第13話 涙がぽろり。再び
「では、また明日、お勉強しましょうね。私のお友達。うふふ」
授業が終わると、友達ジョルジュは頭の羽根を盛大に揺らしながら去っていった。
「チ、チルチルー!」
「チルチルチルー!」
チルちゃん達は、ジョルジュ(の羽根)が見えなくなるまで、名残惜しげに叫んでいた。
ジョルジュにも、この熱狂を味わってもらいたかったな。
あなた(の羽根)は、うちの光の戦士達に、これほど愛されているのだ。
でも、うーん。
「チルチルー!」
叫び、手を振るチルちゃん達の後ろ姿を眺めながら、私は深く深く考え込んでいた。
こんなに熱狂しているのに、やはりチルちゃん達は最後まで、ジョルジュの膝の上に座ろうとしなかった。
チルちゃん達は、信頼出来る人の膝にしか座らない。
チルちゃん達は、ジョルジュの事を信頼できないと判断している。
チルちゃん達の信頼判定は外れた事がない。
それなら、そんなジョルジュの助言は信頼出来るの?
うーん。
多分、ジョルジュには嘘があるのだ。
でも、嘘なんて私もつく。
嘘よりも、もっと信頼出来ない何かがジョルジュにはあるのだろうか。
うーん。考えたって分からない。
ジョルジュの助言通り、私は騒々しく考えた方がいいのかもしれないし、やめた方がいいのかもしれない。
オーフェリアのように心の読める人は、いるかもしれないし、いないかもしれない。
確実な事実として分かっているのは、今日、ジョルジュが闇に塗れて現れた事だけなのだ。
ジョルジュは、我が公爵家に来る前に闇に溢れた場所に行って、そこでたっぷりと闇をつけて、公爵家に現れたのだ。
どこに行っていたのか聞いても、ジョルジュは誤魔化していた。
闇に溢れた場所で暮らしていても、旦那様みたいに善良さを保てる人はいるけれど、そんな存在は稀有だと思う。
だから、おそらく、ジョルジュがそこで会った人物は、碌でもない人物なのだろう。
ジョルジュが助言をくれるほどの。
それはやはり、オーフェリアのように心の読める人物なのだろうか。
今後私が会う可能性のある人物なのだろうか。
それともすでに我が公爵家に何か仕掛けている人物?
うーん。やっぱり考えたって分からない。
どちらにしても、注意深くしていよう。
そして、ジョルジュを大切にしよう。
ふふふ。
チルちゃん達が信頼しない相手だろうとも、ジョルジュが軽い気持ちだったとしても、私たちは友達になったのだ。
私は友達を大切にしている。
私の友達になったからには、ジョルジュは私に大切にされる運命なのだ。
嫌と言っても、大切にしてみせる。
今後の方針を決めて、思考から現実に戻ってくると、指先の玉ちゃんが私の注意を引くようにピカピカと光っていた。
不思議に思い、辺りを見ると、見送りが終わったチルちゃん達が、ビシッと一列に並んで私を見上げていた。
あ、魔力ね。
戦ったものね。
いいわよ。
たっぷり魔力をあげるわ。
私も夕食をいっぱい食べるわよ!
その夜、やる気に満ちた私とチルちゃん軍は、また料理長に涙をポロリと流させたのだ。
☆
「ねえ、ルイス。さっきは守ってくれようとしたの?」
料理長を泣かせ、夕食を終えた後、私は私室のソファーに座り、側に控えていた護衛ルイスに話しかけた。
チルちゃん達は、私の膝の上やソファーの上でゴロゴロしていた。
ローズは、忙しく動いていた。
だから、会話は聞かれていなかった。
友達ルイスは一歩、私に近づき、ローズの方を気にしながら、小声で答えてくれた。
「さっきって、あのチャラチャラ生きたいって言ってた奴の授業の時か?」
「それそれ」
「俺は護衛だから、そりゃ守るよ」
「ふふふ。ありがとう」
お礼を言ったのに、ひどく呆れた顔をされた。
「ありがとうじゃないよ、奥様。あのさあ、ちょっとは気をつけろよ。あいつ、思ったよりヤバそうな奴だっただろ。俺、あの時、マジで剣を抜いて脅そうかと思ったけど、あいつ、一応、子爵家の当主だろ。抜くの悩んだよ、マジで。いや、マジでヤバそうな時には抜くけどさ。ほんと、なんなのあいつ」
「まあねえ。嘘つきなのは確かよね」
「嘘なんて、誰でもつくし、どうでもいいんだよ。問題はさ、ヤバいか、ヤバくないかよ」
「・・・なるほど!」
ルイスに言われて気がついた。
ヤバさかー。なるほどねー。
チルちゃん達の信頼基準も、その辺りにあるのかもしれない。
「なるほどじゃないよ。あんたさあ、あんな奴と友達とか言ってたけどさあ、ちょっとは気をつけろよ。これから、あんなヤバい奴ら、いっぱい現れるぞ」
「分かった、気をつけるわ」
私はニコニコと答えたのだ。
もし、チルちゃんが膝に座る基準がヤバいかヤバくないかなら、私はヤバくない人なのだ。
チルちゃん達にヤバくないと思われているのは、なんだか嬉しい。
ふふふ。
「何、ニヤニヤしてんだよ」
「うふふ。ねえ、ルイス。私ってヤバくないんでしょ?」
私は期待に満ちた目をして、当たり前だろ、と言う答えを待ち構えていたのだ。
それなのに、ルイスはマジマジと私を見つめた後、
「ヤバいに決まってんだろ」と言ったのだ!
「え?」
「え?じゃないよ。奥様がヤバくなかったら、他の誰がヤバいんだよ。いいか、よく聞けよ、奥様。死霊にしがみつかれながら口喧嘩するような奴は、誰が見たってヤバい奴だ。そうだな、奥様に比べたら、あの子爵様はヤバくない。普通だ」
「マジで?」
目を見開き尋ねると、
「マジで」
と、真面目な顔で返された。
えー!
「で、でも、死霊にしがみつかれたなんて、過去の話でしょ。今の私はどうなの?ねえ、今の私を見てちょうだい。ヤバくないわよね」
舞踏会の為に、日々、真面目に学んでいる私は、もうヤバくないはずだ!
それなのに、ルイスは鼻で笑っただけだった。
なんで?
こんなに努力しているのに?
衝撃を受けた私に、ルイスは少し哀れんだ目を向け、肩をすくめた。
「まあ、奥様は最初に会った時から今までずっと変わらずヤバいけどさ、ちゃんと護衛するから安心しなよ。俺だって、だりーけど、マジ頑張って訓練してんだしさ。あんな子爵程度だったら、どうにかしてやるからさ」
「だりーけど」
私は、なんとなく、耳についた言葉を言ってしまっただけなのだ。
「だりーけど?」
背後から、静かな女性の声がした。
チルちゃん達が一斉に立ち上がり、ソファーの陰に隠れた。
恐る恐る振り返ると、ローズが静かに立っていた。
そして静かに聞いてきたのだ。
「だりー、と言うのは、どう言う意味なのですか?」
「え?」
私は動揺しながら立ち上がった。
隣でいたはずのルイスを見ると、いつの間にか壁際まで下がり、真面目な護衛の顔をして虚空を見つめていた。
「え?」
どう言うこと。私、今、ルイスに見捨てられてる?友達なのに?護衛なのに?守ってくれるって言ったのに?
「奥様。だりーというのは、どういう意味なのですか?」
静かにローズが迫ってくる。
「え?あの。私。よく知らないわ。ルイスが言っていたのよ。私、だりーなんて言ってないわ」
「いいえ。私は確かに聞きました。奥様は、だりーと言っておりました。ルイス。あなたも、だりーと言っていたのですか?」
ローズが静かにルイスへと問いかけた。
「いいえ。私がそのような言葉を言うはずがありません」
ルイスは、キリリとした表情で、ローズの目を見て言ったのだ。
嘘つきだ!嘘つきがいる!
「奥様。ルイスは、このように言っておりますし、私もルイスが言っているのを聞いてはおりません。たとえ、ルイスが言っていたとしても、奥様は、だりーなどと言うべきではありません。分かりますね」
「もちろんよ!分かるわ!」
分かると言ったのに、ローズは許してくれなかった。
ものすごく怒られたのだ。
涙がポロリと溢れるほどに。
許さない。
私はルイスを許さない。
絶対に・・・・
ドロドロとした暗い怒りの中、私は復讐を決意をしたのだった。




