第21話 ついついウキウキ
「次はこの人について教えてちょうだい。以前ここで働いていた人なのでしょ?名前はなんというの?」
私はテーブルに置かれた三枚の中から、右端に置かれた一枚を取り上げた。
貴族が使うにしては質が悪く、平民が使うにしては上質な便箋だった。
書かれていた文字の筆圧は弱く、神経質なまでに整っていた。
『今は執事見習いをしている』『ハスラー公爵家でまた働きたい』といった内容が、華美な文体で長々と書いてあった。
ふんふん。
イブという名前なら、この人は女の人ね。
きっと、神経質で、見栄っ張りで、ねちっこい性格に違いないわ。
以前、公爵家で働いていたと言うけれど、使用人達に嫌われていたかもしれないわね。
ふんふんと便箋を眺めながら、未知の人物の暗い過去を想像していると、カトリーヌが懐かしげに顔を綻ばせて言ったのだ。
「その手紙を書いた人物の名前はイブです。可愛らしい男の子でした。六歳からこちらで住み込みで働いておりました。おおらかによく笑う子で、屋敷の者たち皆で可愛がっておりました」
え?そうなの?
私の推理、全然違ってた?
でも、イブで男の子で六歳って?
もちろん私は聞いてみた。
「イブって、女の子みたいな名前だけれど、男の子なの?それにここでいた時は、まだ六歳の子供だったの?公爵家ではそんなに小さな子供を雇うの?」
素朴な疑問を並べていくと、ごくごく普通のおばあちゃんが孫の手紙を見ている時のような顔をして便箋を眺めていたカトリーヌが、我に返った顔をして私を見た。
そして軽く咳払いをした後、カトリーヌは仕事人間の顔に戻って言ったのだ。
「申し訳ございません。説明不足でございました。
イブは男です。
ここにいたのは六歳から八歳までの間ですが、今はもう子供ではありません。
二十年経ちましたから、歳は二十八になっているはずです。
イブは六歳の時に流行病で親を亡くし、唯一の親戚だった女性に引き取られました。
その女性が、この屋敷に古くから住み込みで働いていた、アンという名の侍女だったのです。
アンは真面目で穏やかな性格をしており、公爵夫人のお気に入りでしたから、この屋敷に引き取ることも許されたのです。
イブは屋敷に来たばかりの頃は、痩せて顔色も悪く、少しも笑わない子でした。
公爵夫人のご指示もあり、屋敷中で可愛がりましたところ、ふっくらとした頬になり、良く笑う可愛らしい男の子になっていきました。
頭の良い子でしたから、自分が置かれている立場が分かっていたのでしょう。自分から屋敷で手伝いがしたいと言い出しました。
アレクシス坊っちゃまとも良く遊んでおりましたよ。
イブの方が二つ上で、本当に仲が宜しくて・・・
イブはあのまま一生、アレクシス坊っちゃまにお仕えするのだろうと、皆、思っておりました。
でも、アレクシス坊っちゃまが呪われてしまいました。
・・・イブは、呪いに弱かったのです。
坊っちゃまの住む塔に近い、この屋敷で暮らすだけで、イブは段々と衰弱していき、立つことも出来なくなりました。
それでアンがイブを連れて屋敷を出る事にしたのです。
その後、元気になり、他家で働いているとは聞いておりましたが、またここへ戻って来たいと言ってくれるだなんて」
そう言って目を伏せたカトリーヌの口元は、微かに微笑んでいた。
ふんふん。なるほど。いい話ね。
いい話ではあるけれど、八歳だったそのイブは、二十八歳になり、闇をたっぷり付けた手紙を送りつけてきた。
おまけに文体はねちっこい。
この話は、いい話で終わるのかしら?
私の指先で大人しくしていた玉ちゃんも、警戒を促すように光ったのだ。
大丈夫よ、玉ちゃん。
ちゃんと追及するから、私に任せておいでちょうだい。
「イブは他家で執事見習いをしていたというけれど、どこの家で勤めていたの?」
尋ねると、カトリーヌの目が揺れたのだ。
「それは・・・バルバトル公爵家です」
あら!うふふ。
ここでもまたバルバトル公爵家が!
「なるほどね。ジョルジュ・モロー子爵を私の教師に推薦したバルバトル公爵家で、イブは執事見習いをしていたのね」
あの推薦状にも、闇がたっぷりついていたわね。
私が、うふふ、と笑うと、玉ちゃんも、チカチカと瞬いた。
「は、はい、奥様。しかし、バルバトル公爵家は王家の信頼も厚く、貴族達からの信頼も!」とカトリーヌは言うけれど、それなら、どうして少し苦しい顔をしているのかしら。
カトリーヌだって、何かがおかしいと感じているはずなのだ。
私は最後に残った三枚目の手紙を手に取った。
「この手紙は、誰からだったかしら」
「そ、それはシモーヌ様です。シモーヌ様はアレクシス様の」
「伯母様なのでしょう?知っているわ」
私は素早くカトリーヌの言葉を遮った。
「それで、この方とバルバトル公爵家はどういう関係なのかしら?」
尋ねると、カトリーヌの肩がびくりと上がった。
きっと関係があるはずなのだ。
三枚とも、同じ闇に塗れていたのだから。
玉ちゃんだってピカピカと光っている。
「関係は・・・シモーヌ様が嫁がれたアールストーム侯爵家は、事業に失敗され、バルバトル公爵家に多額の借金をしているという噂があります」
カトリーヌの声は小さかった。
私は、うふふ、と微笑んだのだ。
「ねえ、カトリーヌ。バルバトル公爵家は、流行教師のジョルジュ、執事見習いのイブ、お伯母様のシモーヌ、この三人をハスラー公爵家に送りつけているのね。でも、何の為に?この三人に何をさせるつもりなのかしら。ハスラー公爵家を潰すつもり?」
こういった荒れた状況になってくると、ついついウキウキしてしまう私は、目を輝かせてカトリーヌに聞いたのだ。
カトリーヌは「いいえ!」と悲鳴のような声を上げた。
「いいえ、奥様!ハスラー公爵家を潰そうなどと、バルバトル公爵家にそこまでの悪意はないはずです。
アレクシス様が呪われている間、バルバトル公爵家は、王国の安定を図る為、むしろハスラー公爵家を補佐する動きまで見せておりました。
おそらく、今回、我がハスラー公爵家に人を送り込んできたのも、王国の安定の為に様子を探ると言った理由だと思われます。
もちろん、私も他家の息がかかった者たちを屋敷に入れるのは本意ではありませんが、今現在この屋敷には人が足りないのです。
その上、今いる私たちも、全てにおいて、経験が不足しております。
思うところはあっても、必要な者であれば、警戒しながらも受け入れていくべきです。
ご理解くださいますね、奥様」
カトリーヌは、これで話を終わらせるつもりのようだけど、私は終わらせるつもりはないのだ。
玉ちゃんだってピカピカしている。
「でも、カトリーヌ。あなたはあの三枚の手紙に不安を感じたのでしょう?」
「それは、多少は不安はありましたが」
「ねえ、それは押さえられないような不安だったのでしょう?理由がよくわからない、でも、じっとしていられないような不安だったのでしょう?」
「それは!」と言った後、カトリーヌは苦しげに黙り込んでしまった。
きっと図星だったのだ。
闇があるのに、何もなかったような顔をして受け入れるなんて無理なのだ。
人はそんな風には出来ていない。
闇とは消していかなくてはいけないものなのだ。
もちろん、普通の人に闇を消すことなんて出来ない。
「でも、大丈夫よ、カトリーヌ。あなたはとても運がいいわ。だって、ここには私がいるもの」
私は力強く頷いた。
「・・・何を仰っているのですか。奥様」
カトリーヌは胡散臭いものを見る目で私を見ているけれど、本当に運が良かったのだ。
だって、私がここにいると言うことは、闇を消し去る最強のチルちゃん軍も、ここにいるという事なのだ。
などと考えていると、勝手に私の心が読めるらしい、指先の玉ちゃんが、また激しく瞬いた。
あ、もちろん、最強の玉ちゃんもいるわよ。
忘れてないわよ。
本当よ。ホント。
窓辺でお昼寝をしていたチルちゃん軍も、いつの間にか立ち上がってこちらを見ていた。
我が軍は、やる気にあふれているのだ。
「良かったわね、カトリーヌ。安心してちょうだい」
「だから何を仰っているのですか、奥様」
「これからの事を言っているのよ」
これから、この三枚の手紙の三人は、たっぷりとした闇を連れてやってくる。
この三人の後ろにいるバルバトル公爵家にも、たっぷりとした闇があるに違いない。
せっかく呪いの消えたハスラー公爵家に、また闇が押し寄せてくるのだ。
「でも恐れることはないわ。覚えておいて。ここには私がいる。そして、私はあなたの味方なのよ」
私が味方ということは、我が栄光のチルちゃん軍も、見習い隊員の玉ちゃんも味方だという事だ!
チルチルチル!と歓声があがり、ピカピカとした光が瞬いた。
「だから何を仰っているのですか!」と叫ぶカトリーヌを囲んで、我々は大いに盛り上がったのだ。




