第16話 暇なのは誰だ?
「カトリーヌ。どうしてこの部屋を使っているの?狭いし、窓もないわ」
「この部屋を見て、お分かりになりませんか?調べものをするならば、この部屋は最適です。歴代の執事たちの覚え書きも置いてございます。この部屋で全て足りるのです」
「外部からも、この部屋へ持ち込んだ物があるのでしょう?」
「・・・何か、お疑いなのですか?新しく雇う物達の推薦状や、他家にいる知り合いからの手紙などしかございません。何もやましい物はございません!」
カトリーヌは身に纏う闇が消えても、変わらず雷のカトリーヌだった。
元々、短気なのだろうと思う。
でも、やましい物はございません、ねえ。
机を見れば、チルちゃん達が机に上がり、闇を刺してくれているおかげで、少しだけ闇が減っていた。
積み上げられた紙の束が、少し白く見えていた。
その中に、気になる物があるのだ。
「この机の上に置いてあるのは?」
「ですから、推薦状や手紙です!」
「見てもいいかしら?」
「・・・」
一瞬、カトリーヌの勢いが止まった気がした。
目を向けると、大きく息を吸ったカトリーヌが馬鹿丁寧に話し出した。
「そのようなものをご覧になりたいのであれば、どうぞ、奥様のお気が済むまで、ご自由にご覧になってくださいませ。しかし、貴族からの手紙もありますが、読み方が分かりますか?貴族独特の言い回しなどもありますが、奥様に書かれている意味が理解出来るか、どうか」
ふんふん。なるほど。抵抗している。
やはり見られたくないものが、ここにあるのね。
「見させてもらうわ。カトリーヌ。あなたはこの椅子に座ってちょうだい」
「奥様を立たせて、私が座るなど、そのような事」
これを三度繰り返すと、やっと不満げに座った。
机に向かうカトリーヌは、膝の上に固く握った手を置き、怒りの籠った目で私を見上げてきた。
「座りましたが、なんでございましょう」
「教えてもらいたい事があるのよ。これと、これと、これについてよ」
机の上の紙の束から、三つ抜き出し、カトリーヌの前に並べてみせた。
ふと、思い付いてやっただけなのだ。
しかし、並べられた紙を見たカトリーヌが、悲鳴のような声をあげながら、椅子から転げ落ちていった!
「だ、大丈夫!?」
こんな反応は予想してなかった。
まさか、雷のカトリーヌが椅子から転げ落ちるほど驚くなんて!
駆け寄ると、カトリーヌは床の上から唖然とした目で私を見つめていた。
「・・・どう、して?」
どうしてって何?
正直なところ、私は何も分からないのだ。
積み上げられた紙の中から、元の紙が見えないくらい闇が絡まった紙を選んで抜き出し、並べただけなのだ。
「・・・何を、知っているの?」
何をって、何も知らないのだ。
選び出した紙に何が書かれているのか、まだ読んでないし、読めないのだ。
紙の表面に闇がびっしり絡まってるから、読もうとしても全然読めない!
でも、カトリーヌが驚いている今、核心を突いた事を言えば、きっとカトリーヌから情報が引き出せる。
ええと。
その為には、まず、あの紙に書かれている文字を読まなければ。
その前に、まず、紙を覆う闇をどうにかしなくては。
その為には、ええと、ええと、ええと!
まず何をすればいいんだっけ!?
でもカトリーヌを床に転がしてはおけないから、まず、椅子に座らせてあげなくちゃ!
焦りながらも、私は信頼出来る奥様の顔をして、
「大丈夫?カトリーヌ。起き上がれるかしら?」と、カトリーヌに手を差しのべた。
「お、奥様」
急に弱々しい老人めいた声を出し始めたカトリーヌに手を貸し、椅子へ戻す。
「どこか痛いところはない?」
「は、はい。大丈夫でございます」
よし。今のうちに!
テーブルの上に置かれた、闇に覆われた紙を手に持った私は、何気ない風を装い、辺りを見回したのだ。
チルちゃん達ー!
誰かー!
手が空いてる人ー!
力を貸して!この紙に絡まってる闇を先に消して!
でも、皆、目の前の闇を消すのに忙しそうだ。
誰も、こちらを見てくれない。
「奥様?」
カトリーヌに戸惑いの言葉をかけられたけど、何も返せない。
この紙に書かれた内容が分からなすぎて、ハッタリも言えないのだ。
ええと、どうしようかな。
ええと、ええと!
玉ちゃんも心配になったのか、ピカピカと激しく光りはじめた。
その時。
暇な光の戦士を探し求める私の目に、一人の光の戦士の姿が入ってきた。
チルちゃん軍の弓矢部隊員だ。
弓を引き、机の上の闇を狙っていた。
けれど、それをやっている場所が、雷のカトリーヌの膝の上なのだ!
それ、座ってる?
場所的にちょうど良かったから、またがってるだけ?
信頼した人の膝にしか座らない光の戦士の、信頼判定はどっちなの?
信頼してるの?してないの?
カトリーヌが信頼できる人なら、これからの戦法だって変わってくるのだ。
さあ、どっち?どっちなの?
「奥様?」
カトリーヌの膝の上を凝視する私に、また戸惑いの声がかけられる。
でも、今、忙しいのだ。黙っていて欲しい。
さあ、どっちなの!?光の戦士よ!
カトリーヌの膝の上の光の戦士は、私の視線に気付き、不思議そうに見上げてきた。
むっちりした顔を軽く傾げ、大きな目を何度か瞬かせた後、はっ!と気付いたように目を見開いた。
そして、分かったというように、何度か頷いてみせ、嬉しそうにカトリーヌのお腹にもたれ掛かり、満面の笑みを浮かべたのだ。
「チルチルチル!」
判定出たのね!?
それ、完全に座ってるわよね。
座ってるでいいのよね。
それなら、カトリーヌは信頼出来る人だ!
「カトリーヌ!」
喜びいっぱいで名前を呼んだ瞬間、眩しい光が私の目を刺してきた。
今度は、何!?
なんとか、うっすらと目を開け、光の方を確認すると、闇に塗れた数枚の紙を持つ私の指先が、強く、激しく輝いていた。
もちろん、私の指が光るわけがない。
光っているのは、私の指先に勝手に住み着いた玉ちゃんだ!
急激に体中の魔力が、玉ちゃんに吸い上げられてていくのを感じる。
途端に、グーグーと激しくお腹が鳴る!
ちょっと!
玉ちゃん!
急に何をやってるの?
どうして、そんなに光ってるの?
あ!
もしかして、私が助けを求めたから?
チルちゃん軍が、みんな忙しそうだから?
一番暇な玉ちゃんが頑張ろうとしてる?
すごくやる気を出しちゃった?
光の戦士になる気なの?
玉ちゃんの輝きが増す。
魔力がもっと吸い上げられる!
思わず目を閉じ、光から顔を背け、玉ちゃんがいない方の手で目を覆う。
「どうされたのですか、奥様?」
動揺したカトリーヌの声が聞こえる。
カトリーヌには、この光が見えてないのだ。
何か答えようとしたけれど、空腹感に崩れ落ちそうになる。
必死で机に手を付き、体を支えた。
カトリーヌが、ガタガタと椅子から立ち上がり、私の肩に手をかけた。
「大丈夫ですか?奥様!?」
「だい、じょうぶ、よ・・・」
ゆっくりと目を開くと、あの眩しい光はきえていた。
自分の体を支える為に、強く机に押し付けられた自分の手が見えた。
その指先で、玉ちゃんが申し訳なさそうに、弱くチカチカと光っていた。
玉ちゃん・・・・。
辺りはすっかり変わっていた。
玉ちゃん付きの手で、しっかりと握りしめた、あの闇に包まれていた数枚の紙からは、闇が綺麗に消えていた。
机の上にあった闇も綺麗に消えていた。
それどころか、部屋中の闇が消えていた。
天井の汚れまで綺麗になっていた。
心配そうに私を見つめるカトリーヌの目の下のクマまで消え、頬が薔薇色になっていた。
チルちゃん達も、いつもの倍は可愛く見えた。
玉ちゃん、凄かったのね。
闇も消してくれたし、ありがとう。
でも、やり過ぎじゃないかしら。
私、もう魔力がほとんど残ってないわ。
おやつも何も持ってないのに。
どうしよう。
部屋中に、私のお腹が激しくグーグーと鳴り続ける音が響き渡っていた。
玉ちゃんはまた、申し訳なそうにチカチカと光ったのだ。




