第15話 対カトリーヌ戦
雷のカトリーヌは、孫のローズに良く似ていた。
ローズに歳を取らせ、薔薇色の部分を燻ませ、目の下にクマを入れれば、カトリーヌが出来上がる気がした。
数日前のカトリーヌは、呪いの消えた旦那様に会えた喜びで輝いていたのに、今日はその輝きも消えていた。
顔色は確実に悪くなっていた。
そしてかなり不機嫌だった。
カトリーヌはつんと顎を上げ、見下すように私を見つめた。
「奥様。用がある場合は、ローズにでも申しつけてくだされば、私どもの方から伺います。奥様は、使用人の場所などに気軽に来てはなりません。そう言った事を、これまで学んでこなかったのですか?」
ふんふん。
「あなたの執務室を見たかったのよ。だからここに来たの。それに、あなた達が面会を希望してるとローズに聞いたの。私は話を聞きに来たのよ」
私はにこやかに答えたのだが、カトリーヌは苛立たしげに言ったのだ。
「ですから!それは私どもが奥様の部屋に出向きお伝えする事でございます。奥様の方から使用人の部屋に来てはいけません。奥様はもう公爵家の人間なのです。御自覚ください。まったく。ご実家ではどのような教育を受けられていたのやら」
カトリーヌは顔を歪ませた。
私はそんなカトリーヌを隅々まで眺めたのだ。
ほーほー。
そして微笑んだ。
「分かったわ。カトリーヌ」
「では。お部屋にお戻りください」
カトリーヌは嫌味なほど大仰な仕草で、私の後ろに続いている廊下の奥を、差し示した。
だから、私はまた微笑んで言ったのだ。
「違うわ。あなたの言い分が分かったと言ったのよ。話はあなたの執務室で聞くわ。入れてちょうだい」
そこのところは決定なのだ。
もちろん、ものすごく睨まれた。
雷がちらちらと、カトリーヌの後ろで見え隠れしている気がした。
ふんふん。
怒りたければ、怒ってくれて構わない。
怒りも雷も、それほど問題じゃない。
問題なのは闇なのだ。
今日のカトリーヌは、ねっとりとした闇を纏っていた。
カトリーヌが出てきた執務室からも、闇が零れ落ちている。
すでに戦いは始まっているのだ。
私の後ろから光の矢がカトリーヌに向かって飛んでいく。
ムチムチとした後ろ姿のチルちゃんも、槍を構え、私の前を進んでいる。
チル友ちゃん達も武器を出し進んでいる。
頑張れチルちゃん軍。
でも、うーん。どういう事だろう。
この屋敷の闇は、我が栄光のチルちゃん軍が、丹念に消して回っていたはずなのだ。
カトリーヌが出てきた部屋の闇も、それはそれは綺麗に消してあった。
するとこの闇は、カトリーヌが公爵家に来た後に、新しく現れた闇、という事になる。
でも、数日前のカトリーヌに闇はなかった。だから、この闇はカトリーヌが連れてきた闇じゃない。
じゃあ、この闇は、どこから来たの?
ねえねえ、君たちは、どこ出身?
「これだから、お育ちの悪い娘など、公爵家に入れるべきではなかったのです」
カトリーヌが絶え間なく何か言っているけれど、私が欲しい言葉は、闇の出身地についての答えなのだ。
それに、この闇は、昨日ジョルジュが付けてきた闇とも似ている気がする。
すると出所は同じだろうか。
うーん。分からない。
ねえねえ、君たちは、どこ出身の闇なのよ?
我が栄光のチルちゃん軍は、この闇も、手際良く消していた。
可愛らしくてカッコいい。
「何度言わせれば分かるのですか。いつまでここでいるのです?お部屋にお帰りになってください!」
カトリーヌは激昂しているけど、大丈夫よ、カトリーヌ。
安心して我がチルちゃん軍に任せてほしい。
私は朝食もまだ食べていないし、おやつも持っていないけれど、この程度の闇なら、手持ちの魔力で、チルちゃん軍がなんとかしてくれる。
だから、私はカトリーヌに向かって力強く頷き言ったのだ。
「それじゃあ、カトリーヌの執務室に入りましょうか!」
「・・・・はあ!?何を!?私の言った事が聞こえてないのですか!?」とか言われたけど、大丈夫。
「任せてちょうだい」
私は信頼を獲得する為の自信たっぷりの微笑みを浮かべながら、執務室の扉に手をかけたのだ。
「おやめください!」
でも、開けた。
「奥様!」
カトリーヌが駆け寄る頃には、私はもう執務室の中に入っていた。
でも・・・・うーむ。
開いた扉の中にある部屋は、部屋というより物置だった。
窓もなく、漆喰が雑に塗られた四方の壁には、粗末な棚が取り付けられており、そこには羊皮紙の束や、簡素な装丁の本、紐で括られた紙の束などが詰めこまれていた。
魔道具のランプが、天井から一つ、もの寂しげにぶら下がっていた。
部屋の隅には、小さな机と椅子があった。
おそらくカトリーヌが使っているのだろう。
その机の周りは、恐ろしく散らかっていた。
机の上や、机の周りの床の上に、紙の束が高く乱雑に積まれていた。
他人にも自分にも厳しそうなカトリーヌらしからぬ散らかりようだった。
そして、机の周りには、あのねちっこい闇がたっぷりとあったのだ。
ここに闇の元となる何かがあるのだろうか。
振り返り、カトリーヌをみると、怒りを抑え、立っていた。
「私は公爵様のために、ここで仕事をしていたのです。片付ける暇などありませんでした」
ふんふん。
言い訳をしている。
この散らかり方は、カトリーヌにとっても不本意なのだ。
不本意な事をしてしまうのは、おそらく、闇のせいでもあると思う。
闇は人を、少しおかしくするのだ。
でも、今、カトリーヌの纏っていた闇の最後の一欠片に、光の矢が当たり、「チルチルチル!」と歓声の中、消えていった。
闇のないカトリーヌとなったのだ。
相変わらず、苛立たしげに私を睨んでいるけれど。
チルちゃん軍は『さて、この人の闇は消しちゃったけど、次はどうしよう』といった顔をして、部屋の中を見渡した。
そして、机の闇へ目を止め、『じゃあ次はあそこね』といった顔をして、スタスタと歩いていく。
指示されなくても自ら動くチルちゃん軍。
その成長ぶりに、胸が熱くなった。
おまけに、むっちりとした頼もしい後ろ姿が、可愛らしくもカッコいい!
ふふふ。
さて、それでは机の闇はチルちゃん軍に任せて、私は闇の出身地の謎の方を解いていこう。
闇は机に上に特に分厚くあるように見えた。
多分、あの机の上にある何かが、闇の出所なのだ。
チルちゃん軍は、既に激しい攻撃をしている。
朝食抜きでおやつも持っていない私の魔力が最後までもつかしら、という疑問には気づかないふりをしてカトリーヌへと向き直った。
大丈夫。きっとなんとかなる。




