないのではないかと思ったのです」
ほー。
「興味深い考え方ですわね」
「ですから、私は、三番目の息子に対して、他の生徒達に教えるようなマナーの教え方をするのを諦めたのです。強者には、強者としての理解の仕方があるのだと思ったのです。そこであの子には『擬態』をしなさいと言いました」
「擬態、と言いますと?」
あまり聞いた事のない言葉だった。
「魔物などに使う言葉です。弱い魔物が、毛皮や動きなどを強い魔物に似せて難を逃れようとする事も擬態と言いますが、強い魔物が獲物を油断させる為に弱い魔物の真似をする事も擬態と言うのです」
魔物用語!
人生で初めて触れる分野だ。
「強者であるあの子が、面倒に巻き込まれない為に、弱者である普通の貴族のように振る舞うのです。それはもう擬態です。無茶な理屈かもしれませんが、あの子にはこの理屈が一番納得できたようでした。それ以来、上滑りさも無くなっていき、マナーも身についていったのです。もちろん、完璧ではありませんが」
なるほどねー。
理解できる理屈で納得できたので、マナーも身についたのかもしれない。
擬態だから、身についたと言うよりは、騙し通せていると言った方が正しいのかもしれないけれど。
マーガレット先生の三番目の息子さんにとって、礼儀正しくする相手は、全て弱者で獲物なのだ。
ふんふんと思っていると、マーガレット先生が「奥様の事でもあるのですよ」と言い出した。
「え?どういう意味ですか?」
「奥様も、強者だと言っているのです」
「私はとても弱いですよ」
「もちろん、戦いにおいては弱いでしょう。しかし、あなたの何事にも怯まない考え方や生き方は強者のそれです」
え?そうかしら?
「それに聞きましたよ。エルビスに」
エルビスに聞いた!?何か嫌な予感がするわ。
「死霊に対して言ったのでしょう」
・・・・・・・やっぱりそれ?異世界の私だ!!
こんな所まで、異世界の私が進出している!
だんだん増えていく、あのカッコいいお言葉集だ!
なんだったっけ?えーと。確か・・・
『やれるものならやってみろ!』『今日がおまえの最後だ!』『おまえのツラ、マジ笑える』『弔いの鐘の音が聞こえるだろう。おまえの為の鐘の音だ』『おまえ達の時代は終わったのだ。・・・滅びろ』
一度は言ってみたい憧れの言葉だけれど。
私の憧れの人、異世界の私の言葉だけれど。
「自覚なさいませ。あなたは強者です」
えー。そうかなー。私、強者かな?憧れの人、異世界の私は強者だけれど、私は強者かなあ。うーん。うーん。うーん。
「さあ、強者として、目の前にいる貴族を獲物と考え、擬態してみてください」
えー。私、強者じゃない気がするし、獲物って、そんな、私、魔物でもないし、先生の息子さんでもないし。うーん。
「では、獲物である貴族達から、あなたが得たいものはありますか?私の三番目の息子は、貴族達に煩わされない自由が欲しいと言っておりました。そして擬態をして、それを手に入れました。奥様は、何を得たいですか?」
獲物って言われても、貴族達から得たいもの?あるかなー、そんなもの、うーん。うーん。うーん。・・・・あ。
「あるわ!」
私はハッとしてマーガレット先生を見た。
「求婚の言葉を集めたいわ」
「求婚の言葉、ですか?」
マーガレット先生は首を傾げたけれど、何かが私の中に、ストンと収まった気がしたのだ。
なるほど。舞踏会で会う貴族達は、私が求婚の言葉を集める為の獲物だ!獲物を狩るために擬態をする。なるほど。なるほど!
「マーガレット先生!私、分かりました!理解しましたわ!ありがとうございます先生!私、擬態します。そして狩ります!狩り尽くします!」
立ち上がり宣言する私を、マーガレット先生は困惑した顔で見つめていた。
次こそはシモーヌ様を登場させるから。




